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【次世代農業】
次世代農業の“芽” 第6回 福島県の農業再開に伴う次世代農業流通の芽

2017年12月12日 古賀啓一


 原子力発電所事故を起こした東日本大震災から6年が経ち、福島県では徐々に避難指示が解除されています。農業に目を向けると、南相馬市、広野町、川内村および田村市の約2,700haで米の作付けが本格的に再開しているとされ(平成29年9月末時点)、生産現場ではさまざまな挑戦が進められています。本稿では、福島県下で営農再開に伴い生まれた流通・販売の新たな流れに焦点を当て、生産者と消費者の農産物を介したつながり方を考察します。

 福島県では営農再開に至るまで、例えば米であれば、除染後農地での試験栽培を経て安全が確認された上で作付け再開に向けた実証栽培を行い、本格生産へと移行していきます。本格生産後も全量全袋検査を通じて生産物の安全性を担保しており、2016年も基準値超過はありませんでした。米以外の果樹や野菜についても非破壊検査技術の導入によって確認がなされており、福島県で生産された農産物は、現在国内で最も科学的に高い安全性を確保しているといえるのではないでしょうか。

 通常であれば、こうした科学的な根拠に基づく安全性の高さは農産物の付加価値につながります。適正な使用であれば食品としての安全性が担保される農薬や化学肥料であっても、使用量を低減した特別栽培、無農薬・無化学肥料、有機といった栽培方法を謳うことでより高い安全性を訴求し付加価値を高めることができています。福島県産の農産物の場合、原発事故に伴う風評被害から消費者に安心が広がっておらず、付加価値として十分認識が広がっていません。こうした状況の打開に向け、流通面での挑戦が始まっています。

 2017年4月、アイリスオーヤマが避難指示解除直後の南相馬市小高区で、米の作付けなどの営農再開支援に取り組むことが報じられました。同社が出資する舞台ファームは「赤ちゃんが食べても安心・安全な食品を農場から食卓へ」というビジョンを掲げており、自社精米工場での安全検査のほか、アイリスグループによるパック詰めのごはんなどを通じて事業を展開するとしています。福島県内では他にも同社の事業方針に賛同し合流していこうとする動きが見られ、企業グループが持つブランドを通じて、消費者の安心を喚起しています。

 大手に頼らず、自ら付加価値を訴求して販売につなげる個別の取り組みも見られます。既存流通に頼らず、特別栽培米や合鴨農法といった付加価値をネットや口コミを通じて個別に販売しているのです。それぞれは小規模な流通ですが、震災前からの縁が継続されていたり、ふるさと納税の返礼品を通じてつながったり、と消費者の意思ある消費行動が伴っている点が特徴です。生産者の側でもこうした意思を引き出すため、定期的な情報発信や農業体験等のイベント等を通じて生産現場との関係を強固にするような取り組みを進めています。

 そして、大手企業と個人生産者による流通の中間、中規模流通を作る動きも始まっています。「ふくしまベンチャーアワード2015」で最優秀賞を受賞したコンセプト・ヴィレッジは、福島と東京の架け橋となることをめざし、生産者の想いを伝える仕組みづくりと実際の流通に取り組んでいます。多様な品目・生産者との間で実績を重ねており、意思ある消費者に効果的にアプローチするための生産者のパートナーとして、取り組みが拡大していくことが期待されます。

 ここまで紹介した大・中・小の流通の挑戦は生産者と消費者にとってどのような意味を持つのでしょうか。

 生産者にとっては、経営判断によって事業を拡大できる機会が増えているといえます。全国的にも高齢化が進む中で農業の担い手の集約が進みつつありますが、福島県では営農再開を希望しない生産者もいることから、急速に集約が進められています。そして、少人数の担い手が持続的に営農を行うために、法人化し雇用を通じた企業的な体制を構築する必要があり、法人経営の視点から販路の選択ができる状況は望ましいといえます。不幸な事故で既存の売り方では売上を得難くなった一方、販路として期待される先が明確化されたことで、販路に合わせた生産面での工夫を行い付加価値の向上を図る、次世代の農業経営者が育つ土壌が整いつつあるともいえるのではないでしょうか。

 消費者にとっては、自らが口にする農産物について知見を深め、望ましい社会に向けた意思ある消費の機会が増えているといえます。これまでも、例えば兵庫県豊岡市で取り組まれている「コウノトリ育むお米」のようなコンセプトを持った農産品は存在していました。「コウノトリ育むお米」の例では、野生復帰したコウノトリが住みやすい環境作りを推進するために農薬や化学肥料を使用しないという生産者の取り組みに、消費行動を通じて賛同することができます。福島県の農産物についても、多様な販路を通じて想いに触れることから「食べて応援する」ことが可能となりつつあります。

 上述のコウノトリの事例では、2017年4月、豊岡市から徳島県鳴門市に飛来したつがいが新たに営巣、ひなが誕生したとの報道がありました。鳴門市では、豊岡市と同様のエコな農業をアピールしていくとしています。意思のある消費が生産現場を支援し、その想いが他の地域にも波及していく好例といえるでしょう。福島県下の農産物も同様に、意思のある消費が支え発展していくことができるのではないでしょうか。営農再開に取り組む生産現場の想いを流通が伝え、消費者もまた想いを伝えることで相互に価値を獲得していく、双方向の農業流通の発展の芽が育つことを期待します。

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※記事は執筆者の個人的見解であり、日本総研の公式見解を示すものではありません。
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