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国際戦略研究所

国際戦略研究所 田中均「考」

【ダイヤモンド・オンライン】2022年に⽇本を揺るがす「7⼤地政学リスク」

2021年12月15日 田中均・日本総合研究所国際戦略研究所理事長


|主要国で選挙ラッシュ
|国内政治が国際関係揺るがす

 2022年は激動の世界になるのだろう。新型コロナウイルスの世界的な感染は容易に収束するとは考えられず、引き続き政治や経済は感染拡⼤の継続で⼤きな制約を受け続ける。さらに、3⽉の韓国⼤統領選挙を⽪切りに、4⽉に仏⼤統領選挙、夏に⽇本では参議院選挙、秋に⽶国中間選挙と、世界の主要国では⽴て続けに選挙となる。選挙ではないが中国では秋に5年に1度の共産党⼤会が予定され、国内政治が国際関係を揺るがす年になる。激動が予想される中で、⽇本は準備ができているのか。いつになく⾼まる地政学リスクへの基本的な戦略やいざという事態に備えた対応で国⺠的な合意を得ることが必要だ。

|⽶中それぞれが国内事情で
|⽶中関係を管理できなくなる懸念

 ⽇本にとって2022年の最⼤の地政学リスクは、⽶中双⽅の国内政治事情により、⽶中関係が管理できない状況になることだ。⽇本は⽶中両国と関係が深いだけに、仮にそういう事態になれば⽇本への影響は⼤きい。
 ⽶国では11⽉に中間選挙を迎える。通常では中間選挙は政権政党に不利となり、バイデン⼤統領の⽀持率が直近で41%にまで下がり続けている状況では、下院、上院いずれか、あるいは両⽅共に⺠主党が多数を失うことが危惧されている。⽀持率低下の要因として、新型コロナ感染が予想に反して収束せず、拡⼤していることに加え、11⽉の消費者物価指数(CPI)が前年同⽉⽐6.8%増となりインフレ懸念が深刻となっていることや⺠主党内の不協和⾳によりインフラ予算成⽴が遅れたことなどが挙げられている。だがそうした状況でも、対中関係は⺠主党、共和党の違いを越えて⽶国内でおおむね意⾒の⼀致が⾒られる分野だ。⽶中間選挙を意識して⼀層の強硬論を掲げることが、⼤統領の⽀持回復につながるとバイデン政権が考えても不思議ではない。アフガニスタンからの性急な⽶軍撤兵以降、⽶・英・豪の新たな安全保障体制であるAUKUSの設⽴や北京冬季五輪の外交的ボイコット、台湾を加えての「⺠主主義サミット」開催など中国の強権的体制に抗する意図を明らかにした⾏動が目⽴つ中で、⽶国は対中強硬姿勢を強めていくのだろう。
 ⼀⽅で中国は秋に5年に⼀度の共産党⼤会を開催する予定だ。この⼤会は、習近平総書記の任期延⻑を確定する重要な⼤会となる。⽑沢東⽒が共産党体制を固める礎にした第1回の歴史決議、鄧⼩平⽒が改⾰開放路線を宣⾔した第2回の歴史決議と並んで、「中国の特⾊ある社会主義」をうたう第三の歴史決議を⾏って政治基盤を強める習⽒だが、党⼤会での任期延⻑を決めることは、基盤を盤⽯にすることになる。習⽒にとって、対⽶関係はもろ刃の剣というべきものだろう。反⽶ナショナリズムをあおり、求⼼⼒を⾼める側⾯がある⼀⽅で、⽶国の強硬姿勢が強まれば、⽶中関係を管理できないことへの非難が起き指導部内の権⼒闘争に結びつく可能性がある。従って慎重に対処していくと思われるが、基本的には国内的な引き締めを強化しながら、対外的には⽶国の強硬措置に対抗していくと思われる。

|「台湾有事」を防ぐ
|外交的⼯夫を率先してやる必要

 ⽶中間ではこれまで、軍事的な対⽴(Confrontation)、政治的な競争(Competition)、経済的両⽴(Coexistence)、グローバル課題への協⼒(Cooperation)という4つの側⾯、(いわゆる「4C関係」と筆者は呼ぶ)でバランスが取られてきており、これまでは決定的な対決には⾄っていない。しかしバイデン⼤統領が、議会や国内の世論を考慮し、経済安全保障を掲げて対中強硬な措置を取り、中国がこれに対抗するような展開となれば、両国間の貿易投資などの経済的交流が急速に縮⼩していく可能性がある。⽇本が⽶国に追随していけば、⽇中間の相互依存関係にも厳しい影響が及ぶだろう。さらに⽶中の軍事的衝突に⾄る可能性が出てくるのは、台湾を巡っての綱引きでだ。台湾に関しては⽶中双⽅に「レッドライン」が存在すると考えられる。⽶国にとっては中国が何らかの形で軍事的⾏動を起こすこと、中国にとっては台湾が独⽴に向けての明確な⾏動を取ることがレッドラインといわれるが、その⼀線をどちらかが越えれば軍事衝突に⾄る可能性が⾼い。ただその間にはグレーゾーンがある。意図的に「台湾有事」が引き起こされる蓋然性は⾼くないが、偶発的な衝突に⾄る可能性はある。
 そして台湾有事となり、⽶国が軍事介⼊を決断すれば、⽇本は⽶国を⽀援することになる。⽇本の⽶軍基地を使って⾏動する場合は安保条約上の事前協議事項となるだろうし、安保条約を維持するのであれば⽇本が⽶軍⽀援を拒否することは想定できない。台湾有事となれば、⽇本は⼤きな犠牲を覚悟せざるを得ない。台湾有事に備えることは必要だが、それを想定した議論を⼤々的に⾏うべきでない。むしろ台湾有事を防ぐ外交的⼯夫を率先してやっていかなければならない。

|ナショナリズムから抜け出せず
|⽇韓対⽴は深刻化の可能性

 中国と同様に近隣諸国との関係では朝鮮半島問題を巡るリスクも⾼まっている。韓国とは、1965年の基本条約成⽴以降最悪の関係から抜け出せていない。きっかけを作ったのは徴⽤⼯や従軍慰安婦といった過去に関わる問題で韓国側の国際法に合致しない⾏動があったからだが、両国政府の抜き差しならない相互不信感は政治、安全保障、経済などあらゆる分野の政府間協⼒関係を阻害することになっている。この状況をもたらしたのは、韓国側に⾔わせれば⽇本の保守ナショナリスト政権の誤った歴史認識にあり、⽇本側に⾔わせれば⾰新政権の反⽇政策が元凶だということになっている。しかし、かといって⽇韓双⽅の政権が姿勢を変えれば状況が改善されるかといえば、それは難しい。むしろ、関係悪化の原因として⼤きいのは両国の相⼿に対する意識の変化がある。韓国は経済発展の結果、1⼈当たり国⺠所得のレベルでは⽇本に近づき、「⽇本何するものぞ」という意識が⾼まった。逆に⽇本には、政治・経済・⽂化などあらゆる⾯で⽇本がもはや優越的存在でなくなったことへのいら⽴ちがある。
 韓国では来年3⽉に⼤統領選挙が⾏われるが、選挙戦やその結果次第で⽇本に対する感情が先鋭化していくことも⼗分考えられる。⼀⽅で⽇本でも夏に参議院選挙がある。政治家にとっては⽇韓関係の改善を考えるような余裕はないのかもしれない。懸念されるのは、双⽅の国内での政治家や⼈々のささいな⾔動が⽇韓の感情的対⽴に「⽕に油を注ぐ」ような結果になり、対⽴が抜き差しならなくなるリスクは⼩さくない。

|北朝鮮がギャンブル的⾏動に⾛る恐れ
|受け⾝の対応は国益を失う

 三つ目のリスクとして北朝鮮問題がある。北朝鮮は国連などの経済制裁や新型コロナ感染防⽌のため中朝国境が閉鎖された状況が続いていることから、経済的にかなり困窮している。⽶国との非核化交渉が動かない中で、南北間の経済協⼒も凍結されたままであり、事態を早急に打開したいとの思いは強いはずだ。打開のためには⽶朝対話の再開が基本になるが、⽶国にはトランプ時代のように直ちに⾸脳レベルで対話に応じるという考えはない。従ってまずは実務レベルでの対話が模索されても不思議ではない。だがおそらく北朝鮮は、⽶朝対話の前に「危機」を演出するギャンブル的⾏動に出ると思われる。弾道ミサイル発射実験や、場合によっては核実験に出る可能性は⼗分ある。
 結果的には⽶朝の対話は何らかの形で始まる蓋然性は⾼い。また⾦正恩総書記が最⾼指導者の地位に就いて10年になり、スイスでの留学経験もある若い指導者として、思い切った⾏動に出ることも考えられる。非核化がリビアなどの事例のように⼀気に進むことが望ましいが、北朝鮮は応じないだろうし、非核化があるとすれば、時間をかけての段階的な核廃棄と⾒返りの組み合わせなのだろう。
 それでも⽇本は当事者として最初の段階から交渉に参加していないと、1994年の⽶朝枠組み協議のように⽶朝が交渉を⾏い負担だけ押し付けられるという結果になりかねない。特に⽇本には拉致問題があり、非核化と拉致問題を⼀括して解決して国交正常化につなげる従来の⽅針を加速すべき時が来ているのだろう。北朝鮮問題の真のリスクは、⽇本が傍観者となり、受け⾝で対応することにより国益を失うことだ。

|核開発進めるイランを巡る衝突
|⽇本は原油の92%を中東に依存

 アジアでの地政学リスクのほかにも、⽇本にとって武⼒衝突などの影響を受けかねない問題はある。イランを巡る衝突のリスクは今までになく⾼く、仮に武⼒衝突などの事態になれば、原油輸⼊の92%を中東に依存する⽇本経済には⼤きなリスクになる。
 イラン核合意の再開を巡り⽶国とイランの間接的協議は⾏われているが、まとまる可能性は極めて低い。トランプ⼤統領による合意からの離脱の結果、イランは核開発を再開しており、既に武器化のレベルに近いウランの濃縮を進めている。新たに選出された強硬派⼤統領の下で要求をエスカレートさせており、⽶国とイランのそれぞれの主張はさらに溝が広がっている。イラン核合意がまとまらない場合には、イスラエルによる軍事⾏動という新たな不透明な要因が懸念される。⽶国が再び中東で軍事介⼊をする可能性よりは、イスラエルの軍事⾏動の可能性の⽅が⾼い。イスラエルはイランが核兵器国となることが中東に核のドミノを引き起こし、イスラエルの安全に著しい脅威を与えると捉え、イランの核施設を空爆することは選択肢と考えているとみられるからだ。「アブラハム合意」によりアラブ⾸⻑国連邦(UAE)との関係を正常化するなどサウジアラビアを含むアラブ諸国との関係改善に乗り出しており、イランとの対⽴は決定的となっていくのだろう。

|ロシア⼤国主義とポスト・メルケルが
|⾒えない欧州の不安定化

 またウクライナにロシアが侵攻すれば、NATOとの厳しい対峙となる。その影響は⽶国と同盟関係にある⽇本にも当然、及ぶはずだ。⽶国は、ロシアが⽶国の警告にかかわらずウクライナに侵攻した場合、経済制裁の強化の可能性をにおわしているが、軍事介⼊は否定している。そのためこの地域での⽶国の抑⽌⼒は低下している。ロシアはウクライナ国境に軍を展開しておくだけでもウクライナがNATOと連携していくのを⽌める圧⼒になると考えているものと思われるが、今後、NATO・EUとロシア、⽶国とロシア・中国の関係、⽶国が主導する「⺠主主義対専制主義」の対⽴の状況を⾒極めながら、国益を最⼤限求めて⾏動していくものと思われる。
 中東地域やロシアを巡る問題で、今まで以上に不透明感が強まっているのは、⺠主主義的価値を⽇⽶と共有してきた欧州の政治バランスがかつてなく不安定化していることがある。⽶国が「⽶国第⼀」のトランプ前⼤統領から「同盟国との連携強化」を掲げたバイデン⼤統領へと代わったことによって⽶欧関係は再活性化するかと思われたが、そうではなかった。BREXITやメルケル独前⾸相の引退により、EUの求⼼⼒は低下し、さらには⽶英豪のAUKUSの結成の結果、豪州の仏との潜⽔艦契約が廃棄され、仏⽶関係に⻲裂が⾛った。また、ポーランドやハンガリーの強権的政権に対するEUの抑制も効果を上げているわけではない。4⽉の仏⼤統領選挙ではマクロン⼤統領は極右や保守政党の挑戦を受け、苦戦が予想されている。仏⼤統領選挙の結果いかんでは、欧州の安定性が⼀挙に崩れていく可能性がある。⽇本は欧州と冷戦以降も⺠主主義的パートナーを組んできただけに、欧州の安定が損なわれることは⽇本にとって⼤きなリスクになる。

|再⽣エネルギー、デジタル分野で
|⽇本と世界のギャップが拡⼤

 七つ目のリスクが、デジタル化や気候変動問題の取り組みで⽇本が世界から⼤きく遅れているという⽇本⾃⾝の問題だ。
 ⽶欧は気候変動に対応する再⽣可能エネルギーやデジタル分野を最⼤の成⻑産業と捉え、コロナ禍でも多年度にわたる膨⼤な投資を⾏っているが、⽇本はそうではない。コロナ禍の経済対策の⼀環でグリーン基⾦などが遅ればせながら作られてはいるが、欧⽶に⽐べると規模ははるかに⼩さい。コロナからの経済回復を短期的な視野でしか捉えることができず、既得権益を壊すことにも⼤きな躊躇がある。⽯炭⽕⼒からの撤退や原⼦⼒発電の極⼩化、再⽣可能エネルギー技術開発への抜本的な投資など、⼤胆な発想の転換による資⾦投⼊ができていない。デジタル化にしても、中東のUAEは政府機関の完全なペーパーレス化を達成した最初の国家となり、DXを急速に推進しているもようだ。このまま進めば⽶欧、中国だけでなく世界との間でテクノロジーギャップが拡⼤し、この30年間の停滞をさらに続けることになるリスクは⼤きいと⾔わざるを得ない。そうなれば、地政学リスクが現実化し不測の事態が起きた際の耐性も弱まるばかりだ。

ダイヤモンド・オンライン「田中均の世界を見る眼」
https://diamond.jp/articles/-/290639
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