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「CSV」で企業を視る】(10)住宅ローン返済見直しとCSV

2013年08月01日 ESGリサーチセンター、村上芽


 本シリーズ10回目となる今回は、共有価値創造の手法の1つである「顧客ニーズ、製品、市場を見直す」例として、住宅ローンの返済見直しを取り上げる。住宅ローンの返済に困った人がその先延ばしを金融機関に申し入れることは、2009年12月施行の中小企業金融円滑化法によって広く可能になった。しかし、これに先立って、一部の地域金融機関では独自に取組みを展開してきた。地方銀行では、例えば京葉銀行(千葉県千葉市に本店を置く第二地方銀行。2013年3月末の単体貸出残高2兆6,540億円)を挙げることができる。

(1)住宅ローン返済に関する社会的背景
 中小企業金融円滑化法の対象に住宅ローンが含まれた背景には、住宅ローンの返済が困難になる人が増えたことがある。その原因として、可処分所得が減り続けている反面、住宅ローン返済世帯の割合は徐々に上がってきたという、ここ10年以上の傾向がまず挙げられる。2008年調査[1]によれば、ローン返済世帯のうち「生活必需品を切りつめるほど苦しい」世帯は調査対象の11.7%と微増傾向にあった。さらに、リーマン・ショック後の企業の業績不振などにより給与や賞与がカットされ、急に返済に窮する人が増え、2009年には競売にかけられる物件数が58,851件とピークに達した。中小企業金融円滑化法が制定・延長(2013年3月末まで)されたことで、返済猶予ができるようになり、競売にかけられる物件数は減少に転じた[2]が、住宅ローンの返済相談申込件数は2012年10月~2013年3月の半年間でも32,000件弱に上っている(累計31万8,480件)[3]。
 今後の見通しとしては、所得面では企業業績が回復してもそのまま雇用者の所得の伸びに結び付きにくい傾向が続くとすれば、急速に可処分所得が回復することは期待しにくい。金利面では、長く低金利が続いているため、変動金利型を選んでいても利払いの負担がこれ以上小さくなるとは考えにくい。つまり、家計のやりくりが「入り」でも「払い」でも急に好転する要素は見当たらない。さらに、住宅をなるべく高い価格で売却する可能性についても、土地価格の上昇も地域によっては見られるものの、それで住宅の老朽化を補えた時代と比べて効果は期待薄と考えざるを得ない。総合的にみて、住宅ローン返済世帯にとって返済が困難になることはあっても楽になることはなかなかないと予想される。

(2)京葉銀行の事例
 京葉銀行[4]では、住宅ローン延滞者の属性分析に2002年から着手し、2004年には個人向け融資の返済延滞者を支援する「返済相談グループ」を設置した。2009年時点では、住宅ローンの返済相談を目的とする「個人ローンサポートグループ」を新設している。具体的には、初期延滞または延滞する前の顧客への声掛けや、地域を絞った「支店合同相談会」「全店相談会」を休日含んで実施。その結果、2009年2~11月の10ヶ月で、返済相談受付1,090件、うち条件変更582件に至った。これにより、銀行への効果として、延滞の未然防止や顧客との信頼関係向上に寄与したという。一連の取組みは、金融庁「地域密着型金融に関する取組み事例集」(平成22年)に取り上げられており、地銀・第二地銀の中でも先行的だったことが認められたといえよう。現在では、休日や営業時間外の相談窓口を、新規のローン相談とは別に、4つのローンプラザ並びに専用フリーダイヤルに設けている。休日相談の継続は顧客にとっての利便性向上につながるが、銀行にとってはコスト要因になるため、京葉銀行でも上述の「事例集」のなかでは「今後の課題」に挙げている。
 住宅ローンは、地域金融機関にとって中小企業向け貸出と並ぶ中核商品である。京葉銀行の場合、2013年3月末の貸出残高に占める個人向け住宅ローンの割合は38.7%であり、地銀・第二地銀業界全体でも、約28%程度となっている[5]。住宅ローンの返済困難が社会的課題とされるなか、同社の中核商品でもある住宅ローンのメンテナンスを顧客ニーズに向き合って実施することは、短期的には延滞リスクの減少、中長期的には新たな顧客サービスの開発につながり得る。それにいち早く取り組んだ京葉銀行の例は、ポーターのいう「自社の競争力を高めつつ、同時にビジネスを行う地域社会における社会的・経済的状況を改善することを実現する企業の戦略・取組み」の1つと言えるのではないだろうか。

[1] 国土交通省「住生活総合調査結果」(平成20年)
[2]本節のここまでのデータは、国税庁「民間給与実態統計調査」、総務省統計局「家計調査」、不動産競売流通協会調べなどに基づき、株式会社日本総合研究所「我が国におけるマイクロファイナンス制度構築の可能性及び実践の在り方に関する調査・研究事業」(平成24年度セーフティネット支援対策等事業費補助金 社会福祉推進事業)報告書による。
[3] 金融庁「金融機関(651社)における円滑化法の施行状況(速報値)」(平成25年6月7日)
[4] 京葉銀行の2009年までの取組みについては、金融庁「地域密着型金融に関する取組み事例集」(平成22年)に基づく。
[5]地銀については地銀協の2013年3月末データ、第二地銀については第二地銀協の2012年3月末データに基づき日本総研試算。

*この原稿は2013年7月に金融情報ベンダーのQUICKに配信したものです。
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