コンサルティングサービス
経営コラム
経済・政策レポート
会社情報

国際戦略研究所

国際戦略研究所 田中均「考」

【ダイヤモンド・オンライン】「朝鮮半島外交」⻑引く停滞、⽇本に好ましい対韓国・北朝鮮の外交戦略

2021年11月17日 田中均・日本総合研究所国際戦略研究所理事長


|⽇本外交の主戦場
|韓国、北朝鮮と異常な状態

 朝鮮半島に対する⽇本の外交が⽌まったままだ。韓国とは徴⽤⼯判決を契機に正常化後最悪の関係になり韓国の新駐⽇⼤使が⾸相に⾯会もかなわない異常な状態であり、北朝鮮とは拉致被害者問題の交渉の糸⼝さえ⾒えない状況だ。歴史的に⾒て朝鮮半島は⽂字通り⽇本の⽣命線だった。秀吉の朝鮮出兵の時代から始まり、明治の征韓論、朝鮮半島の権益を巡る⽇清・⽇露の戦争、そして⽇韓併合を経て、敗戦から20年たっての正常化。朝鮮半島は⽇本が⼤きな犠牲を強いた地域だったが、⽇本の安全保障の要であり、⽇本の外交の主戦場だ。今でもそれは何ら変わっていないはずだ。新政権が発⾜した今こそ朝鮮半島との外交を活性化すべき時だ。

|徴⽤⼯判決を機に
|正常化後最悪の⽇韓関係

 ⽇本と韓国、北朝鮮は重要な隣国同⼠だが、今、異常な関係が続いている。筆者は「朝鮮半島は⽇本外交の原点」との思いの下、外務省で1987年に朝鮮半島を主管する課⻑になった。アジア局⻑になった時は「韓国との関係を万全にし、北朝鮮との関係に活路を開く」というのが⼩泉⾸相以下、政府の強い思いであった。それが北朝鮮による拉致問題の打開を求め、⼀部とはいえ拉致被害者の帰国ということにつながった。だが今、国内の「反北朝鮮」「反韓」感情にとらわれ、外交は機能不全に陥っている。
 韓国との間では、⾸脳間の意味のある対話は存在せず、新任韓国⼤使は外相にも⾸相にも⾯会はかなわないという。関係悪化の直接のきっかけになったのは、⽇本企業に元徴⽤⼯らへの賠償を求めた徴⽤⼯問題判決だった。⽇本政府は、徴⽤⼯問題は⽇韓基本条約で解決済みとしてきた韓国政府が事態解決のための提案を持ってこない限り、相⼿にしないということのようだ。⽇韓双⽅がかたくなになり、にらみ合ったまま何も動かないという状態に⾒える。
 異常な事態の根底にあるのは両国の複雑な⼼理だ。⽇本の植⺠地⽀配が韓国国⺠に耐え難い⽖痕を残したのは事実だし、今に⾄るまで⽇本に対する憤怒が収まってはいないのだろう。韓国の⽂在寅政権は「86世代」といわれる60年代に⽣まれ、80年代の⺠主化闘争を経験した⾰新勢⼒が中⼼におり、彼らの反⽇の思いは強いといわれる。しかし⽇本は基本条約で韓国と合意の上で過去を清算し、村⼭談話などで政府としての謝罪を⾏ってきた。基本条約締結後、⽇本が韓国に対して徹底的な⽀援をいとわなかったのは、「戦前韓国に迷惑をかけたから」という思いが政官界、財界に強くあったからだろう。その後、韓国は「漢江の奇跡」といわれる成⻑を実現し、軍事独裁体制から⺠主主義体制へと発展し、ソウル五輪を開催したほか、OECDへも加盟し先進国の道を歩んできた。FIFAワールドカップが⽇韓共同で開催された2002年頃には韓国に⼤きな⾃信が芽⽣え、⽇韓間の⼼理的葛藤が⽐較的少なくなったとも思われた。韓国での⽇本⽂化開放の⼀⽅で、⽇本では韓国ドラマ「冬のソナタ」に象徴される韓国ブームもあり、⽇韓の⼈的⽂化的交流は⾶躍的に拡⼤した。
 ところが、ソウルの⽇本⼤使館前への慰安婦像の設置や李明博⼤統領の⽵島上陸などの問題を機に双⽅の反発が再燃し、2015年の慰安婦問題を巡る政府間合意も⽂政権の下で事実上、破棄された。さらに徴⽤⼯問題での⽇本側企業への韓国最⾼裁の損害賠償判決や、それに報復するかのような⽇本による対韓輸出管理の厳格化などで、⽇韓関係は多くの懸案を抱えることになった。

|双⽅がわだかまりを捨て
|「対等の国家」として尊重

 韓国は1⼈当たりGDPで⾒れば⽇本と肩を並べるまでになり、経済だけではなく、⾳楽や映画など⽂化的側⾯においても世界に受け⼊れられる存在になっている。韓国の「⽇本何するものぞ」という意識の⾼揚と、⼀⽅の⽇本では、経済の停滞感とともに国内の保守ナショナリズムの雰囲気が強まり、「いつまでも韓国に低姿勢を続ける必要はない」という声が強まることになっている。こうした双⽅の国内意識を反映してか、政府間の信頼関係も崩れ、従来とは異なり諸懸案は解決に向けて動きが出てこない。
 もうそろそろ双⽅が過去の⼼理的わだかまりを捨て、「対等の国家」として、まず相⼿を尊重するところから始めないと、いつまでたってもいがみ合う関係が続く。その⼀⽅で⽇韓を取り巻く環境の変化は、⽇韓の戦略的協働を不可⽋にしている。

|⽶中対⽴、対北朝鮮問題で
|⽇韓の戦略的協働が不可⽋

 ⽇本と韓国は、双⽅にとって中国、⽶国に次いでお互いが第3位の貿易相⼿国だ。⽇本へのインバウンド旅⾏客も韓国は中国と並び圧倒的に多い。双⽅にとり重要な経済パートナーであり、同時に⽇韓が共有する戦略的利益は⼤きい。
 例えば、対北朝鮮問題では、⽇本は朝鮮戦争以降、⼀貫して韓国を⽀えてきた。筆者は1996年の⽇⽶安保共同宣⾔、その後の⽇⽶防衛協⼒のガイドライン作成に当たり、「朝鮮半島有事」における⽇⽶の役割を点検したが、⽇本が後⽅基地として⽶軍⽀援を⾏うことなくして韓国防衛は不可能だ。朝鮮半島有事を起こさない上でも⽇⽶韓の緊密な連携は不可⽋だ。また仮に南北統⼀が実現した場合でも、北朝鮮の経済⽔準を引き上げるに当たって必要になる膨⼤な経済的⽀援は⽇本を含む国際社会が分担していかざるを得ない。
 ⽶中対⽴の下でも⽇韓が共有する戦略的利益は⼤きい。⽶中対⽴が今後、⻑期間にわたって国際関係の最⼤の不安定要因になることは必⾄だが、⽶国の同盟国である⽇本と韓国は対中国戦略のフロントラインに位置する。⼀⽅で経済の⾯では、⽇韓ともに中国は最⼤の経済パートナーであり、今後、対中戦略をすり合わせていく必要がある。⽶国と⽇本が推し進めているインド太平洋戦略や、その中核に位置するクアッド(⽇⽶豪印)にも⺠主主義国・韓国が参加するのは⾃然なことだろう。また⽇本が中⼼となって取りまとめてきたCPTPP(環太平洋に関する包括的及び先進的なパートナーシップ協定)についても韓国が参加していないのは不⾃然だ。現在、英国、中国、台湾が参加申請を⾏っているが、途上国と先進国のバランスを維持し、⼤きなマーケットを持つ中国にルールを順守させる上でも、韓国の加盟も同時並⾏的に検討課題とすることが好ましいのではないか。
 ⽶中関係、⽶ソ冷戦とは趣を異にし、軍事⾯での対決(Confrontation)、政治体制での競争(Competition)、経済⾯での共存(Coexistence)、グローバル課題での協⼒(Cooperation)という4つの側⾯(筆者はこれを“4C関係”と呼ぶ)を持つ複雑な関係だ。そしてこの4つのバランスが崩れると⽶中の対決⾊が強まると考えられる。英国・グラスゴーでのCOP26で⽶中の協⼒推進が合意され共同声明が出されたのは良いニュースだが、北朝鮮問題についても非核化に関する限り⽶中の利益は⼀致する。⽇韓が協⼒して非核化問題を進めることが翻って⽶中の対⽴を緩和することにつながる。

|拉致・核・ミサイルの包括的解決
|交渉は総書記に直結するルートで

 対北朝鮮外交でも動きが⽌まっている。トランプ前⽶⼤統領は⾦正恩総書記との⾸脳会談で事態が動くと思い、シンガポールでの共同声明合意に⾄った(2018年6⽉12⽇)が、実務的協議には進まず、北朝鮮の非核化や経済制裁解除の問題が解決に向かうことはなかった。⽶国は北朝鮮との協議を表向きは引き続き求めているが、実際にはバイデン政権は綿密な詰めなく再び北朝鮮の求める⾸脳会談に応じることはないのだろう。⽇本も実務的な詳細の準備なく「無条件の⾸脳会談」を呼び掛けるだけでは、拉致問題をはじめ懸案が解決に向かうとは到底考えられない。
 ⾸脳会談の呼び掛けは呼び掛けとして、並⾏的に⽇朝のチャネルを活性化し協議を再開するべきだ。その際にはいくつか問題整理をしておく必要がある。
 第⼀に、明年早々には⽶朝会談が始まる可能性はなくはないが、⽇本の場合は拉致問題という独⾃の問題があり、必ずしも最初から⽶朝と歩調を合わせる必要はない。しかし、将来の正常化や経済協⼒の⾒通しを与えなければ拉致問題の進展も難しい。正常化やその後の経済協⼒のためには核・ミサイル問題も進展していることが前提であり、従っていつかは⽶朝の対話と歩調を合わせることが必要になってくる。⽇本が探るべきは拉致・核・ミサイルの包括的解決だ。
 第⼆に、交渉相⼿は⾦正恩総書記に直結していることが望まれる。そうでなければ解決に時間がかかり、回り道せざるを得なくなる。北朝鮮は典型的なトップダウンの国であり、筆者が20年近く前、北朝鮮と交渉をした際も相⼿が国防委員会で⾦正⽇国防委員⻑に近い存在だったために、双⽅が思い切った決断が可能だった。
 第三に、拉致問題については解決のための段取りを固めておくことが必要だ。もちろん拉致された⼈は⽣きているという前提だが、すでに亡くなっている⼈を⽣き返さなければ解決にならないとするわけにはいかない。だからといって北朝鮮が⾔ってきたことを信⽤することもできない。従って⽇本⾃⾝が北朝鮮で調査をすることを含め北朝鮮と合意を作る必要がある。筆者は⽇朝合同委員会⽅式で拉致⾏⽅不明者⼀⼈⼀⼈について徹底的に調査を⾏うことが必須だと考える。
 ⽶中対⽴が今後の世界の⾏⽅を決めることになる状況では、朝鮮半島との関係を個別に考えることだけでは不⼗分だ。⽇本は朝鮮半島や中国との関係を包括的に捉え戦略を組み⽴てていく必要がある。⽶中の対⽴を緩和し⽇本にとって好ましい秩序を作るため対中、対朝鮮半島にどういうアプローチをとるのか。包括的戦略を組み⽴てた上で、⽶、中、韓、北朝鮮などの国々と協議をし、かつ⽇⽶韓の間で間断なき協議を尽くすことが求められているのだ。

ダイヤモンド・オンライン「田中均の世界を見る眼」
https://diamond.jp/articles/-/287838
国際戦略研究所
国際戦略研究所トップ