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国際戦略研究所

国際戦略研究所 田中均「考」

【朝日新聞・論座】選挙に行こう、そして危機を打開する新しい政治を選択しよう

2021年10月27日 田中均・日本総合研究所国際戦略研究所理事長


激化する国際社会の生存競争。「失われた30年」のままの日本
 間もなく衆議院選挙の投票日だ。アメリカではアメリカファーストを唱え、国際社会の指導国としての地位を少なからず貶めたトランプ氏に代わり、国際協調を掲げるバイデン大統領が登場した。イギリスではBREXITが成り、ドイツでは16年首相として欧州で最も尊敬されてきたメルケル首相が舞台を降りる。一方、ロシアのプーチン大統領や中国の習近平国家主席は権力基盤を固め、今後も相当長期にわたってトップの座に居続ける様相を呈している。かくして国際社会は民主主義体制と専制主義体制の対立が深刻となると見られ、国際社会の生存競争は激化する。日本は、バブル崩壊から「失われた30年」の年月が経過した。この間、16人の首相が誕生したが、日本経済は成長せず、年収も30年間横ばいを続けた。衆議院選挙で問われるべきは、「これで良いのか」と言う事ではないか。主要政党の選挙公約や党首討論からは危機意識は伝わってこない。果たして、今度の選挙でどういう選択をすべきなのか。まだ投票先を決めていない「無党派」と言われる人たちは改めて日本の統治に何が必要かを真摯に考え投票行動を決めなければならないと思う。

日本の現状に強い危機感を持たなければならない
 自民党総裁選挙で物事を変えていく活力と意思を持った人材が台頭してくるのではないかという期待とは裏腹に、結果的には総裁選やその後の人事を通じて自民党の旧態依然とした長老支配が目立つこととなった。このままでは日本を変えるのは難しい。日本は経済成長、一人当たり国民所得、労働生産性、少子高齢化、公的債務のGDP比といった主要経済指標やジェンダー・ギャップ、報道の自由度などの社会指標のいずれをとっても、この30年間停滞を続け、G7の劣等生となりつつある。

経済沈滞、気候変動対策とデジタル化も周回遅れ
 とりわけこの10年近くは長期政権であり、自民党一強体制、官邸一強体制と言われ政権基盤が強かったにもかかわらず、経済的にも社会的にも沈滞した。アベノミクスと言われ株価は上がり、円安により輸出産業は潤ったが、労働賃金の上昇にはつながらず、低成長にとどまった。大幅な金融緩和や財政出動もデフレ克服には繋がらず、企業留保は大きく増えても国内に有力な投資先はない。震災やコロナのたびに巨額の財政出動を繰り返し、今や公的債務のGDP比は250%を超え、成長せず税収は大きく上がらず、借金のみが増える結果GDP比改善の見通しもない。国際社会では近年、最も高いプライオリティと考えられてきた気候変動対策やデジタル化対策も日本は周回遅れで、新型コロナ感染で注目が集まった在宅勤務、オンライン授業や在宅医療のためのネット環境も劣ることが明らかとなった。今現在の時点でも米国やEUでは気候変動やデジタル革命に向き合う7-8年の長期予算計画が審議され実行に移されようとしているが、日本では相変わらず予算単年度主義の制約のもと、短期的な思考と前例踏襲主義でどんどん遅れていく。

いまだに少ない女性候補者、相変わらずの世襲候補者
 東京オリンピックの際の女性蔑視発言などでジェンダー・ギャップを埋めていく重要性が語られたが、この選挙に立候補している女性候補者の数は全立候補者の17.7%に過ぎず、2017年の選挙時よりも増えていない。ジェンダー・ギャップの改善に率先して動くべき連立与党の自民党、公明党の女性立候補者は何と10%にも満たない。「政治分野における男女共同参画推進法」が施行されて初の選挙であり、2025年までに国政選挙に占める女性の割合を35%にする目標が掲げられているにも拘わらず、である。また長老議員の引退に伴い世襲候補者が立候補するという図式も自民党が圧倒的に多く、結局、全体に占める世襲候補者の割合は29.5%、99人を数える。まさに政治家は手放せない家業となっているのだろうか。

コロナ対策は本質を見据えて
 コロナ対策にしても、勿論ワクチン接種率の向上や経口治療薬の早期承認は重要な施策であるが、本質的に重要なことは今後の第6波、第7波で迅速に動けるシステムだ。諸外国では押しなべてそうであるが、ロックダウンを繰り返さないためにも、ワクチン、PCR検査、隔離、医療体制などを迅速に展開できるシステムの構築が最も重要だ。規制が解除されればGo Toで補助をしなくても旅行客は大きく増える。再びGo Toを繰り返すより、限られた資金をコロナの再拡大を防止するシステム作りに投入すべきなのだろう。

平和と安定には防衛力以上に外交力の重視を
 外交安全保障についても、この10年の傾向は外交で安定と平和を作るという発想よりも抑止力の強化の方向性が顕著だった。勿論、日米の総和としての抑止力の強化のために日本も防衛力を拡大していく事は重要であるが、中国や朝鮮半島といった脅威の影響をもろにかぶらざるを得ない日本が平和と安定のための外交をおざなりにしてはならない。朝鮮半島や中国に対する大戦略を日本は持つべきなのだが、そうであるとは見えない。この選挙にしてもあたかも争点は「敵基地攻撃能力の保持」であるという。50年代の「座して死を待つことはしない」という国会答弁で示唆されていたミサイル防衛の一形態なのだろうが、今やミサイルの発射は移動式発射台、列車からの発射、潜水艦からの発射など固定基地からの発射は稀であり、そのために憲法上認められてこなかった敵地を攻撃出来る射程を持ったミサイルの保持を議論するのは本末転倒だ。日米安保条約上の米国が攻撃、日本が防衛という役割分担を崩す意味が本当にあるとも思えない。保守ナショナリスト的議論が強い影響を与えている。

自民党長期政権で傷ついた民主主義統治を回復しなければならない
 10年近い安倍・菅政権が説明せず、説得せず、責任取らず、という傾向(3S政治)を持っていたことは否めない。森友・加計・桜を見る会・検事総長人事問題・学術会議員任命問題など説明責任が果たされてきたとは考えられず、著しい政治不信を生んできた。このような政治がまかり通った最大の要因は何よりも権力の集中であり、それをチェックしバランスする対抗勢力の欠如だ。小選挙区の導入により自民党は公認・資金・人事全てについて党総裁・幹事長に権力が集中し、官僚は内閣人事局の導入により官邸に逆らえない体制となった。そして官邸には総理・官房長官が随意に任命する「官邸官僚」が大きな力を持つようになった。自民党所属代議士、幹部官僚だけでなく、財界もメディアも官邸への「忖度」に終始することとなった。

岸田政権の「党高政低」への危惧
 安倍・菅政権の退陣により、岸田政権は従来の政高党低ではなく、党の力が強くなり、今度は「党高政低」となるのではないかと言われる。これも具合が悪い。議院内閣制の下、統治の責任を有さない政党の力が政府を上回るといったことはあり得ない。自民党の選挙公約を見る限り、党内の力関係を反映しているのか保守ナショナリズムの傾向が垣間見えるが、これが政府の方針となっていく事には強い危惧を持つ。

党・官僚・財界・メディアは官邸へのチェックを果たせ
 強い官邸があることに問題があるわけではない。官邸が権力をチェックされないで行使するようなことが間違いであり、党も官僚も財界もメディアも忖度するのではなく、建設的な批判勢力とならなければいけない。官僚については官邸の指示を待つというのではなく、積極的に専門の行政分野についてプロフェッショナルな意見具申をしていくべきものであろう。そのためには内閣人事局の人事ガイドラインも明確にするべきなのだろう。

選挙は国民が政治を選択できる究極の機会、有権者の行動が日本を救う
 民主主義統治において選挙は国民自身が自らの意見を表明し、政治を変えることが出来るほぼ唯一の機会だ。この機会を逸してはならない。日本が国際社会の中でどんどん衰退し地位を損ねている実態や国会が新陳代謝を欠き相変わらず多くの世襲候補者を擁し、一方では女性を政治に道を開く事も意図的に行われていない政治の実態を国民はよく知らなければならない。日本の衰退を阻止するためには国民が強い危機意識をもって投票しなければならない。
 まず、投票率を上げたい。前回の選挙の投票率は53%という低い水準であった。今回は70%を超えるような投票率の増加があることを切に期待したい。そのうえで有権者は一票を投じるにあたって投票の意味を考えなければならない。

自民一強の弊害打破へ。与野党拮抗と大連立で政策追求を
 これまでのような自民党一強という権力の集中は具合が悪い。与野党の議席数が拮抗し、野党による政権チェックが現実的とならなければならない。そのうえで、いま日本が長期的低落から立ち直り、新しい発展の礎を築くためには、既得権を打破し、思い切った政策を追求することが必須となる。このためにはイデオロギーを共にする与野党が大連立的に連携していく事が何よりも重要だ。政策の基本は大きくは変わらない諸政党の最大の関心が「政局」であるというのは不健全だし、日本にはそんな暇はない。冷戦時代の自民党と社会党であれば違いが大きすぎてとても連立は組めなかったのだろうが、自民党、社会党、さきがけの三党は1994年から4年間連立を組んだ。今日、民主主義社会では連立は通常の統治形態となっている。
 近年ドイツではメルケル首相のキリスト教民主同盟(CDU)と社会民主党(SPD)の勢力は拮抗し、この間ドイツは最低賃金法の法定や脱原発を決定し、普通の国として海外への連邦軍の派遣を行い、文字通りEUの指導者としての地位を固めた。9月の選挙ではメルケル首相の引退に伴いCDUは敗北し、現在SPD、緑の党、自由民主党(FDP)の三党連立交渉が行われている。カナダでも最近の総選挙で与党は第一党の座は維持したものの議席の過半数には届かず、引き続き少数与党政権となっている。またノルウェーでも保守党主導の中道右派連合から中道左派の連合へと連立の形態を変える見込みとなっている。

小選挙区は「信頼に足る人物」、比例区は「非自民」
 10.31衆議院選挙においては小選挙区においては「人を選ぶ」こととすべきだろう。どの党に所属するかではなく、政治家として信頼に足る候補者を選択すべきだろう。国会を信頼できる政治家の集まりとしなければならない。そして比例区においては政党間の勢力の拮抗を実現するため、「非自民」への投票を考えるべきではなかろうか。野党に政権を任すと言うよりも、競争的な政策形成に道を開くと言う事だ。その結果、連立を組んで強い政策、長期的に意味がある政策を追求していく素地が生まれる。投票率の飛躍的増大、与野党の拮抗、大連立に繋がる行動を有権者が選択することが日本を救う。

朝日新聞・論座
https://webronza.asahi.com/politics/articles/2021102600003.html
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