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シニアの本音を引き出そう ~シニアはなぜギャップシニアになるのか~

2015年09月08日 沢村香苗


 (1)皆、シニアのことが分からなくて周りをぐるぐるまわっている
「高齢者のニーズが見えない」「本音を言ってくれない」「ニーズなんてないのでは?」高齢者サービスに関わる人、シニアマーケットに関心のある人は皆、こんなもどかしさを抱えている。なんとか仮説を立ててぶつけてみても、結局どうだったんだろう?と反応の解釈にまた悩む。このような感じで今、皆がシニアの周りを取り囲んで腕組みしている。

 (2)シニアはなぜニーズを潜在化させるのか?
では、シニアは人生の達人として余裕しゃくしゃくな暮らしをしているのか? もちろん健康状態や社会経済的状況、性格によっても異なるが、彼らは彼らで、衰えていく認知能力と身体機能、目減りしていく資産、親しい関係の喪失など、様々な荒波に直面しながら、日々を穏やかに過ごすべく様々な「適応」を試みているのである。本稿では、「やりたい」ことと「できる」ことの間で立ち止まる「ギャップシニア」の心理を、シニアの発言を引用しながらのぞいてみたい。

 第一段階(漠然とした危機感)
「いつどこでどういうふうに倒れるか分からない。だけど、今のところ困る問題というのはほとんどない」
加齢の影響が現れてくるにつれ、シニアの中に漠然とした危機感が生まれる。この段階では、何かがあったら、その途端に手も足も出なくなることに気付きつつ、具体策を立てるのが既におっくうに、あるいは難しくなっている。子世代も同様で、できれば親の介護は棚上げしておきたい問題だけに、誰も直視しない。皆が行き当たりばったりな状態である。

 第二段階(困る)
「新しいものにお世話にならなくてはいけない時期が、いずれ来るでしょうけれども、今のうちはなんとかこのやりかたで」
少し段階が進むと実際にいろいろ困りごとが出てくる。しかし困りごとの解決に必要な新しい手段を採ることがシニアには難しい。「人には甘えられない」「新しいものに頼るのは怖い」といった心理が立ちはだかって、結局は「多少無理があっても今のやり方を続ける」ことを選択する。危ういながら自動車の運転を続けるのはその一例である。これは、自立していたいという願いの表れである。一方でこれは思考停止であり、挫折の危険が高まっている。

 第三段階(限界が来る)
「頭で『あっ』と思っても体が動かない。それが怖くて運転をやめました」
いよいよ、身体的に辛くなったり、何らかの挫折体験(事故など)をしたりすることによって、限界を突きつけられる。

 第四段階(諦める)
「なるようにしかならないからいいわと。まあそう何年も生きるわけではないから」
引退宣言をし、やりたいことを諦めてしまう。

 (3)どうすれば本音を聞けるのか?
上述のプロセス分析は複数のシニアにインタビューをして、その言葉の「端々から」共通の部分を紡ぎ出したものである。こういった気持ちは決して本人の口から話題の中心として出てくるものではない。同時に、彼らはよく「叱られる」という言葉を口にする。子世代に叱られることを何よりも恐れているのである。子世代は親の加齢に動揺してつい否定的な言葉を投げてしまいがちだし、親世代は親と子の立場の逆転に動揺する。こうしたインタビューは全くの外部者が雑談を含めて行ったからこそ、本音を多く拾うことができたのだと感じる。外部性と遊びはシニアのニーズを引き出す上で非常に重要な役割を果たす。

 ニーズの潜在化は一種の消極的な適応であって、シニアが一人で加齢という荒波を乗り越えるために編み出したプロセスである。ギャップシニアコンソーシアムでは、シニアが自ら新しい手段を選びとり、やりたいことを続けられるよう支援する商品・サービスを創出することを目指している。これはつまり、加齢への適応を消極的路線から積極的路線に乗り換えるために必要な「プラットフォーム」を構築するという挑戦である。その成功の鍵は、シニアの行きたい先をうまく聞き出し、そこへの道筋を指し示す優秀な案内人をいかに創り出せるかにある。


※執筆者の個人的見解であり、日本総研の公式見解を示すものではありません。
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