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気候変動対応の「グリーンウォッシュ」リスク
~落とし穴は生物多様性の地域性~

2023年05月01日 古賀啓一


「温暖化緩和策」でも生物多様性にネガティブな影響
 令和5年3月29日、岩手県は、風力発電事業に関する環境影響評価について独自のガイドラインを発表した。再生可能エネルギーが温暖化緩和策として推進される中で、風力発電事業への規制強化を行うのは異例に見える。
 実はこの措置は、生物多様性の保全が目的である。岩手県の場合、山の峰を飛翔するイヌワシをはじめとした希少猛禽類が風力発電施設に衝突するバードストライクや植生への配慮が不十分な事例が発生したことが問題となっていた。他地域でも同様の動きが始まっており、例えば、メガソーラー建設が進む阿蘇地域では、広大で独特な草地生態系の面的な破壊が確認され、環境省が国立公園の拡張や特別地域の指定を通じて開発を制限しようとしているという。
 企業・自治体・消費者を問わず、環境対応は高い水準が求められるようになった。このことを認識しないまま誤った取り組みを続けると、先の事例のような温暖化緩和策でさえグリーンウォッシュとして糾弾され、経済的な損失さえ発生しかねない。ビジネスは、生物多様性保全との両立を念頭に置きながら行う時代となったのである。

地域性(ローカリティー)を考えるとは
 2022年12月に開催したCOP15を踏まえ、環境省と農林水産省では、生物多様性の国家戦略を相次いで改訂した。環境省では陸域・海域の30%保全を目指す30by30を、農水省では生物多様性保全を重視した農業生産の推進を打ち出すなど、生産・消費活動の変化を求める内容となっている。また、自然関連財務情報開示タスクフォース(TNFD)は、企業による自然に関するリスク管理と開示の枠組みの構築を進めており、2023年9月に発表する予定としている。
 生物多様性の問題への対応で難しいのが、いったい何をしたらよいかが分かりにくいことである。水質汚染なら廃水対策、大気汚染対策なら排気ガス対策が必要となることが明確であるため、国は目標や規制などの見当を付けやすく、企業はそれらに沿って自ら考え対応することができた。しかし、生物多様性の場合は、これまでの環境問題とは異なり、地域ごとに対応を変えなければならないからである。
 例えば、岩手県や阿蘇地域のケースでは、再生可能エネルギーの事業自体が否定されたのではなく、事業の場所が生物多様性の保全上問題とされたのである。つまり、同じ事業でも実施する場所や状況によって生物多様性に関する評価が変わり得ることになる。そのため、生物多様性分野でまとめられた国際的な目標や国家戦略を参照するだけでは、企業が自ら判断して対応していくことは極めて難しい。
 結局、生物多様性保全に資する取り組みは、事業活動や調達等で関係する地域の生物多様性に対する深い理解が必須であり、地域のステークホルダーとのコミュニケーションを十分に行って初めて実現することができるといえる。それには、環境アセスメントを行う調査会社、地域で生態学的な研究を行っている研究者や市民科学者など、地域を見つめる専門家の目と声を活用することが欠かせない。

ビジネスを通じた生物多様性の保全
 ここで誤解してはいけないのは、生物多様性保全のみがゴールではなく、ビジネスとの両立を目指す必要があるということである。例えば、筆者が生物多様性ファンドに関する企業評価業務を行った際に重視したのは、「生物多様性保全に資する事業機会」を有しているかという点であった。また、農薬取締法改正に伴う野生ハナバチ類の評価制度構築に携わったときにも、有識者の間で通底していたのは農業と生物多様性保全の両立であった。
 さらに現在では、地域における個別の環境を保全する必要性が認知され始めるようになり、CO2やフロンガスのような世界で一様の基準では測れないものへの対応が求められることになった。突き詰めていくと、1960年代に提唱された「Think globally, Act locally」に戻った感もある。
 世界的な生物多様性保全への要求は金融セクターにも大きな影響を与えており、投融資などの金融スキーム構築が進められている。また、金融機関グループ8社が今年設立した「Finance Alliance for Nature Positive Solutions, FANPS」では、アカデミアの協力も受けながら地域性に配慮した取り組みのニーズとシーズのマッチングを実現させようとしており、情勢は加速化している。


※記事は執筆者の個人的見解であり、日本総研の公式見解を示すものではありません。


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