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若手自治体職員が主導するローカルDX
~庁舎整備を通じた自治体組織の変革~

2023年01月13日 佐藤悠太江頭慎一郎


1.成長を志向するべき自治体組織

 地域の、地域による、地域のためのDX〜ローカルDXのすすめ〜|日本総研 (jri.co.jp)のとおり、筆者は、地域起点でのボトムアップによる変革アプローチとして、ローカルDXの推進が必要と考えている。「地域の、地域による、地域のためのDX」を推進することで、地域の産業や暮らしに変革を起こし、地域の持続可能性や人々のウェルビーイングを高めることを志向している。そのためには、地域を主導する地方公共団体(以下「自治体」という。)の成長、変革が不可欠であるが、このためには、地域の内部を把握することはもとより、地域の外の状況を理解することも重要となる。一方で、それは、地域という、いわば1つの「島」のあるじでもある自治体にとっては、容易でない。
 自治体は、本来、「島」の外側の変化、つまりは他自治体や民間企業のベストプラクティスを常に把握し、外部の変化を自身の地域に持ち帰り、導入する。これにより、地域の企業の変革を促進したり、市民に対して最新で利便性の高い公共サービスを提供したりすること等を通じ、地域を持続的に発展させることが、自治体には求められている。しかしながら、日本人としての島国気質のせいか、視点・意識が「島」の内側、すなわち、地域、あるいは自身の組織内部にばかり向いてしまいがちである。その結果、外部の変化から取り残され、結果、変革が不十分な自治体が多いように感じる。
 このように、視点・意識が内向きになりがちな自治体が多い中、これまで保守的な自治体の一つであった宮崎県宮崎市で、庁舎整備をきっかけに静かに変革が始まっているのでここで紹介したい。外部へのメール送受信が可能な端末が1課1つしか存在しないなど、外部との情報交換手段が限定され、IT化・DX(デジタルトランスフォーメーション)が進捗していなかった宮崎市であるが、新庁舎の建設構想と、若くリーダーシップのある首長への交代を契機に、組織の意識改革が進んでいる。次項で、この宮崎市の動向を紹介する。

2.宮崎市の取り組み

(1)新庁舎建設に向けた動き
 宮崎市の本庁舎は、昭和38年12月に竣工し、老朽化とともに、狭隘化の進行や機能面での不備も目立ってきている。そのような状況において、平成28年4月に発生した熊本地震を契機に、建て替えを含めて庁舎のあり方を総合的に検討することとなった。
 平成29年度以降、庁舎問題検討ワーキングチームを立ち上げたり、市民懇話会を設置したりするなどして、今後の市庁舎のあり方について議論を重ねた結果、現庁舎改修による長寿命化ではなく、現庁舎を建て替え、新庁舎を建設することを令和2年6月に決定した。
 令和3~4年度にかけては、日本総研が「宮崎市新庁舎建設基本構想策定支援業務委託」を受託し、新庁舎の基本方針をはじめ、機能、場所、配置、規模、概算事業費、事業スケジュールなどについての検討を支援しており、現在、基本構想の策定を進めている(※1)
 筆者らは、自治体のDXによる変革を行うためには、メインオフィスである庁舎の建て替え・更新のタイミングに施策を打つことが最も合理的であると考えている。それは、庁舎建て替え、更新が、自身の働く場所というハードのみならず、働き方というソフトを見直す契機になるからである。また、働く場所、働き方を見直し、新たなソフト、ハードを創造する中で、行政職員としてのあり方についてまで思いが巡り、10年後、20年後の行政としてのあるべき姿を、主体的に洞察することにもなる。

(2)若手職員中心のプロジェクトチームの組成
 新庁舎の機能等を検討するにあたり、職員の意向を反映させることが求められるが、その際、職員が外部環境の動向を把握した上で、現状ではなく将来視点(バックキャスティングによる発想(※2))に基づいて検討することが肝要となる。そこで、宮崎市では、若手職員が構成するプロジェクトチーム(以下「PT」という)を組成し、庁舎の機能等を検討した。
 なお、若手職員を中心にPTを組成した狙いは、外部環境の動向を固定観念なく受け入れ、柔軟な発想を期待できることのほか、「新庁舎が整備される頃に宮崎市の中核を担い、新庁舎を長く利活用することになる現在の若手職員の意見を反映させること」、「DXを踏まえた機能を検討するために、デジタルネイティブ(※3)と呼ばれる世代の意見を反映させること」「現場目線に基づいて検討するために、日常的に市民と対話し、市民ニーズや現場の課題等を肌で感じている現場職員の意見を反映させること」にもある。
また、PTの組成にあたっては、多様な職員の意見を反映することを目的として、27つの課等に所属する計32名の職員で組成した。
PTの設置にあたっては、庁舎の機能を網羅的に検討することを目的として、6つの機能ごとに設置した。



 6つの各PTでは、2030年以降の社会動向や、民間企業の事例を含む多くの先進事例等を共有した上で、ワークショップを計2~3回開催し議論を重ね、それぞれの機能に関するあるべき姿を描いた。その後も、各PTで議論を深め、それぞれ視座の高い内容へと昇華させ、最終的には、各PTから市長、副市長、総務部長に対してプレゼンテーションを行い、自身が描いたあるべき姿について説明した。
 以上のとおり、若手職員を中心とする6つのPTを組成し、ワークショップ形式の議論を深めたことによって、外部環境の変化を踏まえた、将来目線のあるべき姿について導出できたことがPTによる成果(※4)である。



(3)PTによる効果
 PTの運営支援を実施した日本総研としては、PTの運営およびPTによる検討を実施するに伴って生じた変化、副次的な効果こそが重要であったと感じている。本項では、3方面に与えた効果について紹介したい。
 第一に、参加する職員自身の意識の変化である。議論を始めた当初は、意見が十分出ない状況もあったが、回を重ねるごとに、職員が自分ごと化して考えるようになり、主体的にPTに参加し議論する姿が見受けられた。また、日頃の業務にあたる中で、現状の窓口サービスの課題等について意識し考えるようになったという意見もあった。このように自分たちがこれから使用する庁舎について職員自身が当事者意識を持って考える、日頃の業務においても問題意識を持つようになるという変化があった。また、ボトムアップのアプローチのクライマックスである市長等に対するプレゼンテーションの準備も主体的に進み、視座の高い発表内容につながったと考えられる。
 第二に、事務局による他部署への働きかけと実践である。PTによる検討は、事務局である管財課 新庁舎準備室が他部署に働きかけたからこそ、実現できたものである。また、ペーパーレスの推進といった働き方を検討する上では、検討する職員自身がペーパーレスによる議論を体感することが重要となるが、ワークショップの開催にあたっては、新庁舎準備室が情報政策課の協力を得て、各参加者が1人1台のタブレット端末を使用して議論にあたることができ、まず実践・体験してみることの重要性を認識・体感しながら議論することができた。このようなエピソードは、読者によっては小さな話と捉えるかもしれないが、筆者らが多くの自治体を支援する中では、このようなタブレット端末を配布してペーパーレス会議を開催することさえも難しい現状がある(ペーパーレスの推進について検討するための打ち合わせが、ペーパーレスによって実施されていないというケースがある)と感じているため、このような取り組みは、他部署への働きかけによって生まれた大きな効果であったと考えている。
 第三に、庁内の変化である。PTによる検討が始まった当初は、DXに向けた機運醸成を確認できなかった。しかしながら、PTによる市長等へのプレゼンテーションの後に策定されたDX推進方針においては、プレゼンテーションの一部の内容が反映されるなど、PTがDXに向けた庁内の機運を醸成し、変革の一助となった。具体的には、DX推進方針には、「「いつでも」「どこでも」「手軽」な行政手続きと、「行かない」「書かない」「待たない」時間や場所に制約のない市民サービスを実現」するという利用者起点・住民の目線に立った基本方針の下、行政手続きのオンライン化やスマート行政サービスに取り組むことが明記されている。また、「職員は生産性を高めるためにデジタル社会に対応するワークスタイルへシフト」するという課題起点の基本方針の下、テレワークの促進をはじめとする多様な働き方を推進することが明記されている。これらはPTによる検討内容と同じであり、PTがDXに向けた庁内の変革の一助となっている。
 以上のとおり、PTを組成し検討したことによって、庁内組織の意識改革等につながったことが重要な効果であったと感じている。

3.結びに
 上述のとおり、宮崎市では、とかく指示待ちとなりがちな若手が、能動的・主体的に庁舎のあり方を考えるとともに、庁舎のあり方を考えることを契機にまちづくりや地域のあり方までも考え、市長を始めとした幹部に対し、直接自身の思いを伝えた。新庁舎の建設を契機としたこういった取り組みにより、組織の意識改革が進んでいる。若い首長のリーダーシップに加え、意欲的な若手によるボトムアップにより、外部環境に柔軟に適応できる組織に変革することを期待したい。
 人口減少が進むわが国において、行政組織を取り巻く外部環境の変化は、より一層不透明さを増すとともに、決してポジティブとはいえないものが多くなるだろう。だからこそ、持続可能な地域づくりと、ウェルビーイングの創出がより一層重要となるが、これらを実現するのは地域であり、地域を主導する自治体職員である。
わが国の行政組織においては、終身雇用、年功序列等により、組織が硬直化しているケースが散見されるが、外部環境の変化に敏感かつ柔軟な若い人の意見を取り込み、自治体組織を変革し、強化することが、ローカルDXの実装には不可欠となる。

(※1)  これまでの経緯や検討結果の詳細は、こちらに記載されている。
(※2) 現状の延長線上に将来があると想定し現在の課題を起点に考えるのではなく、将来どうありたいか、あるべきかという視点から将来像を描き、その将来像を実現するための道筋を考える発想。
(※3) 生まれた時または物心がついた時から、デジタル技術やスマートフォン等のデジタル機器に慣れ親しんできた世代を意味し、主には1990年代から2000年代に生まれた世代を指す。
(※4) PTの詳細はこちらに記載されている。

※記事は執筆者の個人的見解であり、日本総研の公式見解を示すものではありません。
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