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【人的資本経営】
【第10回】人的資本経営概論
本連載を振り返る~人的資本経営の本質的実践と人事部門変革の要点の総括

2024年02月05日 半田翔也、宮下太陽


人的資本経営の本質的実践
 本連載も今回で最終回となります。人的資本経営を「自らの言葉で語れるように肚に落としていただく」ことをコンセプトとし、理論を踏まえ、実践に際した考え方やツール、実施のポイントについて解説しました。
 改めて本連載の要点をまとめると以下の通りです。VUCA時代においては、市場は非連続的に変化していきます。市場に対応する経営戦略・人材戦略も現状の延長線上にはなく、非連続なものとなっていかなければなりません(経営戦略と人材戦略の連動)。つまり、必要とされる人材像は極めてドラスティックに変わります。そのため、現状とあるべき姿の間の要員数ギャップを把握し(As is - to beの定量把握)、内部人材の大幅な配置転換やM&A、テンポラリーな要員活用として外部人材を登用するなど、あらゆる人材確保策を駆使する必要があるということを述べました(動的な人材ポートフォリオ)。
 動的なポートフォリオを実現・定着するためにもさまざまな課題があります。例えば、非連続な外部環境の変化に柔軟に対応していくためには、画一的な人材から構成される人材ポートフォリオよりも、多様な人材から構成される人材ポートフォリオが適しています。従って、多様な人材の価値をスポイルすることなく、企業価値向上に結びつけるためには、多様な人材を会社にとどめるだけの「求心力」がより一層必要となるのです(企業文化への定着)。そもそも多様な人材が活躍できるよう、ダイバーシティに配慮した環境整備も必須です(知・経験のD&I、時間や場所にとらわれない働き方)。また、動的な人材ポートフォリオの形成過程でスキルシフトが迫られる人材は、自身のキャリアに対して自律的であることが「企業にとっても、本人にとっても」望ましいと考えています。
 また、人材のスキルシフトを進めるに当たって、エンゲージメントにとどまることなく、プロアクティブ人材という概念に着目することの重要性についても触れました(従業員エンゲージメント)。スキルシフトに対して前向きになった人材を、継続的かつ効果的なリスキル・スキルシフトに向かわせることも当然重要です。本連載では働き手が今、リスキル・スキルシフトをどう考えているかという実態を踏まえつつ、1on1ミーティングの実践が一つの出口であるという見解を述べました。また、企業側も働き手が希望するキャリアや保有するスキルを考慮しながら配置転換やスキルシフトを考慮すべきであるという点から、タレントマネジメントシステムを有効活用する重要性についても解説しました。
 人的資本経営にフォーカスが当てられ始めた近年は、まず「経営戦略と人材戦略の連動」の実践が最初の壁として立ちはだかっている印象はありますが、今後時間をかけ人的資本経営全体の理解が進めば、人材のキャリア自律性の醸成とそれに沿ったリスキリング・スキルシフトをどのように進めるべきかという「教育」に関する問題が極めて重要な論点になるということをおわかりいただけたのではないかと思います。人的資本経営の成否を握るのは、実は人材開発部門であると言っても差し支えないのです。

人的資本を推進する人事部門の役割
 本連載の最後に人的資本経営において、人事部門がどう変わるべきかについてお話していきたいと思います。
 人的資本経営を推進するためにはリスキリングやスキルシフトをどう進めるかが非常に重要な課題であることに触れてきました。この課題対応のため、人事部門に求められる組織能力を定義するならば、①経営戦略に必要、かつ従業員のキャリアにとっても利のあるリスキリング・スキルシフトの方向性を見いだす組織能力、②従業員に提案し、コミュニケーションしつつ、リスキリング・スキルシフトに向かわせる組織能力、③リスキリング・スキルシフトを迅速かつ効果的に行う組織能力、という3つの組織能力になります。本連載では、この組織能力に沿って、必要な組織・人材像や業務やシステム・データベースのあり方について折に触れて説明してきました。主に実践の方法論を中心に触れてきたということです。とはいえ、器を作って魂入れず、では組織能力にはなりません。そのため魂の部分をどう入れるかについて、最後に「人事部門が人的資本経営にどう臨むべきか」という姿勢を提言し、本連載を終わりたいと思います。
 まず一点目ですが、「人的資本の変革に向けてマネジメントないし先導役と一体的に取り組む」事です。人的資本の変革にあたってのマネジメントやリーダーの重要性については各回で触れてきた通りですが「制度は作った、運用は現場で」というよくあるケースに陥ってはならないということです。マネジメントやリーダーとコミュニケーションを取り、問題を正確に把握し、個別に対応しつつ、マネジメントやリーダー自体を側面的にモチベート・育成することも人事部門の役割となることを理解するべきです。
 そして2点目として科学的な姿勢で臨むことを挙げたいと思います。人的資本にはさまざまな定義がありますが国際統合報告評議会(IIRC)の国際統合報告フレームワーク(2013)の定義によれば「人々の能力、経験およびイノベーションへの意欲」とされています。つまり、総体的な人間ではなく、人間をスキルや能力・意欲等で要素分解したものと理解することが正確であると考えられます。これまでの「人」に対する姿勢では、全人格を評価・点数化し優劣を決める指標は存在しないし、そのような態度で臨むべきではない、という考え方が一般的だったように思いますし、その考え方には妥当な側面もあると考えます。ただし、人的資本という捉え方をした場合、人が持つ要素を評価し、どうすれば成長するのかについて組織と本人が協働するためにも共通の指標や尺度が必要になってきます。能力やコンピテンシーなどの能力面はまずもって取り組みやすいと言えますし、さらに境界を超えて性格や気質のレベルまで踏み込んでいこうという動きも見られます。このように人材を科学的に捉えようとするさまざまな動きについて初めから拒否反応を示すのではなく、どうすればうまく利用できるか、という観点で見ていく姿勢も重要であると言えるでしょう。
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 最終回は、本連載を振り返るとともに、あらためて、人事部門に求められる変革を「姿勢」という切り口から概括しました。最後にはなりますが、本連載が読者各位の企業活動の一助となりますことを祈念致しまして結語とさせていただきたいと思います。

※記事は執筆者の個人的見解であり、日本総研の公式見解を示すものではありません。
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