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CSRを巡る動き:注目される「人材投資に関する情報開示」の行方

2022年02月01日 ESGリサーチセンター、足達英一郎


 2021年6月から、金融審議会に「ディスクロージャーワーキング・グループ」が設置され、企業を取り巻く経済社会情勢の変化を踏まえた企業情報の開示のあり方についての検討が進められている。昨年末までに4回にわたる会合が開催され、その主要なテーマのひとつに「サステナビリティ(持続可能性)に関する開示」が据えられている。

 ここで注目したいのは、気候変動以外のサステナビリティという文脈で、人材投資に関する情報開示が議論の俎上に載せられている点である。米国では、証券取引委員会が2020年8月に非財務情報に関する規則を改正し、新たに人的資本についての開示を義務づけることを公表、2020年11月から適用されているという経緯がある。具体的には、(1)事業の説明(Description of the business)の箇所において、事業を理解する上で重要(material)な範囲で、会社の人的資本(human capital resources)についての開示を求める、(2)当該人的資本・人的資源には、①人的資本についての説明(従業員の人数を含む)、②会社が事業を運営する上で重視する人的資本の取組みや目標(例えば、当該会社の事業や労働力の性質に応じて、人材の開発、誘致、維持に対応するための取組みや目的など)を含む、とされた。英国でも財務報告評議会(FRC)が2020年1月、「従業員の開示に関する報告書」を公表し、従業員の開示に対する投資家のニーズ、及び当該ニーズを満たすために企業に期待される開示内容に解説を加えるという展開があった。高い人件費水準や女性管理職比率などが企業価値上昇に影響するという考え方が、アングロ・サクソン諸国でも出現しつつあるという背景がある。

 他方、日本国内では、個別の政策目標の推進に企業情報開示を梃子にしようとする動きが、この数年見られた。2020年12月には、企業の人材の多様性確保に関する政府の方針として閣議決定された「第5次男女共同参画基本計画」でジェンダー平等の確保の観点から、「有価証券報告書等における開示の在り方を含めた検討を行う」との文言が盛り込まれた。また、2020年5月に閣議決定のされた「少子化社会対策大綱」にも、「有価証券報告書などに育児休業取得率の記載を促す」との一文が入っている。

 こうした外と内との動きを背景に、「人材投資に関する情報開示」が議論されていると考えられる。2021年10月29日に開催された「ディスクロージャーワーキング・グループ」第3回会合でも、「あまり画一的な項目の開示になっては意味がない」との意見が出たものの、総じて人的投資に関する開示を積極的に支持する意見が多く出た。そのなかで、残された論点は「人件費」の開示についてだろう。伝統的な企業分析では、労働生産性や労働分配率の時系列的な分析や企業間の比較が行われる。「労働生産性」は高ければ高いほどよいが、「労働分配率」は高すぎると企業は赤字、低すぎると労働者に不満が生まれる。この両者を算出する基礎となるのが、「人件費」と「従業員数」の開示なのである。国際会計基準(IFRS)任意適用企業は、IFRSの規定に基づき、従業員給付費用などを含めた分類に基づく開示が求められている(従業員給付費用には、給与、賞与、有給休暇、退職金、年金等を含む)。しかし、日本基準適用企業は該当せず、結果、多くの日本企業に関して人件費データは連結ベースでは入手が極めて難しい。本質的に「人材投資に関する情報開示」を考えるのなら、人件費の財務諸表上の取扱いに踏み込まざるを得ないのだが、他方で「○社の社員はいくら貰っているのか」を明らかにすることの抵抗感は経営者側には大きい。

 ただ、ここで従来になかった風が吹いている。新たに発足した岸田政権が「成長と分配の好循環」と「新しい資本主義の実現」を掲げて動き出したからである。実際、10月の所信表明演説では「企業が、長期的な視点に立って、株主だけでなく、従業員も、取引先も恩恵を受けられる『三方よし』の経営を行うことが重要です。非財務情報開示の充実、四半期開示の見直しなど、そのための環境整備を進めます」との言及があり、12月の記者会見でも「賃上げを通じた分配は、コストではなく、未来への投資です。きちんと賃金を支払うことは、企業の持続的な価値創造の基盤になります。この点を企業の株主にも理解してもらうことが必要です。人の価値を企業開示の中で可視化するため、来年度、非財務情報の見える化のルールを策定いたします」との発言があった。

 2022年、国際サステナビリティ基準審議会(ISSB)が気候変動に関する基準の公開草案を公表し、基準最終化を図ること(6月予定)が国際的には最大の関心事だが、日本国内でいえば、「人材投資に関する情報開示」がどこまで実効性を伴って進むかが、もうひとつの焦点として大いに注目されることは確実であろう。

本記事問い合わせ:足達 英一郎
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