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第11回:未来洞察の小説化を実践する その⑥「火山湖の友人」

小説執筆:高島雄哉(たかしまゆうや)Twitter:@7u7a_TAKASHIMA
イラスト:meta-a(めたえー)Twitter:@meta_meta_a
解説:SF-Foresightプロジェクト


 本連載もいよいよ大詰めを迎えてきた。第11回となる今回はベーシックインカム後の世界における機会領域『共助のパートナーは「自然」』(※1)について小説化を試みる。実は第8回でも「鳥がつなぐ二人」と題して、同じ機会領域を取り上げた。第8回では、ベーシックインカムによって最低限の生活を送ることができるようになった中で、人々がスキルやモチベーションを高めていくパートナーとして、擬人化した鳥を描いた。さて、今回はどのような切り口で機会領域『共助のパートナーは「自然」』が描かれるだろうか。

タイトル:火山湖の友人

 慌ただしい2020年代が過ぎ去って、あたりを見まわすと、わたしの友人すべてがいなくなっていた。
 正確に言うと、すぐ対面できる友人がいなくなったということで、ある友人はリモート環境の整った離島に引っ越して、別の友人は交流をVR──仮想現実に限定して、近所だからたまには直接会おうかとメールしても、VRアドレスが送られてくる始末だった。わたしだってVRで素数になったりメタバース全体になったりするのはだいすきだけれど、たまには面と向かって会ってもいいだろう。仮想でもない拡張されてもいない、なんでもない現実にもそれなりにいいところはあるはずだ。いいところはすぐには思いつかないけれど。
 マンションの前にドローンカーがほとんど音もなく舞いおりる。区役所のシェアサービスだ。軽装の登山服を着たわたしが乗り込むと、静音プロペラのドローンカーは音もなく百メートルほど上昇した。
 ──今日の山の天気はうつろいやすいです。あなたの気分みたいに。
 コンタクトレンズ搭載のAIが言う。わたしとしてはもうちょっとクールなキャラに成長してほしいのだけれど、これくらいのほうが話をしている感覚が得られるのかもしれない。
「じゃあ中腹までお願い」
 まだ二度目だし、ムリはしないほうがいいだろう。そもそも今日の目的は登山よりも、頂上で〝友人〟に会うことなのだ。
 最近できたばかりの、直接会える友人だ。
 ドローンカーは最高時速250キロ。空中にさえぎるものはないから──かつては車が地上を走っていたなんて──速度表示の通り、一時間でそのまま250キロ先の山まで飛んでいける。
「あの子に会うの、ひさしぶり」
 AIが登山用具のレンタルを提案してくる。今注文すれば、わたしが到着するタイミングで、無人宅配で荷物が届く。
「パワードスーツ? そういうのは今回パス」
 ──前回の記録から推測しました。
「ああ、確かに前回すっごくつかれたけど。そういうのも楽しかったから」
 ドローンカーは中腹のパーキングに止まった。他には誰もいない。
 今日はわたしだけだ。
 わたしの友人はとても人気があって、ひっきりなしに客がおとずれる。だから実は今日も予約をいれて来た。しかし当然そういう手続きは〝友人と会っている感〟を邪魔するから、膨大な客のスケジュールをAIが管理して、なるべくかぶらないようにしてくれる。結局、なんでもない現実と言っても、さまざまな技術によって拡張されているのだ。
 ドローンカーがパーキングの地面に埋め込まれた端子からワイヤレス充電を始めた。わたしが帰ってくるまでにはフル充電されている。
 山の涼やかな空気の中で深呼吸しようとはりきって車をおりたのに、まわりの風景を見たわたしは、思わずためいきをついてしまった。
「ゴミ増えてない?」
 前回この山に来たときも──遠景はとても素敵だったのに──この駐車場にもこれから歩く登山道にも、いろいろなゴミが落ちていた。
 わたしは用意してきたビニール袋を取り出してゴミ拾いをはじめた。

 ベーシックインカムが導入されたことで、人々は──導入当初はみんな困惑したそうだけど──自分なりの過ごし方を模索しはじめた。
 たとえばVRでは、まったくのゼロから世界をまるごと作り出せるから、時間なんていくらあってもたりない。その新世界には小説や映画、あるいはゲームみたいにストーリーを組み込んで、みんなで遊ぶことができる。
 人気のVRの所有者には、公的なベーシックインカムをはるかに超える収入がもたらされる。作成はAIも手伝ってくれるし、とても楽しい作業で、わたしもやったことはある。
 とはいえ今は──仮想ではない、現実の──山を登っている。
 VRではないR──この現実は、VRとちがって、まったくわたしの思い通りにならない。
「なにこのゴミ!」
 いくら予約をしても、山には誰だって来ることができて、警備ドローンがどれだけ飛んでいても、山のどこにでもゴミを捨ててしまえるのだ。
 マナーについては、いつか改善するかもしれない。
 でも山は圧倒的な存在で、ここに来るのだって大変だし、不自由さのかたまりだと言っていい。
 わたしはいっぱいになった大きなゴミ袋ふたつを、ドローンカーのトランクに入れた。処理はあとで区役所がやってくれる。
「まったくまったく」
 わたしは気をとりなおし、リュックをせおって登山道を歩き出した。
 涼しい風が不意に汗ばんだ肌をなでてくれる。
 こういうことは、もちろんVRでも可能だ。でもそれは、あらかじめ仕込んでおけば、なのであって、〝不意に〟ということではない。
 本当の本当は、VRであっても──VRは究極の自由だから──不意に風を起こすことはできる。AIでも量子コンピュータでもなんでも使って、自然な感じをつくりだせばいい。わたしなんてすぐに本物の自然だと思いこんでしまうだろう。
 ひるがえって、今わたしをつつみこむ自然は、究極の不自由だと言える。
「あ……」
 ぱらぱらと降ってきた雨はたちまち強くなった。
 わたしはリュックから取り出したレインコートをはおって、さらに歩きつづける。いきなり頂上に行けば良かったかもしれないと思いながら。
 不自由はたいてい不快で、今だって快適ではない。もっと近くにいてくれればいいのに!
 わたしの大切な友人は、約束の時間に五分十分遅れたからといって怒るようなタイプではない。それどころか何時間でも何日でも待っていてくれる。
 とはいえそれは向こうの事情であって、わたしのほうはまったく遅刻したくない。今日だってかなり余裕をもって出発したのにこの始末だ。
 この山はかつて「死火山」と呼ばれていたのだけれど、それはせいぜい数千年のあいだ噴火していないというだけで、その呼称自体なくなって、今ではむしろ一万年以内に噴火したことのある「活火山」として常時監視されている。
 そして山の頂上には、何万年前なのか、最後の噴火のときにできた火口に雨水がたまって、今では美しい〈火山湖〉がある。
「ひさしぶり」


 やっとたどりついた頂上で、わたしは思わず笑顔になる。
 目の前には、わたしのかけがえのない友人がいる。
 いつのまにか雨はやみ、おだやかな風に、湖面はやわらかく波だっている。
 わたしはゆっくりと湖岸にちかづく。
 そう、わたしの友人とは、山の頂上にある火山湖のことだ。
 コンタクトレンズのAIが湖周辺の環境情報を総合して、わたしと湖の親愛度を──もちろん仮想的に──算出していく。このピクニックサービスの売りの一つだ。
「今日はいいよ、そういうの」
 わたしは湖岸にひざまずいて、そっと湖面に触れた。
 冷たい水は心地よく、わたしをあたたかく迎え入れてくれているようだった。

(終わりに)
 小説では、ベーシックインカムによって時間のゆとりがもたらされた結果、十人十色の日々の過ごし方が模索されていき、その一つとして、AIやVRやドローンカーなどのテクノロジーが日常に埋め込まれた世界の中で、自然の不自由さを積極的に取り込んでいく心のあり様が描かれている。テクノロジーがもたらす表面的な世界だけでなく、そこで暮らす人の価値観や心の変化まで含めた一連のシーンをストーリーとして描くことで、さらなるアイデアの発想につながっていくのではないだろうか。
 さて、最終回となる次回は、これまでの検討の振り返りと今後の発展の方向性について考えてみたい。

(※1) 第4回:SF-Foresight(Science Fiction × Foresight)の実践 ~強制発想編~
以上
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