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教員が生徒の、親が子供の、企業が社員の評価を積極的に放棄する

2022年01月28日 時吉康範

 「見たり聴いたりしたことがないもの、食べたことがないものを判別するなんてできないよ」と、正月の“芸能人がランクの高い商品や作品を判別する番組”を筆者はいつものように思って眺めていた。筆者は超一流(と言われるもの)に触れたこともない。だから、自分にはその価値を判断しようがないと思っている。
 翻って、小学三年生の絵が高額で売れたことを紹介するニュースが流れた(※1)
 アーティスト名Zombie Zoo Keeper君が、夏休みの自由研究でiPadの無料アプリで“ドット絵”を描き販売したところ、世の大人たちが高値をつけたという内容だ。記事を読んでみると、この事象に関して二つの背景が目に留まった。
 背景1)彼の母親は東京藝術大学で非常勤講師をするアーティスト
 背景2)絵の販売は「NFTアート」を採用。オークションを通して仮想通貨で売買

 背景1)は、母親という目利きによる息子の優れた作品(や才能)の発掘である。目利きによる発掘は目新しい話ではないし、作者を人間に限る話でもないだろう。例えば、豚が描いた最新作が過去最高額の約300万円で落札(※2)、チンパンジーが描いた絵画コレクションが計2,600万円(予定)で落札(※3)という出来事もある。共通しているのは、その作品の良さや優れた才能を見いだし、拾い上げてくれる誰かの存在だろう。
 ただ、改めて豚の話を見返すとそうとも限らない。屠殺場に送られる予定の豚をボランタリーに救って飼っていたら、豚が楽しんで絵を描き始めて、それを放っておいたら結果として売れる絵を描くようになったとのことだ。飼い主が絵を評価したわけでも才能を見いだしたわけでもない。楽しそうにやっていることを阻害しなかっただけだ。つまり、これらの事例の共通点としては、目利きや発掘の必要性に議論を持っていくよりも、「楽しんでやっていることをそのままやらせること。結果として世の中から高く評価されるアウトプットにつながる可能性がある」を挙げた方が正しい捉え方の気がする。
 背景2)は、(1)子供にもなじみのあるデジタルツールを活用した作品、(2)ネットオークションの場と仮想通貨の利用、の二つを併せ持つNFT(non-fungible token)アートという仕組みが、世の中に作品を出す機会を増やしたことである。NFTアートは、デジタルデータのアート作品をインターネット上にあるNFT取引所に申請すると真作の証明書(改ざん不可とされている)としてトークンが発行され、その後売買される。最近のNFTの事例で筆者の印象に残ったのは、アート色を薄くしチャリティの要素を高めた「NFTリボン」(※4)である。ピンクリボンに代表されるアウェアネス・リボン(Awareness ribbon)はグッズ制作・販売に経費が掛かるが、デジタルデータのリボンならば経費はたいしてかからず、また、制作のテンプレートを用意して誰でも簡単に作ることができるようにしたというアイデアだ。YouTubeに見られるように、一般人が気軽にアップした動画が注目を得ることも多い。もはや、「何が世の中から高く評価されるか、世の中に出してみないと分からない」と考えた方がよいだろう。

 この考え方は、企業にも当てはまる。筆者が知る企業では、社員個人の人事評価をほぼ全て外部からの評価に委ねることにした。定量業績はそもそも外部評価だが、定性評価も顧客からのアンケート結果をそのまま反映した。スタートアップ段階でマネジメントの人数が少なかったからでもあるが、専門性の高い職種だったため、マネジメントが「自分たちでは個々の社員のパフォーマンスや能力の評価は出来ない」と割り切って評価を外部に委ねることに振り切ったのだ。この評価制度の導入により、その後、社内評価ではパッとしなかった社員が外部から高く評価されるスター社員へと台頭する事例が見られることになった。
 ただし、ヒトは評価制度に準じて行動するため、マネジメントの指示を聞かない社員が増えていき、のちにコンプライアンスの必要性から内部評価の比率が増えていった。

 基礎的な、正解のある科目やスキルでは、教師・親・企業の助言や指導は引き続き有用に違いない(ただし、これは先生AIでも出来るようになってきている)。一方、「何が世の中から高く評価されるか、世の中に出してみないと分からない」時代に、応用的な、正解のない創造的な科目やスキルにおいて、教師・親・企業は、それぞれ生徒・子供・社員に正しい助言や指導をし、彼らを正しく評価していけるだろうか。役割として課されている評価業務をむしろ積極的に放棄して、世の中に評価を委ねる選択をしてもよいのではないかと思うのである。

参考情報
(※1)小3男児の絵に「一時2600万円」…高値売買の動きを急拡大させた「NFT」 : 社会 : ニュース : 読売新聞オンライン (yomiuri.co.jp) 
(※2)豚の芸術家“ピッグカッソ” 最新作が過去最高額の約300万円で落札される | 製作過程も公開 | クーリエ・ジャポン (courrier.jp) 
(※3)CNN.co.jp : チンパンジーの絵画コレクション、落札 予想価格は計2600万円 
(※4)社会問題・難病支援を「NFTリボン」でサポート、ガイアックスがチャリティ・支援サービスRibboを2022年1月開始 | TechCrunch Japan 

以 上
※記事は執筆者の個人的見解であり、日本総研の公式見解を示すものではありません。



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