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これからの地域公共交通の在り方③
~地域交通事業者が取組むまちづくり~

2023年02月14日 武藤一浩


 同タイトルでシリーズ化して執筆している本テーマについて、これからの地域公共交通の在り方①これからの地域公共交通の在り方② に続き、今回は地域交通事業者が地域と共に維持発展していけるよう「地域参加のまちづくり」に取組んでいる一つの事例を紹介したい。

交通はまちの血流という考え
 「交通はまちの血流、道路は張り巡らされた毛細血管だ!」と明快に仰るのは、北九州市の枝光地域で「おでかけ交通」(注)を20年以上、事業展開されている株式会社光タクシーの社長である。まちを人体に例えれば、血流(交通)の停滞がどこかの臓器(まちの中の店舗など)に負担をかけてしまい、健康を害する(まちの景気が悪くなる、店舗がつぶれる)といった不具合が生じるという意味である。また、「おでかけ交通は、まちの血の巡りを良くするお手伝いであり、交通弱者救済ではなく商店街と住宅地を繋ぐための交通、なのでコミュニティ交通ではない」と断言されている。
 確かに、コミュニティ交通とは、「公共交通不便地域の解消などの目的で自治体や地域が関与して運行する交通機関」であり、同社が展開する「おでかけ交通」が目指しているものは、その着想がまったく違う。また、数多くのコミュニティ交通が撤退していく中、20年以上も事業が展開されている背景には、様々な困難があったものの、それが今はノウハウとなって蓄積もされていると、強く印象付けられた。

まちと協生という想い
 同社が「おでかけ交通」を展開する枝光地域は、1901年に官営製鐵所ができ、そばの高台地域(高いところで標高110mほど)に関係先も含む従業員達の住まいとして、住宅地が急速に拡大していったという歴史を持つ。高台の下(標高5mほど)には商店・飲食店・病院の他、映画館をはじめ歓楽街の施設が集積して、まちとして発展、形成されていったのが特徴である。それが、1980年代に入ると高炉閉鎖と事業規模の縮小、まちの関連事業所の閉鎖などが進み、往来者は減少して店舗や施設は閉鎖されていった。1990年になると、すぐそばに遊園地「スペースワールド」ができたが、商店街まで観光客が足を延ばすことはなく、地域に大型商業施設が進出するなど、商店街の士気は下がる一方となった、光タクシーの事業も縮小していく。
 「このままだと、まちも会社も共倒れになる」という社長の危機感から、地域を実際に自分の足で回り、商店街の人々や利用者と会話し、従業員との衝突を乗り越えて、行政や商店街の支援を獲得するところまで到達した。「枝光やまさか乗合ジャンボタクシー」という名称で住宅地と商店街をつなぐ定時定路線の「おでかけ交通」が2000年にスタートする。

採算性よりも地域参加の当事者意識の醸成が鍵
 ちなみにその名称は「山と坂ばかりのまちをバスが駆け抜ける」というイメージから地域の方が名付けたものだ。名称だけではない、運賃が当初100円/回から徐々に値上がり、現在は200円/回になっているが、この要望は利用者など地域からの「なくなると困る」という声が起点になっているという。実際に現地に行ってみると、時刻表や案内掲示が地域の民有地にあったりする。また、住宅地の路線ルート上の路上駐車がなくなるよう、自治会が各家庭に声をかけているとのことだ。スタート当初から、利用者も含めた地域の人々が「自分たちの交通だ」という目線を有している事実が、20年以上続く理由であることがわかる。なお、「おでかけ交通」の利用者は、タクシー利用でも必ず同社を利用するという。本業にも協生の輪が広がっていることも特徴的である。

まちづくりへの発展
 ここまで「まちとの協生」が進むと、必然的に、同社が、まちづくりに関連することも増えてくる。まちにあった旧銀行施設を改装して「枝光本町商店街アイアンシアター」を開館したり、まちづくりに特化した事業を行う「株式会社枝光なつかしい未来」という専門会社を設立するに至っている。シアター運営だけでなく、イベント商店街ツアーを実施する同社は、多くのメディアに取り上げられ、行政が主導する数々の賞を受賞してきた。こうして地域の知名度が上がると、商店街の各商店の後継者が確保でき、参加者不足で長らく開催されなかった地域の祇園祭も復活するようになったというのは驚きである。

住民要望に単純に応えることの怖さ
 「住民の要望を聞きその要望を叶えることが鍵である」という、よく聞かれる識者の提言がある。しかし、社長は、「20年走ってきて分かった残酷な現実として、2つの目的地がある場合、人はより便利な方に自然と集まっていき、もう片方は衰退する」と説明する。仮に大型施設まで行きたいという住民の要望のとおりに走行ルートを設定し運行していたら、商店街は滅び、まちも滅んでいたという現実に直面していただろう。同社長が「コミュニティ交通ではなく、商店街と住宅地を繋ぐための交通」と言い切った言葉の意味は、まさにそこにあるのだろう。

シンク&ドゥタンクとして
 同社長の話しを伺い、現地を拝見させていただくなかで、ある反省の念が沸き上がった。弊社は、長年、コミュニティ・モビリティ・サービス「まちなかサービス」 を地域住民ともに立ち上げることを目指してきたが、足らざる視点が数多くあったと気付かされたからである。特に、住民の意見や要望を聞き、それに基づいてまちを設計していこうとするようなアプローチでは、ややもすると人々の一時的な満足度は高めても、まちとしての衰退を加速させてしまう危険もあると心しなければならない。
 地域ごとの特性があり、枝光での取組がすべてとは言えないが、長年、地域と向き合って活動を進めてこられた方々には、地域参加かつ持続可能となる自律協生のまちづくりに関して相当のノウハウが蓄積されている。シンク&ドゥタンクとして、「これらノウハウが蓄積されている事例にこそ、学ばなければならない」、「このようなノウハウを必要とする地域にこそ、それらを届けていかねばならない」と思った次第である。

(注)運行地域の住民により組成した運営委員会が運営主体となり、交通事業者が運行を行い、北九州市が助成を行う乗合タクシーと路線バスを「おでかけ交通」と呼ぶ。

※記事は執筆者の個人的見解であり、日本総研の公式見解を示すものではありません。
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