国際戦略研究所 田中均「考」
【朝日新聞・論座】2022年を展望する〜傲慢な中ロと余裕を⽋く⽶国、世界はどうなる、⽇本は?
2021年12月29日 田中均・日本総合研究所国際戦略研究所理事長
2022年は主要国で選挙が相次ぎ、国際関係は翻弄されそうだ。誰が指導者になるかだけでなく、選挙となるとナショナリズムが⾼揚し、ポピュリズム的になる傾向があり、国家間の関係が厳しくなることが容易に想像される。⽇本とドイツでは既に今年秋に選挙が⾏われ、⽇本では岸⽥政権が、ドイツでは社⺠党のショルツ⽒を⾸相とする新たな三党連⽴リベラル政権が誕⽣した。来年3⽉には韓国⼤統領選挙が新しい指導者を⽣むこととなり、4⽉には仏⼤統領選挙、夏には⽇本の参議院選挙、秋には⽶国中間選挙、そして中国では習近平総書記の異例の三期目を決めることが想定されている5年に⼀度の共産党⼤会が開催される。
国際関係は⼤きな試練を迎える。世界は「イデオロギーの対⽴」や「グローバリゼーションの是非」といった⽐較的⽴場を決めやすい環境にはなく、各国は多様な価値観の中で⾃国利益を追求していく事になる。激動の⼀年になりそうな世界を展望してみよう。そして⽇本の⽣きる道をどう選ぶべきなのか考えてみよう。
中国:任期延⻑に臨む習総書記、国内引き締めと対外拡⼤継続
中国はおよそ10年に及ぶ習近平政権で、「中国の夢」、即ち2049年の建国100周年には⽶国に並ぶ国⼒を持つ国になることを謳い、国内的には強⼒な引き締めを⾏うとともに、対外的な影響⼒の拡⼤にまい進してきた。その原動⼒となったのはコロナ前には成⻑率7 % 近くを維持していた経済成⻑であり、今⽇、コロナからの回復に懸命となっている。そして国⼒の増進とともに対外的には「⼀帯⼀路」のインフラ⽀援を掲げつつ、⼀⽅では「戦狼外交」と表現される攻撃的なアプローチをとってきた。その間、「⼀国⼆制度」を実質放棄し、「⾹港の中国化」を徹底的に推し進めてきた。最近の⽴法会選挙に⾒られる通り⺠主派は壊滅した。新疆ウイグル⾃治区での呵責なきウイグル族を中⼼とする少数⺠族弾圧や台湾に対する軍事的けん制は続く。習近平総書記はこの路線を続けることで来年秋の共産党⼤会での任期延⻑に臨もうとしている。
ロシア:⼤国主義実現へ中国と蜜⽉、ウクライナ巡る緊張続く
それに⽐しロシアにはエネルギー産業以外には強い産業が存在せず、国⼒は明らかに衰えた。今、ロシアを特⾊づけているのは帝政時代から変わらぬ「⼤国主義」だ。プーチン⼤統領はソ連の崩壊を「歴史上の最⼤の悲劇」と呼び、国⺠の⼤国志向に乗じて、クリミアを併合し、再びウクライナを脅かしている。ロシアにとってはベラルーシとウクライナをN A T O からの最後の防衛ラインと⾒ているのだろう。ウクライナを巡る緊張は相当⻑く続く。そして⽶国と並ぶ核戦⼒や強⼤な軍事⼒が⼤国志向を⽀える重要な⼿⽴てとなっている。プーチン⼤統領は憲法改正を繰り返し、理論上は2 0 3 6 年まで⼤統領職にとどまることが出来る。プーチン⼤統領にとってグローバルな世界で⼤国主義を実現できるのは最早ロシア単独の⼒でないことは明らかで、中国との連携が唯⼀の道と考えているのだろう。中ロ関係の蜜⽉時代は続いていく。
⽶国:超⼤国らしからぬ余裕のなさ、背景に国内の厳しい分断
⼀⽅、バイデン⼤統領の⽶国を特⾊づけるのは超⼤国らしからぬ「余裕のなさ」だ。バイデン⼤統領は国際協調主義を唱えつつも、⼗分な国際的協議なくアフガニスタンからの拙速な撤兵に⾛り、中国を念頭に「A U K U S 」と称される⽶・豪・英の安全保障機構を創設し、豪州に潜⽔艦契約を廃棄された仏の怒りを買った。そして、⼗分な意味合いとインパクトを⽋く「⺠主主義サミット」を主催した。アフガンからの撤退の態様は⽶国の抑⽌⼒の信頼性を揺らがせ、⺠主主義サミットの開催は建設的なビジョンなく世界を「⺠主主義国」と「専制主義国」に分断していくだけではないかという危惧を⽣んでいる。このような⽶国の「余裕を⽋いた」⾏動の背景にあるのは、⽶国国内政治の厳しい分断だ。来年1 1 ⽉に中間選挙を控え、上下両院で⺠主党が多数を維持し続けることは、⺠主党の優先課題を実⾏していくために極めて重要な課題である。しかし、その⾒通しが⼗分ある訳ではない。期待されたコロナ収束には程遠く、インフラ予算はようやく成⽴したが、社会保障を中核とする歳出予算については⺠主党議員の造反により成⽴の⾒通しが⽴っていない。バイデン⼤統領の⽀持率は4 0 % 台前半に落ち、2 0 2 4 年にトランプ前⼤統領の再出⾺を⽀持する勢いは衰えを⾒せない。バイデン的な伝統的政党⾊の濃い姿勢とトランプ的な非伝統的で⼤衆に直接打って出る姿勢が織りなす社会の分断はますます根深いものとなっている。国内の分断を前に、バイデン⼤統領が内外に⽰そうとしているのは「⺠主主義・⼈権の擁護者である⽶国」の姿なのだろうか。
⽶中対⽴は激化もグローバル課題への協⼒は存在
このような背景の下、中国と⽶国の対⽴は2 0 2 2 年にますます激化するだろうし、国際関係の安定には程遠い状況が続くと考えねばなるまい。ただ、⽶中間には軍事的対⽴と政治的競争以外に経済的相互依存関係や気候変動などのグローバル課題への協⼒関係が存在し、⽶中がトータルに対⽴に向かうことが想定されるわけではない。他⽅、もし⽶中間で対⽴が⽕を噴くとすれば、それは台湾海峡を巡ってであろう。しかし、台湾が独⽴に向けて⼤きく動き出し、中国が軍事⾏動を起こし、⽶国が軍事介⼊をするといった現状を⼤きく変える⾏動は全ての当事者にとってあまりに負担が⼤きく、台湾有事の蓋然性は低い。
欧州:メルケル後の指導者不在、国際課題への強い結束は望めず
欧州にとって仏⼤統領選挙の結果が持つ意味は⼤きい。マクロン⼤統領が再選されれば独のリベラルな三党連⽴ショルツ政権との独仏協⼒により、EUの求⼼⼒を回復に向かわせようとするのだろう。対ロ・対中に対しては、⼈権・⺠主主義統治の観点からより厳しいアプローチをとり、気候変動問題へのリーダーシップをとろうとするのだろう。極右やあるいは保守党候補の勝利はEUを分断する結果となる。ただ、いずれにせよメルケル時代の様なドイツの指導⼒は期待できず、英国の⽶国への回帰の動きとも相まって、欧州が⼀丸となって国際課題に向き合うと⾔ったことはなかなか想定できない。
中東:イラン非核化の⾏⽅とイスラエルの⾏動が課題に
中東も混乱が深まり、⽶国の影響⼒の低下、中ロの影響⼒拡⼤が続く。トランプ政権はイスラエル・サウジアラビアへの⽀援の強化、そしてイスラエルとアラブ諸国の正常化につながったアブラハム合意では間違いなく成果を残した。しかし、バイデン政権になり、⽶軍の撤退と⼈権重視政策に基づきサウジアラビアやトルコとは距離をとりつつあることが、中国やロシアの影響⼒の拡⼤を⽣んでいる。イスラエルはその⾼い技術⼒をアラブ世界に浸透させつつあり、現在の中東は以前のような汎アラブ主義やイスラム過激派との闘争の世界から国家主権に基づく現実主義が⽀配する世界へと変わりつつある。この中でイランでは⼤統領選挙の結果、対⽶強硬政権が誕⽣し、イラン核合意再建の⾒通しが急速になくなっている。交渉によるイラン非核化の⾒通しが断たれた時、⽶国が軍事⼒を⾏使することはないだろうが、果たしてイランの核兵器国化に強い脅威を持つイスラエルの軍事⾏動を抑えることが出来るか、が来年の最⼤の課題となるのだろう。
アジア:⽶中対⽴の表舞台、最も複雑な様相に
⽶中対⽴の表舞台となるアジアは最も複雑だ。アジアを⽶中で分断することは避けるべきであるが、どうも、その⽅向に向かっているようだ。⽶国はインド太平洋を中国の「⼀帯⼀路」に対抗するものとして構想し、その中核にQUAD(⽇⽶豪印)を置いた。豪州は新型コロナの発⽣源調査を追求すべきとの主張を契機に中国の厳しい経済的報復措置を受け、⽇⽶への依存を深めている。インドは決して⼀⽅に依存することはせず、中国とも上海協⼒機構を通じる交流やアフガン問題での中ロとの協議に参画しており、戦略的決め打ちをしていない。ASEAN諸国は中国か⽶国かの選択を最も嫌う。経済的には中国への依存が圧倒的に⾼いが、華僑の存在や歴史的背景から中国への脅威認識も⾼く、安全保障⾯での⽶国への依存も必要とする。ASEANにとってはASEANが主導的役割を担い⽇本が強⼒な⽀援をしてきたアジア太平洋協⼒が最も好都合な構想であったが、アジア太平洋協⼒はインド太平洋戦略に取って代わられたようだ。
⽇本は戦略なく⽶国に追随するのか、それとも?
習近平政権の下での中国の台頭が続いたこの10年間、⽇本は基本的には⽶国に追随してきた。インド太平洋構想を⾔い出したのは⽇本であったが、それを⽶国が中国と対抗するうえでより戦略的に考え出した後も⽀持を強めてきた。トランプ政権、バイデン政権を通じて安全保障⾯での⽶国への協⼒は顕著だった(防衛予算の拡⼤、F35戦闘機の⼤量購⼊、思いやり予算の増額など)。他⽅、⽶国が抜けた後のTPPの締結やRCEPの合意形成は⽇本が⽶中に対しての梃⼦を持つという意味で戦略的に正しい⾏動だった。
中国市場は不可⽋、⽇⽶同盟は根幹― ⽶中対⽴は死活問題
今後⽇本はどのような戦略で⽶中対⽴に向き合っていくのだろうか。⽶中の更なる分断と対⽴は⽇本の利益とはなるまい。中国は⽇本にとって最⼤の経済的パートナーであり、成⻑⼒と⼈⼝の⼤きさは⽇本の成⻑にとってますます不可⽋な市場であり続けるのだろう。中国からのインバウンドもコロナ前の2019年には年間1千万⼈近くになり消費額も2兆円近くに上った。このような中国市場を切り捨てることは到底可能ではなく、よく練られた対中戦略が必要となる。⽇本が安全保障⾯で⽶国との同盟関係を強化していくべきことは疑問の余地がない。中国のように相⼿国を「⼒」で⾒る傾向の強い国に対しての抑⽌⼒は唯⼀、⽶国との安全保障関係から⽣まれる。⽇本が防衛⼒の拡充などを通じてより⼤きな安全保障上の役割を果たすことも同盟を維持していくためには必要だ。しかし同時に⽇本は⽶国と戦略的協議の機会を増やし、⽶国に対して率直に意⾒を述べ続けなければいけない。イラク戦争が正しかったのか、⽶国の⾏動が常に正しいと⾔うことは出来ない。⽶中対⽴は⽇本にとって死活的に重要な課題だ。
⽶中双⽅への梃⼦が必要― ⽇韓関係改善とアジア戦略再考を
⽇本が単独で⽶中対⽴を緩和する役割を果たすのはなかなか難しい。⽇本は⽶中双⽅に対して梃⼦を持たなければならない。そういう観点からも韓国との関係の改善には早急に取り掛からなければなるまい。⽶国が⽇韓の仲⽴ちをするといった、そこまでの⽶国依存体質は唾棄すべきことだ。⽇韓は、特に中国や北朝鮮との関係における共通利益に基づく関係を⼟台とした関係改善を図らなければならぬ。遅くとも来年5⽉に韓国新⼤統領就任の機会をとらえて⼤きな⼀歩を踏み出すべきなのだろう。アジアとの関係の強化は⽶中双⽅に対する強⼒な梃⼦となる。強い⽇⽶関係がアジアとの外交を⾏う時の重要な梃⼦であるように、アジアとの強い関係は⽶中との外交を⾏う時の強い梃⼦だ。このために今以上にアジアに何が出来るかアジア戦略を再考すべきだろう。特にASEANに対しては経済協⼒、安保⽀援、医療⽀援、気候変動対策⽀援を増やすとともに、ASEANが主導的役割を果たしてきた東アジア協⼒を再活性化すべきだろう。岸⽥⾸相の外遊先も⽶国や中国、インド、豪州というQUAD国だけでなく、ASEANに⾼い優先度を置くべきだろう。
⽇中国交正常化50年、あらゆるレベルで精⼒的な対話を
そのうえで来年、国交正常化50年を迎える中国との関係を考えなければならない。⽇本の国内で過去10年近く保守ナショナリスト勢⼒が政治や国内世論形成の⾯で勢いを増し、反中の機運が⾼まっているのは懸念事項だ。台湾有事を煽るような政治家の発⾔もこの機運を更に深めている。中⻑期も⾒据え客観的に国益を追求すべき外交が国内保守ナショナリスト勢⼒の感情論に乗っ取られてはならない。東アジアの平和と安定を構築していくための⽇中の役割についてあらゆるレベルで対話を始める時期に来ている。中国脅威論をかざし、コロナ後もほぼすべての対話が遮断し続けるのではなく、⾸脳レベル、議員、財界⼈、知的指導者レベルでの精⼒的な対話を促進していく事を可能にしなければならない。
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