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コラム「研究員のココロ」

温暖化と少子化:その政策はタマゴに届くのか?

2007年05月14日 村上芽


本コラム「研究員のココロ」は、研究員の専門分野に関して執筆するものである。その観点からは、筆者は環境・エネルギー政策、PPPおよびこれらの分野でのファイナンスを専門としてきているためやや趣旨を外れるものの、それでも、今回は初めての育児休業復帰明けの1研究員として、書かせていただきたく筆を取った。

1.「タマゴ」

 本稿の出発点は、「その政策は、タマゴに届くのか」。これは、実は、「仕事と家庭の両立」「適齢期」「二人目をどうする」など、子育て世代が持っているさまざまな悩ましさを飛び越して、おなかのなかのタマゴが「生まれたい」と思えれば出てくるのではないか?という乱暴かつ素朴な直感である。これを政策立案的にいえば、年金がもらえなくなったら困る現役世代のためではなく、子どもを産み育てることを過度の負担と感じる子育て世代のためでもなく、タマゴ=将来世代そのものに対する視線を「すべての政策で」持てているなら、タマゴにきっと届くはず、ということである。言い換えれば、適当にお茶を濁すような政策の乱発や、一見きれいな言葉が並んでいるけれども全然心のこもっていない政策は、一定程度の理屈で動く「おとな」には通用するかもしれないが、「タマゴ」は必ずそれを見抜いて、生まれてこない(きたがらない)と思われる(不妊で悩まれていらっしゃる方のタマゴは、他よりも敏感なのかもしれない)。「そんな世の中、やめとこう」とタマゴが思えば、潜在的な母にも父にも働きかけることはないだろう。タマゴが人として「生まれたい」と思えるような世の中を作る政策なのか、そしてその政策はタマゴに届いているのか?という問いかけ、果たしてこれが、少子化対策だけではないすべての政策で為されているのだろうか。また、政策立案者だけではなく、子どもや子どもをもつ大人を狙ったマーケットを開拓しようとしている場面で、考えられているのだろうか。

2.経済的支援とタマゴ

 まず、少子化対策で常に論じられる、子育て世帯への経済的支援策について、「タマゴへのメッセージ」という観点から取り上げる。これまでは原則月5000円の児童手当が支給されていたが、これが1万円に増額された(注1)。ここでは、「月1万円」について、親とタマゴの立場から考えてみる。
 月1万円、これは決して小さい金額ではないはずだ。保育所の保育料は家賃に次ぐ巨額の出費だし、子どもが生まれる前には週に3回しかまわっていなかった洗濯機が毎日最低1回まわるだけでも電気代・上下水道代が増え、おむつや着替えやこまごました育児必需品への出費が増える、すなわち負担が増えることを考えると、親にとってありがたい収入になるに違いない。しかし、社会全体で支援しようとする貴重な1万円が、なんとなく日々の生活費に回ってしまうだけというのは、いかにも現役世代の目先の負担を減らすだけに留まって、さびしいことではないだろうか。筆者が期待するのは、『結果として日々の生活費に当てられることが多かったとしても』、選択肢として、社会から次のようなメッセージがこめられることである。そのメッセージを親が心に留められれば、タマゴに伝わるように思われる。
  • 値段は少し高いかもしれませんが、国産で質のよい食品、例えば米、昆布、かつおぶし、野菜を使って、離乳食や子どもの食事を作ってみてください。農業や漁業を買い手の立場から支えることにもなります。


  • よいものを長く使える人に育ってほしい。そうした思いを込めて、家具、食器、おもちゃを選んでみませんか。感受性を高め、同時にごみを増やさない生活を身につけるチャンスです。


  • 赤ちゃんがいると増える車での外出。二酸化炭素排出量が増えてしまいます。もし、この1万円を今すぐ使う必要がなければ、温暖化防止策のために預け、必要な事業のために貸してくれませんか。3年後、5年後にまとめてお返しします。
1点目は、最近よく取り上げられている「食育」につながることでもあるが、「食育とは何か」を説明するよりも、具体的に「この1万円、こうして使ってください」というメッセージがあった方が伝わりやすい。
 2点目は、いざやや大きめの買い物をする段になって、親が「大事に使おう」という気持ちを持つことを喚起できる。1点目と同じように、国産の木材を使った家具や食器、環境性に富んだ材料を使用したおもちゃなど、買い手として市場を育成することも可能になる。
 3点目は、ペーパードライバーを返上して保育所の送迎に自動車を使わざるを得ない筆者にとっては非常に魅力的なプログラムになりうる。「今この瞬間は、この子のためにも車に乗っているけれど、この子が生きる将来の環境に悪影響を及ぼしていることが分かっている」。これが仮に将来世代への加害に相当するとなると、親としてはかなりつらい事実であるから。
ちなみに政府では、先進的な子育て支援国であるフランス並みの支援を行うと、現在の日本の関係費用の3倍に近い10.6兆円規模になるとの試算も行っている。この10兆円規模という莫大な金額ばかりが注目されがちな印象があるが、誰の負担なのか、どのような負担なのかというきっちりとした議論がもっと行われる必要があるだろう。タマゴや子どもは、「お金ばっかりかかって大変」なものではないはずだ。

3.温暖化とタマゴ

 次に、「タマゴが人として「生まれたい」と思えるような世の中を作る政策」が何か、ということを考えたとき、地球温暖化のことを無視することはできない。
地球温暖化は、例えば暖冬という異常気象や各種災害の発生、英国の「スターン・レビュー」(注2)により気候変動がもたらす経済的リスクが将来の年間GDPの5%~20%に相当すると報告されたことなどにより、これまで以上にその危険性が周知され、対応策のエンジンがかかってきたところである。しかし、エンジンは全開ではないと遅すぎる。異常気象が起こる前から、また、GDP換算が行われる前から、20年後に平均気温が2度上昇するという説が力を増していた。2度上昇すると、生き物の生きる環境はずいぶんと変わる。3割の種が絶滅の危機にさらされ、生き残る農作物の産地も、動物の生息地も、様変わりである。日本の「四季折々」の文化も、博物館のなかでしか見られないものになってしまうかもしれない。また、地球温暖化は、それによって水や食物などの資源を国家間で争奪する原因になりうるが、それが国家間・民族間の紛争を引き起こせば、ただ単に「住みにくい」世の中になるだけではなく、平和に生きられない、「生きにくい」世界になることになる。
 つまり、地球温暖化はタマゴにとって相当大きな問題であるにもかかわらず、現役の大人たちは「この冬、この夏起こる異常気象」でやっと、将来のことは金額換算されてはじめて、動こうとしているようにさえ見える。環境税や排出権取引などをめぐる議論において、大人が「自分たちが出来ることしか、出来ない」というのであれば、タマゴは生まれてくる気をなくす。

4.温暖化政策は少子化対応策

 政策は、現在および将来予想される社会的課題に対応すべきものである。つまり、タマゴが生まれてきたくなる政策を作るのは「少子化担当課」だけではなく、すべての分野にかかわってくる。地球温暖化について、先述のような内容を親が知れば知るほど、将来について多少なりとも不安を抱いたり、悲観的に考えたりしてしまうわけだ。つまり、タマゴの立場を想像すると、地球温暖化対策を進めることは相当重要な少子化対策だと考える。少し住みにくくなる、「それでも生まれてきてほしい」という親の思い(将来への希望)が、タマゴに伝わって「よし、生まれてこようかな」と思えるような長期的な思考が必要だ。長期的な思考に基づく政策を立案しつつ、具体的な実行の場面(経済的支援等)で1人1人に対しそうしたメッセージを込める。このような姿勢を政策立案者や市場形成者に期待するととともに、それらに少しばかり携わる1研究員として、自分への約束事ともしたい。


(注1)
2007年4月1日より、3歳未満児の児童手当が一律月1万円に増額された(所得制限あり)。


(注2)
2006年10月30日発表の「スターン・レビュー 気候変動の経済学」。世界銀行元チーフエコノミストのニコラス・スターン博士が英国財務大臣の委託により報告したもの。
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