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「未来思考」教育の必要性と効果 ~東工大ToTALのケース~

2022年1月19日 松木繁季、粟田恵吾

「未来思考」教育の必要性
 新型コロナウイルスの世界的な拡大が多くの人の人生に想定外な影響をもたらしているように、世の中は想定外の変化であふれている。こうした不確実な未来に備えるために、未来社会を洞察しバックキャストで戦略を策定する企業や行政機関は増えており、それに伴い未来思考力(※1)のある人材の必要性も高まってきているように思う。


 このような背景から、企業や行政機関において未来思考力を育成する取り組みも始まっているものの、現在の学校教育においては学生が未来について学ぶ機会はほとんどない。そのためか、未来について考えること自体に消極的、受け身的な態度の学生を創り出していることが懸念される。また、これまでの学校教育では「問題を解決する力」の育成に重きを置いていたが、これからの想定外の変化であふれる時代では自ら問いを設定する「問いを立てる力」の育成が重要になってくるのではなかろうか。


 未来デザイン・ラボでは複数の大学や高校において未来洞察ワークショップを提供しているが、学生らの「①未来に対するマインドセット」、「②問いを立てる力」にどのような効果をもたらしているだろうか。今回は東工大ToTAL(※2)において未来洞察ワークショップを体験した教授や学生の声から、未来思考教育の効果を紹介したい。


未来洞察ワークショップ後の学生の声と教育の効果(東工大ToTAL「学びの未来」)
 東工大ToTALにおいて、10~15年後の「学びの未来(※3)」というテーマで未来洞察ワークショップを実施した。


   このワークショップを経験した学生の声を基に、「①未来に対するマインドセット」、「②問いを立てる力」がどのように変化したか、という観点で未来思考教育の効果を考えたい。


①未来に対するマインドセット
<学生の声>:
・「ワークショップ後でも、新たに得られた情報を基に、無意識のうちにテーマの未来像をブラッシュアップするようになった」
・「洞察したテーマに対して、責任を持って洞察し続けるようになった。情報感度が変わった」
・「未来についてみんなでさまざまな解釈をすること自体が、単純に面白かった」
<効果の考察>:
 ワークショップをきっかけに、「未来に対して、柔軟かつプロアクティブなマインド」を持つようになったことがわかる。また、テーマの理解度が向上したことにより、テーマに対する情報感度や興味が増し、自分の中で特別なテーマである「マイテーマ」として位置づけられるようになったのではなかろうか。


②問いを立てる力
<学生の声>
・「正しい答えを出すことを目的としていないため、自由な発想ができ、他者との考えに違いがでた。その違いについてグループで議論することで、未来像を描く際に、質の高いものができると感じた。この体験をきっかけに他者との価値観の違いや、一つ一つの言葉の意味合いについても意識するようになった」
・「自分の考えの偏りを自分で気付くために、もう一人の自分を仮想的に創り出し、客観的にみることができるようになった」
・「今まで触れた情報や体験などから価値観は形成されるが、スキャニングマテリアルをみるだけでも新しさを感じた。情報にも偏りがあると思うが、スキャニングマテリアルはバラエティに富んだものであったため、自分たちの今の価値観の偏りに気付けた」
・「未来を考えるということは、物事の本質を考えることだと気付いた」
<効果の考察>
 学生の声から、未来洞察プログラムは、自分の知らない情報や、自分とは異なる考え方に触れることで、知らず知らずのうちに形成されていた「自分の考えが当たり前ではないこと」に気付く体験となっていたことがうかがえる。また、学生の声として直接的な言及はないものの、この“自分の考えが(他者にとっては)当たり前ではないこと”への気付きは、未来洞察のプログラムの中で、自然と「どうしてそのような考え方の違いが生まれるのだろうか?」といった“原因(=Why)”に関する疑問や、「もしかしたら、こういう未来の可能性もあるのだろうか?」といった“未来の見立て(=What if)”に関する疑問、言い換えれば、「自分なりの問い」につながっていくと考える。
 未来洞察プログラムでは、「知らないことを知りに行く」ということを重要視しており、そのための材料として想定外な変化の兆し「スキャニングマテリアル」を提供している。このマテリアルは、価値観やライフスタイルなどの生活者の変化の兆しからさまざまな業界や最新の技術動向まで多彩なものであるため、みるだけでもアイデア発想を役立てるものにはなるが、これをもとに周りの人とさまざまな価値観を共有し対話することで、自分自身の指向・思考の偏りに気付くことができたようだ。
 このことから、未来洞察は、スキャニングマテリアルにより多様な考え方を取り入れることで、「自分の考えが(他者にとっては)当たり前ではないこと」に気付き、その気付きが、WhyやWhat ifの形で、自然と「自分なりの問い」を誘発するプログラムとして機能している、といえるのではないだろうか。



 未来思考教育の効果をまとめると、「未来(のテーマ)に対して、柔軟かつプロアクティブなマインド」を持てるようになり、多様な考え方を自分の中に取り入れることで、テーマ(物事)を俯瞰的にみることができ、結果として「問いを立てる力」を養うことにつながるといえそうだ。


「未来思考」教育の可能性
 未来洞察ワークショップでは、未来の兆しを基に未来の新たな可能性を洞察する思考方法やスキルを体験学習することになるが、他の教育との組み合わせによって、さらに高い効果が得られるのではなかろうか。特に、専門教育だけではなく「幅広い教養」を持っている人材を育てようとするリベラルアーツ教育は、「多様なものを取り入れること」に重きを置くという観点で親和性が高い。現に、リベラルアーツ教育にも力を入れている東工大の未来洞察ワークショップでは、多くの留学生や学外からの参加者もおり、多様なものをそのまま理解する力はもともとの水準が高いように感じられた。


 一方、「問題を解決する力」を高めるのに有効として導入されているデザイン思考教育についてはどうだろうか。スタンフォード大学のハッソ・プラットナー・デザイン研究所がデザイン思考を定義している5つのプロセス「共感」、「定義」、「概念化」、「試作」、「テスト」において考えると、「定義」および「概念化」のような抽象化と具体化を繰り返すプロセスは未来洞察でも重要である。一回抽象化することで、別のソリューションを出すことができるが、これを繰り返すことで新たな発想ができ、また論理性(説得力)が高いアイデアを出すことができる。このプロセスは難易度が高いのだが、東工大ToTALでは、デザイン思考を含めたさまざまなワークショップを経験している学生が多いため、比較的得意な学生が多かったように思う。従って、「問題を解決するためのデザイン思考」と「問いを立てるための未来洞察」とを組み合わせるのも有効であろう。


 こうしたプログラムの組み合わせや環境づくりに工夫を凝らしつつ、学校教育にも未来思考教育を取り入れることで、未来を自ら切り開くためのマインドやスキルを身に付けた人材が増えていくことを期待してやまない。


【参考情報】
(※1) 未来思考とは、物事を考える視点を10年以上先の未来に置き、不確実で多様な可能性を持つ未来を前提にして現在を客観視することによって、新たな気付きを得て、今起こしたいアクションを決める思考方法と定義する。
(※2) 東工大ToTAL(東京工業大学リーダーシップ教育院:Tokyo Tech Academy for Leadership)とは、修士課程に進学した際に選択するコースの専門課程と並行して履修することができる、最長5年間の教育プログラムである。学生の専門力・キャリア・教養をトータルに深め、変化の激しい時代に新たな価値を創出するリーダーシップを育成するため、全学院の学生が共に試行錯誤する相互研鑚の場(ラーニングコモンズ)を提供している。
(※3) 2021年1~2月実施。テーマ設定にあたっては、学生らが手触り感を持って考えることができ、世の中的にも変革が求められているテーマを毎年設定している。過去のテーマ例は、「駅の未来」「家事の未来」「観光の未来」など。


以 上
※記事は執筆者の個人的見解であり、日本総研の公式見解を示すものではありません。


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