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第6回:未来洞察の小説化を実践する その①「資産運用」

日野太貴 & SF-Foresightプロジェクト


 ここまで、SF-Foresight(Science Fiction × Foresight)の前半戦として、第1回ではSF作家・考証家である高島氏とのコラボレーションに至った経緯を、第2回から第4回までは具体的なコラボ活動の前半戦として、高島氏とともに行った未来洞察のプロセスについて解説してきた。第6回以降は、未来洞察により得られた未来の社会像をベースとした小説を紹介していくこととしたい。

 これから紹介する小説は、未来洞察によって得られた「ベーシックインカムが実現した」未来の社会像を描いたものである。通常、コンサルティングの現場で未来洞察を行う際は、想定した未来の社会像を200字程度でまとめたフォーマット(下記“機会領域アイデアシート”参照)を用いて表現することが多い。


 そのような、簡潔な表現形式と比して、小説化を行うことで、第5回にて高島氏が言及していたような【情報共有】や【提案深化】の効能がどの程度得られるのだろうか。小説を読みながら、皆さんにも一緒に考えて頂きたい。

 さて、第6回で紹介する小説は、ベーシックインカムが実現した後の「自治体の役割」を描いた物語である。現在、自治体は、生活保護をはじめとする福祉制度を実践することで社会のセーフティネットを担っているが、ベーシックインカムが実現してしまえば、そのような役割は不要となる。その時、自治体は、住民と近接する行政組織として、どのような役割を担うことになるのだろうか?この後に続く小説に、そのヒントがあるのかもしれない。

タイトル:資産運用

 「レイズ、1,500$」強気にチップを増額したレイズのアクションに怯んだ参加者は皆その場を降り、A氏はとうとう本選出場を決めた。

 A氏は帰りの無人バスで揺られながら考える。次の本選は1週間後か、本選に出るのも3年ぶりだ。帰宅したらパーソナライズドチャットボットのフィルと予選の振り返りをしなきゃいけない。

 ここまで足掛け5年、プロポーカープレイヤーを目指していたが、なかなか芽が出なかった。プロポーカープレイヤーとして優勝をして一度に大金を手にしたい。プロポーカープレイヤーとして大成したい。
 国が給付してくれるベーシックインカムのおかげで働かずとも生活はできたが、それだけでは大会参加費を捻出できない。XX地区はポーカーの産業化を掲げており、ポーカー産業に関わる住民には特色給付金が給付されることもあり、1年前にXX地区に移住してきた。生活こそはできるけど望んでいた生活はこんなもんじゃない。

 『その手札で全賭けのオールインはなくない? コールで同額のチップを賭けていったんフィールドの流れを様子見しておけば、もう少し早く勝ち上がれただろうに』

 フィルは感想戦でも相変わらず手厳しい。まあ、ポーカーに厳しく向き合えるようにフィルを人格設定したから仕方ないが、今日ばかりはねぎらいの言葉くらいをかけてくれる優しい性格に設定しておけば良かった。他の人格のオプションにアップデートもできるが、課金できるだけのお金もない。

 そろそろ一矢報いたい。

☆☆☆


 「まさかの大金星ですね、常連メンバー以外の優勝はいつ以来でしょうか」

 「A選手初優勝です!!」

 大会の実況は興奮交じりにそう叫んだ。

 まさか優勝できるとは。いつも常連たちが優勝しているなかでとうとう割って入れたんだ。ついにベーシックインカム頼りの生活から脱却して一生悠々自適な生活ができるほどの優勝賞金を手に入れた。

 ポーカーは楽しいが、これだけの賞金を稼いだらもうYY地区に移住してリゾート暮らしでもしようか。いやいやもっと優勝回数を重ねて世界進出か?

 その日はフィルと夜な夜な今後のプランを語り合い、眠りについた。

 この大会をきっかけに大きく飛躍できた。その後も賞金を元手にXX地区のより参加費の高い他の大会にも参加するようになり、また優勝や上位入賞できるようになった。これも長年人工知能のフィルとずっと練習を続けた成果かもしれない。

 ある朝、いつものように自分の興味にマッチしたニュースをフィルが教えてくれたが、その中に耳を疑うゴシップ記事があった。

 「XX地区が資金難で特色給付金の見直しか、ポーカー事業にもメスが入るのか」

 一抹の不安を覚えた。XX地区に来てポーカープレイヤーに支援をしてくれたことでようやく芽が出た。最近は地区外からの新参者も上位に入ってくるようになったし、ポーカー産業はこれからだというのに。

 このゴシップ記事にはこのゴシップについての街の声も並んでいた。特に気になったのは二人組のやり取りとおぼしき街頭インタビューだ。 『既にベーシックインカムで区民は生活できている訳だし、特色給付金を一地区や自治体がわざわざ設けるとやっぱり資金繰りが難しいのでは』

 「ベーシックインカムだけでも生活自体はできるけどさ、参加費など、とにかく出費の多いポーカープレイヤーみたいなことを仕事とするには足りないよな。だからこそ特色給付金はありがたいけど」

 『んー、だからこそ自治体とか行政は区民のあらゆる活動へのモチベーションを上げるための財源を確保しているはずだからね』

 「そもそもXX地区はどうやって財源確保しているのだろうな、ここは人口もさしていないし、他に大した産業もないのに。ポーカー大会をやると言ったって、参加者の参加費がそのまま賞金になるからな。地区外や外国人からそんなにお金も取れないだろう」

 そういえばそうだ、この地区はどこから各家庭に特色給付金を配れるだけの財源があるのだろうか?

 …などとあれこれ考えながらトーストを頬張っているとフィルが驚いた声を上げた。

 『XX地区のポーカー事業本部からだ。お前、本部に呼ばれているぞ。何かやらかしたのか?どうやら要件などは書かれてないみたいだが』

 A氏に身に覚えはまったくなかったが、とうとう本部にも一目置かれるポーカープレイヤーになれたように感じた。A氏は心配するフィルをよそに本部に行くことにした。

 受付に到着するや否や壮年の男性に出迎えられ、案内されるがまま応接室に通された。

 しばらく待っていると地区の知事が出迎えてくれ、事の次第を話してもらった。

 「未登録の君はうちの地区で実施しているポーカー大会で勝ち過ぎた。おかげで特色給付金の財源の確保が難しくなった。良ければ君もうちの職員として大会で優勝して財源を獲得して欲しい。」

 頭が混乱した。未登録? 職員?

 「えっと、つまり、これまで優勝の常連だったプロポーカープレイヤーは職員で、職員がプロポーカープレイヤーとして勝ち続けていたということでしょうか?」

 どうやらそういうことだった。XX地区はプロポーカープレイヤーを職員として秘密裏に採用し、地区外だけでなく外貨を獲得してそれを元手に特色給付金の資産運用に充当していた。

 プロポーカープレイヤーの収入の多くは優勝賞金に依存しているため、スポンサーの付かないプロポーカープレイヤーの生活は実はそれほど安定していない。ましてや、プロポーカープレイヤーの中にはベーシックインカムで支給される金額もそのまま大会参加費で注いでしまう性分なのだ。だからこそプロポーカープレイヤーを職員として雇うことでXX地区のポーカー事業の持続的な成長と歳入額の増加が期待できるということだ。自分はそんな特色給付金の交付を始めてからやっと出てきたXX地区産のプレイヤーらしい。

 混乱したまま帰宅し、コーヒーを飲みながらフィルにぽつりと漏らした。

 「結局はXX地区のシステムに踊らされていたということなのかな」

 『いいじゃない、踊らされても。お前は踊らされて成功したんだ。だからこそ他の誰かにどんどん踊ってもらうのも悪くないでしょ』

 「…」

 どうせ俺にはポーカーしか取りえもない。ベーシックインカムとポーカーでのうのうと自由を求めていけたのもXX地区のおかげだ。XX地区の危機を救うために勝ち続けて影のヒーローになるというのもまた面白いかもしれない。

☆☆☆


 「コール」

 A氏は今日も涼しい顔でプレイする。今は職員としてこの地区の夢追い人や住民の生活のために。そして、XX地区とポーカーの繁栄のために。

(終わりに)
 さて、ショートショートを読み終えた皆さんはどのような感想を持っただろうか。
 小説では、ベーシックインカムが実現した社会の未来像の一つとして、「夢を追いかける人」を支えようとする自治体の姿が描かれている。これは、現在の役割を取り上げられた自治体が、「住民のモチベーション向上や、自己実現の支援」という新たな役割にシフトしようとする姿が描かれているといえよう。一方で、ショートショートのオチの通り、十分な予算を持たない自治体は、その新たな役割を執行するための原資を、いびつな形で確保しようとしているように見える。
・ベーシックインカムの実現に伴い、新たな役割を求めた自治体は、「マイナスをゼロにする」セーフティネットの担い手から、「ゼロをプラスにする」というモチベーション向上・自己実現の支援へと自らの存在意義をシフトさせるのではないだろうか。
・また、そのためには、当然新たな財源が必要となるが、ベーシックインカムによって中央・地方ともに「小さな政府」となった行政にとっては、従来通りの「税収」という形でそれを賄うのは、住民の理解を得難いのではないだろうか(ゆえに、小説では、トリッキーな“資産運用”に手を出しているように見える)。

 今回の小説からは、少なくとも上記のような【提案深化】につながる気づきが得られたと言えそうだ。

 次回、第7回では、ベーシックインカムだけではこぼれ落ちてしまう人たちがいるとすれば、共同体・地域コミュニティが「最後のセーフティネット」として、どのような役割を果たし得るのか、また、その機能を、巡回可能で、自律化が進むモビリティに具備するとすれば、どのような未来のシーンが訪れるだろうか、といった観点から、ベーシックインカム後の未来を描いた小説を披露することとしたい。ぜひ、次回もお楽しみに。
以上
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