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創造的コンサルティング能力を育むアートシンキング
~南條史生のアートシード企業研修を受けて~

2023年04月13日 前田直之


1.アートシンキングとデザインシンキング
 昨今、デザイン思考(デザインシンキング)、アート思考(アートシンキング)という言葉がビジネスシーンに登場する。不確実性が高まる社会環境下において、企業の経営者が芸術鑑賞を積極的に行うことや、芸術系の教育を受けた人材の登用等が盛んに行われているのは、これらの思考法による気づき、発想、感性等が、ビジネス社会において重視されているからである。
 筆者らの整理では、デザインシンキングは、デザイナーが顧客や外部環境からの要請(=顕在化している課題)に対して、解決策、ソリューション等を考え、形にしていくプロセスのことである。対するアートシンキングは、アーティスト(表現者)が、自分自身や他者、取り巻く環境や社会を批評的にとらえ、感じていること、訴えたいことを思考・表現していくプロセスのことである。



 日本総研は、外形的なデザインを行うことはほとんどないが、クライアントの経営課題や社会課題に対して、事業戦略の立案や事業化支援等のソリューションをデザインし提案するという職業であり、アプローチ方法は異なるが、ある種のデザインシンキングに基づくコンサルティングを行っていると捉えることもできる。
 一方で、アートシンキングはどうか。あくまでも内発的な気づきや批評に基づくアートに関しては、客観性等は求められておらず、むしろその表現者自身を表現する行為であるため、コンサルティングのプロセスの中から排除される傾向にある。
 しかしながら、筆者はコンサルティング業務の経験から、これからのコンサルタントに求められる能力は、デザインシンキングは基本としながらも、アートシンキングによる自身の気づきを発露することなのではないかと考えている。アートシンキングは、あくまでも主観的、内発的な気づきや批評を行うことであり、それは客観的なデータや外発的な要請等に基づくものではない。それによってコンサルタント自身をさらけ出し、その感性を表出させることになるが、実は多くのクライアントが求めているのは、コンサルタント自身の言葉であり、そのコンサルタントとの信頼関係であることが多い。コンサルタントの性格や価値観、背景、取り巻く人間関係や環境等がもたらす言葉・表現は、クライアントが置かれている状況をどれくらい真剣に自分事として捉えているのかがわかり、それによってコンサルタントという人間に対する深い共感や理解を生み出すことになる。
 また、クライアントに対して、違う価値観や視座を持つコンサルタントの発想を提供することも、アートシンキングによるものである。客観的なデータに基づくソリューションは、信頼性が高いものとなることは自明であるが、一方で、再現性があることによって、誰が導き出しても同じ結論になってしまう。しかし、その人間の内発的な批評性に基づくソリューションは、主観的であり、独自のものとなりやすい。もちろん、それを経営判断として採択し、投資を行う等のアクションを起こすためには、さまざまなデータから裏付けられることが必要であるが、着想自体がその人間に依拠しているため、個人によって異なったものとなる。そのアイディアは唯一無二なのである。

2.アートシード企業研修体験
 このような問題意識を持つ筆者らは、まず自らアートの現場の実情を理解し、そしてそのアートシンキングの端緒に触れることとした。前森美術館館長(現同館特別顧問)の南條史生氏が主宰するアートファーム「エヌ・アンド・エー株式会社」と議論し、我々コンサルタント会社に向けて、アートシンキングを議論する研修プログラムの提供を依頼した。
 研修プログラムでは、南條史生氏をはじめとし講師からの講義を前半に行い、後半は参加者全員でディスカッションを行うという構成で、2022年4~6月にかけて全5回の連続講座を行った。ディスカッションについては、各回で南條氏からテーマを設定してもらい、講義を受けて感じたことや考えたことをフリーディスカッションする、という形式で行った。



3.アートシンキングとは何を意味しているのか
 南條氏が本プログラム冒頭で示した文章は以下の通り。

 近年、ビジネスの世界でも、デザインシンキングからアートシンキングヘ関心が移り、アートの持つクリエイティブな思考がビジネスにも必要なのではないかという議論が高まっている。
 そこでアートシンキングとは何を意味しているのか、またそれが本当にビジネスの発展に役立つのか、さらには役立つとすればどのようなメカニズムとシステムによって、そのような貢献が可能になるのかについて共に考える機会を創り出すものとする。
 そのためにまずアート業界の構造、ステークホルダーの役割や機能、相互のルールやモラルについて基本的な知識を提供し、なぜそのような構造になっているかを議論し、そこからアート特有の思考、創造性とは何かまで議論を発展させ、そのプロセスを通して、アートシンキングのスピリットを理解することを主眼とする。また提供されたアート業界の講造、機能等は、「新しい公共」「コンテンツ産業の育成」「アート関連事業の制度化」等の視点から、美術館(文化施設)設立、指定管理運営のビジネス構築、等のコンサルティングの際にも、役に立つものになると思われる。

 このプログラムを通じて、アート業界や市場の構造等に対する理解を深めることと、アート、アーティストの思考プロセスに触れることのみならず、それをお互いにディスカッションすることによって、自分たちコンサルタントに対して日々の業務や生活における気づきをもたらした。
 特に、講義の中での南條氏の以下の言葉は、コンサルタントのみならず、ビジネスパーソンにとって非常に示唆に富んだ内容であったと感じている。

(前略)その時にデザインとアートは何が違うかというと、デザインは問題解決であって、アートは問題提起である。例えば、僕の知り合いのデザイナーが原発から発注を受けて、「原発は危険なものではなくて、皆さんの生活に光を灯すものです」というメッセージを町に広めたいと言われて、ポスターを頼まれた。問題解決をビジュアルにやってくださいと言われているのと同じです。しかし、アートの場合は、原発なんて危ないものをあなた方は持っていいのですか、というメッセージを作ろうとしがちなわけです。つまり問題提起です。そこが違う。(後略)

(前略)アートでイノベーションを起こせるか。これは、イエスともノーとも言える。
(アートのシーンでは)要するにルールを疑うことが一番重要なのです。今まであったルールがこうだから、その枠の中でベストはこれというのはダメだということ。今までのルールがこうだったが、このルールが妥当なのか、と疑うことがイノベーションになるということになろうと思います。簡単に言うと常識から逸脱するということです。(後略)

(前略)アートって連想も非常に重要です。普通ビジネスをやっていると、目的がはっきりあって、ある枠の中で方向性があって、その中で考える。ところが、アートの世界では、どっちに連想が飛んでもいいし、目的意識は弱いから、ある意味ではクリエイティブな発想は生まれやすいと思う。アートに触れると自由な考え方が訓練され、イノベーションに繋がっていくと思います。マーケティングはいろいろ調べて、売れるものを作る。最近の車も、流体力学の発想を使うと、みんな同じ形になる。60年代の車を見たほうが面白い。つまり、効率を追求していないほうが面白い。
ある枠の中にはめ込むということが実はあちこちで起こっているのではないか。それを打ち破るということが、アーティスティックということになる。ルールのない世界で物事を考えることがアートなのではないかと私は思う。(後略)



 南條氏の講義やディスカッションを経て、アートに触れることや、アートシンキングの発想方法等を取り入れることによる可能性について示唆を得られた。特に、既存の枠組みやルールにとらわれない考え方であったり、主観的な問題提起によりメッセージを打ち出したりすること等は、我々の今後のコンサルティング活動における一つの姿勢、スタンスであると再認識した。

4.アートシンキングプログラムの深化
 本プログラムは、世界で活躍するキュレーターである南條氏によって、コンサルティング会社に対するプログラムが実施された。一方で、アートの分野においては、もちろんアーティストやギャラリストも重要な役割を担っており、それぞれの立場からの視点で、アートシンキングのプログラムを構想すると、以下のようなものが考えられるのではないだろうか。
 例えば、アーティストシンキングについては、アーティストが作品を生み出す際の思考プロセスを参考にして、社会事象を、自分自身の頭で批評し、解決方法や訴えたいことを考え、それをアウトプットすることを試みることといえる。
 同様にギャラリストシンキングについては、理論的な根拠がなくても、自分の選択眼を信じ、世にアート作品を送り出し、それによってアーティストの育成と価値の創造にも寄与しているギャラリストの行動を参考にし、データだけに基づかず自らの審美眼や直観によって対象の良しあしを判断するプロセスをトレースしてみることと考えられる。
 キュレーターシンキングについては、企画展等の構成とプロデュースを行うキュレーターの視点を参考にし、社会や業界で起こっている事象を捉え、自分自身の頭で批評し、さまざまな関係者を巻き込みながら展覧会という一つのプロジェクトを創り出すプロセスを体験してみることに繋がる。
 これらは筆者らが構想したプログラムの一案であるが、アートの分野におけるさまざまなプレイヤーの思考を、ビジネスシーンや我々の実生活に投影する試みを模索していくことが重要であろう。

5.創造的コンサルティングに向けて
 今回のプログラム受講は、我々コンサルタントに対して新たな気づきをもたらすとともに、コンサルティング業務におけるクライアントに対しても、我々が提案するソリューションの付加価値になっていくことが期待される。コンサルタント一人ひとりが、主観的な感性や批評性を発揮することで、今までにない視座からのソリューション提案等を生み出すことになる。一人ひとりが主体的に考え、発信・表現することによって、創造性にあふれるコンサルティングの可能性が広がるのではないだろうか。
 また、アートに関わるアーティスト、ギャラリスト、キュレーター等の役割に応じて、それぞれがどんな立場・視座において価値を生み出しているのか、ということを追体験することは、コンサルタントのみならず、社会課題を解決したいと望むすべての人に新たな気づきをもたらすと期待している。

※記事は執筆者の個人的見解であり、日本総研の公式見解を示すものではありません
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