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国際戦略研究所

国際戦略研究所 田中均「考」

【ダイヤモンド・オンライン】「中国の夢」とどう向き合うか、総選挙後待ったなしの対中戦略の基本

2021年10月20日 田中均・日本総合研究所国際戦略研究所理事長


|総選挙で低調な対中外交論議
|「防衛⼒強化」だけでいいのか

 総選挙がスタートしたものの外交課題はほとんど論戦にはならず、新型コロナウイルス対策や分配重視の経済政策の議論の陰に隠れている。しかし、中国をどう⾒るか、どう向き合っていくかは、⽇本の将来に致命的な重要性を持つ課題だ。⾃⺠党は公約で「中国の急激な軍拡や⼒を背景にした⼀⽅的な現状変更」に対応するとして、防衛費の対GDP⽐率引き上げの検討などを掲げているが、対中強硬姿勢だけが⽇本の国益になるとは思えない。コロナも「第5波」は収束に向かいつつあり、総選挙が終わると、厳しい外交戦が待ち受ける。⽶国は中国の覇権を阻⽌することに意を固めているように⾒受けられ、台湾を巡っては⼤規模な中国軍機の防空識別圏への侵⼊で軍事的緊張も⾼まっている。骨太な対中戦略作りは総選挙後の新政権の重要な課題だ。

|「中国の夢」実現に突き進む習体制
|「共同富裕」の⼀⽯三⿃の狙い

 中国は⽶国の対中抑⽌政策に抗し、習近平国家主席が唱える「中国の夢」の実現を図ることを中⼼に戦略を組み⽴てている。「中国の夢」は「中華⺠族の偉⼤な復興」を掲げ、中華⼈⺠共和国建国100周年の2049年までに名実とも⽶国と肩を並べる強国となることを事実上の目標と掲げている。経済、科学技術、軍事のあらゆる⾯で優位に⽴つということだろう。同時に領⼟の⼀体性を回復すること(コア・インタレスト、核⼼的な国益)も⼤目標であり、⾹港や新疆ウイグル、チベットなどの完全な「中国化」を完成させ、台湾の統⼀を実現することを狙っている。
 この夢の実現を阻む最⼤の問題は経済成⻑の停滞だ。国が豊かになるにつれて労賃も上がり、産業構造などが変わらないままでは競争⼒が弱まり⽣産活動が低下するのは必然だ。中国も2000年代半ばの年率10%を超える⾼成⻑から、徐々に現在の6%前後の成⻑に減速してきた。新型コロナ感染拡⼤を都市封鎖などの強権的なやり⽅で抑え込み、経済活動を再活性化することに躍起となったのも、夢の実現に向けて進むためだ。これが功を奏した形で2020年にはいち早くプラス成⻑を回復させ、21年には8%を超える成⻑⾒通しとなった。しかし不動産⼤⼿、恒⼤グループの経営危機に象徴されるように、今後とも不動産バブルなど多くの課題はあり、順調な経済成⻑を⾒通せるわけではない。
 さらに鄧⼩平⽒の「改⾰開放」路線以降の資本主義的発展がもたらした所得格差の拡⼤にどう対応するかという点も⼤きな課題だ。経済発展のためには資本主義の効率性を重視することが重要だが、⼀⽅で社会主義の下での公平性は失われていく。習近平体制の下で共産党の統治を万全にするため国⺠の締め付けも強化されており、これも国⺠の不満を蓄積させることになっている。成⻑と格差拡⼤のジレンマを解消する上で習近平⽒が唱えだしたのが、「共同富裕」という構想だ。つまり共産党は資本主義の効率性を取り⼊れ成⻑を実現した、成⻑により得た富を共産党は国⺠に分配する、これからは⼤きく成⻑した企業が社会貢献で所得格差是正に寄与していくという三段階論だ。共産党はIT巨⼤企業などに寄付を求め、アリババやテンセントなどは、各々約1兆7000億円規模の資⾦拠出を約束したという。中国政府は「共同富裕」を、⽣産の効率と格差の問題に同時に対応するとともに、巨⼤企業を共産党の規律の中にとどめおくという⼀⽯三⿃の策と考えているのだろう。最近では政府の規制強化はIT企業だけではなく、教育や映画、ゲーム業界にも広がっている。

|「核心的な国益」確保では
|強硬姿勢を貫く構え

 夢の実現に向けた対外的な課題では、⽶国の掲げる「デカップリング」への対応だ。⽶国がハイテク関連を中⼼に中国企業などの分離を打ち出したとき、中国は間髪⼊れず「国内循環と国際循環の双循環」という考えを打ち出し、対応策として国内の⼤循環に重点を置いた経済の活性化を図っている。⽶国のデカップリング戦略で調達が困難になる半導体など戦略物資の確保のため、⾃国での⽣産を拡⼤するとともに、「⼀帯⼀路」構想を通じて友好国を拡⼤しサプライチェーンを再構築するとともに、国内の消費拡⼤などにつなげていこうというものだ。
 「コア・インタレスト(核⼼的な国益)」の確保のための中国の⾏動は、⺠主化の抑圧につながり、国際社会の反発と批判を⽣んできたが、中国の姿勢は変わらないだろう。⾹港では若者の⺠主化運動を抑え込んだだけではなく、国家安全維持法を制定し、共産党批判を抑え込むとともに選挙制度を変更した。中国に従順な「愛国者」だけしか選出されない仕組みを巧みに導⼊したものだ。新疆ウイグル問題では、⼈権侵害に対する国際社会の厳しい批判や制裁を、内政⼲渉として無視を決め込んだ。中国は中国経済に依存している韓国や豪州に対しても、相⼿を恫喝するかのような強硬姿勢を取っている。韓国にはTHAADミサイル配備に対して、豪州には豪州政府が武漢ウイルスの調査を求めたことに対して、中国向けの輸出を規制するなどの経済的措置を取っている。こうした強硬姿勢は故あってのことだ。国際社会に対して内政⼲渉には「目には目を」的⾏動を取ると暗⽰しているのだろう。
 台湾問題は軍事⾏動を伴い最も深刻な課題となる。中国は台湾の防空識別圏への多数の軍機の進⼊をはじめ、台湾をけん制する動きに出ている。中国との対話路線の国⺠党の退潮や⾹港の⼀国⼆制度の事実上の崩壊により、平和的統⼀の流れは⽌まっている。中国は軍事的統⼀の可能性を排除していないし、台湾の統⼀は「いつ実⾏するか」という問題なのだろう。ただ台湾への軍事侵攻は、政治的にも、軍事的、経済的にも、そのコストに⼗分耐えられるという計算は当⾯⽴たないし、中国政府もそう考えていると思われる。したがって台湾有事が近い将来起こる蓋然性は⾼くない。

|⽶国は「3つのフェーズ」で対応
|戦略的競争と相互依存、協⼒

 ⼀⽅で、中国に対する⽶国のアプローチも中国の⾏動に応じて試⾏錯誤を繰り返している。⽶国にとって共産主義中国が覇権を握るという事態は決して許容される話ではない。ただグローバリゼーションでこれだけ世界の相互依存関係が深まっている現在、単に強硬策を取ればよいという問題でもない。⽶国も経済的・商業的利益との両⽴を図らざるを得ないのだろう。そうした思惑から⽶国は対中関係を3つのフェーズに分けて考えているとみられる。第⼀には戦略的競争。第⼆には相互依存関係。そして第三にはグローバル課題への協⼒だ。つまり、台湾や東シナ海・南シナ海に象徴される安全保障や軍事の戦略的競争には断固、対決するという姿勢である。⼀⽅で⽶中の貿易や投資関係を維持することは⽶国の国内経済のために必要だという認識であり、さらに気候変動やイラン・北朝鮮核問題などグローバルな課題には⽶中の協⼒が必須だという認識だ。

|戦略の相互⽭盾は避けられず
|経済安全保障と貿易⾃由化は難題

 ただこの3つのフェーズの対応が相互に⽭盾をきたすことは⾃明だろう。アフガニスタンから⽶軍を拙速に撤退させたことで強まった、同盟国などの⽶国へのクレディビリティー(信頼性)に対する疑問符をぬぐう意味合いもあるのか、⽶国は対中抑⽌⼒の強化にこのところ動いている。インド太平洋戦略の下でのクアッド(QUAD、⽶⽇豪印)体制に加え、新たに⽶英豪の新しい安全保障体制であるオーカス(AUKUS)を構築した。その⼀環として豪州に⽶英は原⼦⼒潜⽔艦技術を供与することになったが、このため、すでに成約していた仏との通常型潜⽔艦建造契約は破棄された。豪州に原⼦⼒潜⽔艦を配備して中国の南太平洋での⾏動を抑⽌する目的なのだろうが、⽶仏関係に新たな⻲裂を⽣んでいる。さらに台湾問題でも、⽶国内では従来の「戦略的曖昧さ」を変更して、より明確なコミットメントをすべきだという議論も勢いを増しているようだ。「戦略的曖昧さ」というのは、台湾関係法の中で中国の台湾に対する軍事侵攻に⽶国も軍事介⼊をするとは明確に⾔わず、適切な措置を取るという曖昧さを残していることだ。これにより台湾が独⽴に⾛るのを抑える⼀⽅で、中国が軍事⾏動に出るのも抑⽌する狙いだが、対中強硬論を背景に台湾有事に対する姿勢を明確にする声が強まっているようだ。
 さらに中国を念頭に置いた「経済安全保障」の法制化の議論が急速に浮上している。戦略物資のサプライチェーンの確保や機微技術の流出阻⽌、戦略的技術開発への国家の⽀援、サイバーセキュリティーなどの広範な措置を、より機動的に効果的に取れるようにしようというものだ。しかし、これまでグローバリゼーションの下で貿易や投資の⾃由化が進められてきた。国家安全保障の名目で⾃由化ルールの例外を作っていくことには慎重でなければならない。⽶国は⼀⽅では、トランプ⼤統領時代に中国と締結した貿易拡⼤措置の実⾏を迫っている。⽶中の相互依存関係をどう保全していくのかも難題である。⽶中の協⼒については、11⽉の「COP26」に向けて⽶中の協⼒が実を結び、気候変動問題を⼀歩進める結果となるかどうかが、⽶中対⽴関係の帰趨にも⼤きな影響を及ぼすだろう。

|⽇本は⽶中ともに深い関係、
|強い影響⼒を持つ数少ない国

 ⽇本はどうするのか。岸⽥⾸相の施政⽅針演説や⾃⺠党の選挙公約を⾒る限り、対中戦略では抑⽌⼒強化の議論が中⼼となっている。防衛⼒の⾶躍的拡⼤や敵基地攻撃能⼒の保有などに加え、経済安全保障の強化を進めていこうとする姿勢が⾒える。総選挙で連⽴与党が勝利すれば、対中関係についても⽶国への傾斜を強めていく⽅向性が強まるのだろう。
しかし⽇中国交正常化50周年を来年に控え、⽇本の対中戦略は包括的な⾒直しが必要だが、ここで⼤局観を⾒失ってはならない。⽇中の経済相互依存関係は年を追うごとに深まっており、コロナ・パンデミックからの回復過程でも、貿易や投資、⼈的交流の拡⼤の流れは続くだろう。中国を抑⽌すれば済むという話ではあるまい。⽇⽶安保体制を強化し中国の脅威に備えることは当然としても、中国との依存関係の⼤きさを考えれば、⽶中が決定的な対⽴に⾄るのは⽇本の利益ではない。特に台湾有事は避けなければならない。
 ⽇本は、⽶中両国と深い関係にあり両国に強い影響⼒を持っている数少ない国の⼀つだ。⽶国に対しては、協調関係の下で⽇本は⽇本の考えを伝えていかねばならないし、例えば経済安全保障の名の下に⾃由貿易のルールを⼤幅に後退させることは好ましいことではない点を明確に⾔うべきだろう。また、中国に対しても、例えば、いま中国と台湾がそれぞれ加盟申請の意向を表明しているCPTPP(環太平洋パートナーシップ協定)への加⼊には、国際ルールに沿った国内改⾰が必要なことを強く求めていくべきだ。そして「インド太平洋構想」とともに中国を含めた「アジア太平洋経済協⼒」(APEC等)もバランス良く進めていく必要がある。
 バイデン政権は同盟国や友好国と協調し対中関係に取り組むことを明らかにしているが、欧州やアジア諸国と⼀枚岩で連携が進むわけではない。アジア諸国はすでに中国が最⼤の経済パートナーになっており、特にASEAN諸国は、⽶国と中国のどちらかを選ばざるを得ない局⾯になるのを回避したいという気持ちは強い。欧州も中国との戦略的対⽴に理解を深め、英、独、仏などインド太平洋への艦隊の派遣など中国をけん制する動きに出ているが、豪への潜⽔艦問題で⽶仏の⻲裂を⽣んでいる。⽇本は対中外交ではASEANやEUとの協調も進めていかねばならない。よく練られた対中戦略を構築するのは、選挙後の新政府の重⼤な責務だ。

ダイヤモンド・オンライン「田中均の世界を見る眼」
https://diamond.jp/articles/-/285211
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