コンサルティングサービス
経営コラム
経済・政策レポート
会社情報

経営コラム

オピニオン

自動車産業のデジタルトランスフォームが導く未来

2023年03月14日 程塚正史


 愛知県長久手市にあるトヨタ博物館。トヨタ自動車のみならず、自動車の歴史が様々な角度から展示されている。展示物の中で改めて驚くのは、100年前の自動車は、ほぼ馬車と同じような形をしていたということだ。1908年に量産が開始された初代T型フォードは、馬車の客室にエンジンとタイヤを付けたような恰好であった。

 今、自動車産業は100年に一度の大変革期を迎えている。自動運転システムの高度化、駆動装置の電動化が進む。しかし根本的な変化は、インターネットにつながったことだ。だからこそ自動運転システムの更新も電池の管理もできる。さらには、情報(インフォメーション)や娯楽(エンターテインメント)を提供するインフォテインメントの充実など、車室内でのデジタル機能の付加価値が高まりつつある。

 工業製品はネットにつながるとトランスフォームする。つまりその利用価値が変わり、製品構造が変わり、エコシステムが変わる。典型例としては体組成計や航空機エンジンがある。自動車は、体組成計と同様にB2C製品であり、航空機エンジンと同様に人命を預かる製品であるため、その両方の難しさがあり変化の速度は緩やかかもしれない。しかし変化が起きないと考えるほうが不自然で、長い期間をかけつつも必ず変わる。

 まず利用価値として、「駆け抜ける喜び」との表現に象徴される価値は大きく減退する。少なくとも幹線道路はレベル3以上で自動走行することで、むしろ移動中の時間の充実が求められるようになる。日本はともかく、米国はじめ大陸国家では自動車による都市間の移動に数時間かかるのがざらであり、自動走行する車内に利用者を押し込めておくのは軟禁に近い。利用者はスマホでもいじっていればよいと放り投げるのはメーカーとして無責任だと言われるに違いない。

 これからのクルマには、移動中の時間密度を高める機能が求められる。日本総研では2021年度に、高度な車載コンテンツの可能性を検証するコンソーシアム活動を行った。その結果、車窓ディスプレイに表示するAR/MR(拡張現実/複合現実)による実際の景色に紐づけたコンテンツが満足度向上につながること、利用者は、高度なコンテンツに対して追加的な料金を支払う可能性があることを見出している。10年後のクルマは、車室内のデジタル化が急速に進んだものになる。ちなみにこのデジタル化は、車載機器の制御ユニット(ECU)の統合により駆動系の電動化との相性も良い。

 このような動きの、現時点での最先端は実は中国にある。日本総研では2022年度、中国の新興EVブランド等の車室内機能を分析する研究会を行った。蔚小鵬とも呼ばれる新興御三家、さらにはHuaweiやAlibabaなどIT大手は、すでにTesla含め日米欧韓ブランドの車種には見られない機能を量産車に搭載している。車載コンテンツを第三者に制作させ、有償化する動きを見せつつある。いわば実験市場である中国での変化には、今後グローバルに広がる兆しが見て取れる。

 クルマの価値評価の基準が車室内での時間の充実度に移っていくことで、車載コンテンツの重要度が高まる。そしてそこでは、自動車メーカー自身ではなく、商業施設や観光地などが制作を主導し、映像やゲームなどの制作会社が実際に構築を担うというエコシステムが想定される。クルマの価値を決めるのは、自動車メーカーよりも車載コンテンツ制作に関係する主体になるという構造変化が、2020年代の自動車産業に起きるだろう。

 21世紀半ばごろの人々から見て、2010年代までの自動車はどのように映るのだろうか。私たちが、百年以上前の自動車を馬車に近いと見るように、奇異な印象で見るのだろうか。この先、自動車は必ずトランスフォームするだろう。今はまだ過渡期なので、ガソリン車のままの形の車両に電池や自動運転システムを載せている状況だが、今後、車載コンテンツ機能の高度化がダメ押しとなり、自動車の利用価値、製品構造、エコシステムが変容する。

 日本総研は、車載コンテンツの基盤システムの構築こそが必須だと考えている。基盤システムとは、車載OSに対しては車窓ARをはじめとするコンテンツを制御するミドルウェアとして機能し、コンテンツ制作者に対しては開発環境として機能するものだ。このようなシステムが、2020年代後半以降の自動車産業の、データやカネの流れのハブを担うようになる。私たちは、このような事業の推進を通じて、日本経済の屋台骨たる自動車産業の中興に貢献したいと考えている。


※記事は執筆者の個人的見解であり、日本総研の公式見解を示すものではありません。
経営コラム
経営コラム一覧
オピニオン
日本総研ニュースレター
先端技術リサーチ
カテゴリー別

業務別

産業別


YouTube

レポートに関する
お問い合わせ