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国際戦略研究所 田中均「考」

【朝日新聞・論座】ステーツマンシップを取り戻せ〜目先の利益を離れ、真の国益のための政治を

2021年11月24日 田中均・日本総合研究所国際戦略研究所理事長


 ステーツマンシップとは、目先の利益を離れ、国家にとって真に必要な⻑期的利益のために動く政治を⾔う。先⽇、エリザベス英国⼥王はグラスゴーで開催されたCOP26に参加した各国⾸脳に向けて「⼀時的な政治の枠を超え、真のステーツマンシップを」と呼び掛けたが、まさにステーツマンシップ無くして地球温暖化問題には解がない。現在のまま放置をすると温暖化ガスの排出により地球の温度が上がり、気候変動によって洪⽔などの⾃然災害が頻発するので、脱炭素化を図る必要があることは理解されても、目先の利益を捨てて具体的施策をとるのは難しい。地球の温度の上昇を1.5度以内に収める目標もさることながら、今後10年の間に⽯炭⽕⼒を廃⽌することにはよほどのステーツマンシップがない限り無理だろう。国内の既得権益を超え、且つ⽯炭に代わる代替エネルギーを確保するのは政治的決意なくては出来ない。多くの⺠主主義国家が直⾯している最⼤の問題は、まさにこのステーツマンシップの⽋落ではないかと思うし、⽇本も例外ではない。

過去最⼤の経済対策を巡る議論
 先⽇⽇本で膨⼤な財政⽀出を伴う経済対策が決定された。55兆円という過去最⼤の財政⽀出だが、財源としては国債に依存せざるを得ない。歳出拡⼤と財政の規律維持は常に短期の政治的利益と⻑期の国益が衝突する分野だ。現役の財務次官は、このまま「バラマキ」を続けると⽇本の財政は破綻するという異例の意⾒表明を、少し前に⽉刊誌への寄稿で⾏っていた。⼀⽅、⽶国⺠主党の歳出拡⼤・財政⾚字拡⼤路線を正当化する現代貨幣理論(MMT) では、⾃国通貨で国債を発⾏する限り破綻はしない、とする。

公的債務のGDP⽐率250% ― 出⼝戦略なく将来世代に負担押しつけ
 経済が成⻑し、税収が拡⼤し、財政⾚字が是正されていくのであれば⼀時的に⾚字国債を発⾏して⼤きな予算を組むことも有り得る選択だが、成⻑しないで歳出を拡⼤し⾚字国債を増やし続けるのでは本末転倒だ。出⼝戦略もなく将来世代に負担を押し付け続けるわけにはいかないではないか。過去10年間⽇本は⼤規模な財政⽀出を余儀なくされてきたが、経済成⻑は達成されなかった。従って公的債務のGDP⽐は拡⼤を続け、今やGDP⽐250 % を超え、破綻が近いと⾔われるベネズエラ、スーダンに次いで世界で三番目、G7の中では155% のイタリアを⼤きく超えて最悪の状態だ。55兆円の財政⽀出を伴う経済対策も政府の試算する通り経済成⻑を⼤きく押し上げることとなれば良いが、過去はそうではなかった。⼀⽅、どれほど公的債務を積み上げることになるのだろうか。⽇本のコロナ後の成⻑をG 7 中最低としているI M F の⾒通しを変えることが出来るのか。

選挙が念頭の短期的な政治目的の印象
 18歳以下の⼦供に対する給付⾦の⽀給や、⻑期にわたる成⻑のための投資を精査する前に⼤きな経済対策総額ありきという議論、更に30兆円という予算使い残しの報道を聞いていると、やはり選挙を念頭に短期的な政治目的を達成することに焦点が当てられているという印象を持つ。⾃⺠党が選挙に勝利するのに連携が不可⽋な公明党の公約である18歳以下の⼦供に対する現⾦給付は「バラマキ」だとして代替の⽅法を考えるのにも政治的決意と説得が必要になる。今に始まったことではなく、ステーツマンシップの⽋如は過去10年の顕著な傾向ではないか。

外交におけるステーツマンシップの⽋如も深刻
 本来ステーツマンシップの必要性は外交との関連で語られることが多い。外交には相⼿国がいるわけだから、短期的な国内利益の主張を⾏っているだけでは外交は成果を上げることは出来ない。問答無⽤で武⼒を⾏使し結果を求める場合は別だが、平和裏に結果を作るためには双⽅の国内利益の調整が必要になり、国内を説得するというステーツマンシップが必要となる。ところが、近年の対韓政策や対中政策を⾒ていると、国内の保守ナショナリズムの⾼まりを背景に、勢いよく⾃国の主張を外にぶつけるだけの傾向が強まっているのではないか。そのようなナショナリズムの傾向が強い世論に乗ることが選挙を勝ち抜くと⾔う短期的政治目的にはかなうのかもしれない。これをポピュリズムというのだろうが、結果、外交は機能しなくなっているのではないか。

⽇韓関係は中⻑期的な重要性の再認識を
 ⽇韓基本条約で徴⽤⼯問題は解決しているという従来の⽴場を覆した韓国政府が問題解決の提案を持ってこない限り、韓国に⽢い顔をしてはならないという世論に⽀えられた政府の⽅針はわからないではないが、中⻑期的な⽇韓関係の重要性を考えて関係改善に向けて動く必要はないのだろうか。何も⽇本の主張を妥協すべしと⾔っているのではなく知恵はあるはずだ。外交とは結果を作る静かな作業であるのだが、その動きすら⾒えない。関係改善を求める議論は政治家の間からは⼀向に聞こえてこない。中⻑期的な⽇韓関係の重要性を再認識する必要がないか。

⽶中対⽴に対しアジアの連携は重要。安全保障の鍵にも
 今⽇、⽇本にとっての最⼤の外交課題は⽶中対⽴にどう向き合っていくのか、だろう。安全保障を依存し、⺠主主義価値を共有する⽶国との連携が⼀義的に重要だとしても、貿易やインバウンドを中⼼に経済的相互依存関係が深い中国との関係を切り捨てるわけにはいかない。だとすれば同じような⽴場にあるアジアの諸国との連携を強化していく必要があるが、中でも韓国は経済規模の⼤きさから⾔っても重要なパートナーであるはずだ。⽇本の対中戦略の重要な柱であるクワッド(⽇⽶豪印)の枠組みやCPTPP(環太平洋パートナーシップに関する包括的及び先進的な協定)への韓国の参加を拒む理由は本来ないはずだ。また、北朝鮮は核やミサイルの開発を進め、これからも⽇本にとっての最⼤の安全保障上の脅威であり続けるだろう。朝鮮半島は歴史上、⽇本の安全保障にとって鍵となると考えられてきた。朝鮮半島の将来を考え⽇本にとって好ましい地域としていくうえでも⽇⽶韓の三か国連携は必須であるはずだ。

威勢のいい議論のみが先⾏するのは⽇本のあるべき姿ではない
 そのような中⻑期的重要性に拘わらず、「正常化後最悪の関係」のまま、事あるたびに「如何に毅然とした対応をしているか」を強調する姿には⼤いなる違和感を持つ。⽇本が過去朝鮮半島に強いてきた犠牲の⼤きさを認識しないで威勢が良い議論のみが先⾏するのは⽇本のあるべき姿ではなかろう。やはりステーツマンシップの⽋如としか⾔いようがない。

ステーツマンシップを取り戻すためには
 岸⽥内閣がステーツマンシップを取り戻してくれることを期待したい。しかし統治の枠組み次第ではステーツマンシップもうずもれてしまう。従来、筆者は官邸⼀強体制が権⼒の集中を⽣み、権⼒をチェックする機能を低下させたと指摘してきた。またアベノミクスも株価を上げ企業の留保⾦は増やしたが、成⻑戦略は稼働せず停滞を続けたことを指摘してきた。岸⽥政権は「政⾼党低」ではなく「政⾼党⾼」にしたいと考えていると伝えられる。政府に対して党が注⽂をし、権⼒へのチェック機能が働き、⼀定の競争と補完関係の下で政権運営が⾏われることは望ましいのだろう。しかし、党も政府も同じ⽅向を向き、短期的政治目的を重視した政策が策定されていく事は避けねばならない。

⽇中国交正常化とイラク⾃衛隊派遣から学ぶこと
 党は選挙のため、国⺠が喜ぶ政策に傾きがちになるのだろうが、政府は中⻑期的な国益も踏まえて⾏動するべきなのだろう。これまでも1972年の⽇中国交正常化や2003年のイラクへの⾃衛隊派遣などは世論や党内の反対に拘わらず中⻑期的国益のために政治が決断した例なのだろう。⽇中国交正常化は⽥中角栄⾸相が党内の強い反対を押し切った結果だったし、イラクへの⾃衛隊派遣についても⼩泉純⼀郎⾸相は事前には反対だった世論に対して説明・説得を繰り返し、派遣後世論は賛成に転じた。政治が決断し、政治が国⺠を説得することにより、事は成る。

権⼒は説明し、説得し、必要な場合は責任をとるのが本来の姿
 これから来年の参議院選挙に向けてステーツマンシップを求められる機会が目⽩押しとなる。来年度予算編成、北京オリンピックや国交正常化50周年を迎える⽇中関係、⼤統領選挙を控え政治の季節を迎える韓国との関係、中間選挙を控えて⽀持率が下降気味のバイデン⽶国政権との関係。従来のように強い官邸が決め、⼗分な説明なく統治が⾏われていくのではなく、有識者やメディアも個々の課題について議論を深めることが重要であるし、権⼒は説明し、説得をし、必要な場合には責任をとる、という⺠主主義本来の姿に⽴ち戻るよう願いたいと思う。

朝日新聞・論座
https://webronza.asahi.com/politics/articles/2021112300001.html
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