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公共交通×都市開発×地域活性化

2010年01月26日 中村恭一郎


昨年の話になりますが、創発戦略センターで取り組んでおります「I-STEP」(GND(グリーンニューディール)市場創出研究会)の関連調査でアメリカ南部へ行って参りました。アメリカのGND市場と言えば、「スマートグリッド」を良く耳にしますが、それと同様に人々の注目を集めているのが「高速鉄道網の整備」を中心とする公共交通網改革です。昨年初夏には、オバマ大統領が、全米で10のルートを整備し、総額で約130億ドルの投資規模となる高速鉄道計画を発表しています。

アメリカは、1950年代に国家規模のインフラ整備事業としてインターステート・ハイウェイ(高速道路)の建設を進めており、全土に張り巡らされた道路網と、世界的企業が製造する先端的な自動車は、まさに自動車社会アメリカの象徴でした。しかしながら、そうした道路網も老朽化が進み、金融危機によって自動車産業も壊滅的な打撃を受けてしまいました。こうした状況の中、既存交通網の代替として、また、オバマ政権が力を注ぐ地球温暖化対策の切り札として、アメリカは、実に半世紀ぶりの交通インフラ改革に乗り出したのです。

アメリカ滞在中、通勤時間帯のニュースを見ていますと道路交通情報が10分、15分おきに地元テレビ局により放送されています。ところが、いくら道路交通情報を知ったとしても、結局はその道を車で通って通勤・通学するしかないという人が大半です。こうした状況に対して、近年急速に不満の声が高まってきたと言います。様々な理由がその背景にはあるでしょうが、「時間価値の損失」は誰にとっても喜ばしいことではありません。

また、インターネットの普及等により様々な地域の情報が手に入るようになった結果、自分の住んでいる町・郡・州で、交通事故による死者が多く出ていることに人々は気づくようになりました。たとえ便利であっても、全米で毎年毎年多くの人が交通事故により亡くなっているという事実に触れ、「安全な交通網」を求める声が急速に高まっています。

このような既存の道路交通システムに対する人々の不満や不安を払拭することへの期待と、世界各国での実績が示す安全性の高さ、自動車に比べて非常に少ないCO2排出量(環境性の高さ)などが注目され、高速鉄道計画は、アメリカ全土でにわかに脚光を浴びる存在となりました。オバマ政権の目玉政策の一つとして、アメリカGND市場の牽引役になることが期待されています。

こうした中、将来の関連事業受注に向けて日本企業の動きも活発化しています。また、官庁でも様々な体制が新たに作られており、官民を挙げての「高速鉄道チャレンジ」が進められています。高速鉄道の整備は、これまでにも中国、台湾を始めとするアジア諸国での新規整備、ヨーロッパでの拡張などが行われてきており、日本企業も様々な分野で実績をあげています。皆さんもご存知のとおり、新幹線は世界に誇る安全で、時間に正確な交通手段です。こうした特性を存分に活かし、官民一体となったセールスを進めていくことが重要です。

一方で、盛り上がりを見せる高速鉄道計画の陰に隠れて分かりづらくはあるのですが、私共では高速鉄道“以外”の「公共交通網整備」にも注目をしています。こちらは、環境負荷の低いバスを導入し地域の公共交通網を改善するといったことや、人や自転車に優しい街づくりを通じて地域活性化を進めようといった取り組みも含まれます。また、日本では富山県のLRTが有名ですが、実は、アメリカでもLRTの導入実績がどんどん増えています。私も今回の出張で実際に乗ってみましたが、車内は綺麗で広々としており、とても快適なものでした。ちなみに、その車両は日本製でした。

私は、こうした地域内交通の整備や地域内交通を活かした街づくりにこそ、日本の強みが活かされるのではないかと思っています。電車通勤・通学の方であれば、仕事・学校帰りに駅構内や駅隣接ビルなどで夕食の買い物をして帰宅される方もいらっしゃるでしょう。わざわざ車にのって郊外に買い物に行く必要もありません。また、日々公共交通を利用しているのであれば、小銭不要なICカード(JR、私鉄、地下鉄各社で使えるICカード)は欠かすことの出来ないツールです。ちょっとした買い物の決済や、クレジット機能の付加も可能です。このような駅を拠点とした様々な機能の集約や、ICカードのような“Cool”な機能の実装においても、日本は強みを発揮して海外市場で勝っていくことが出来るはずです。

確かに、日本でも都市と地方でショッピングセンターの立地が違うように、日本とアメリカでは人口密度も大きく異なり、一概に日本の強みがそのまま輸出できるとは言えないかもしれません。ただ、インフラの整備は、10年、20年という長い時間がかかるものですし、いまや10年、20年後の世界を想像することがいかに困難かは言うまでもありません。
とは言え、たとえ10年、20年経っても、「安全で、時間に正確で、環境に優しく、使い勝手が良い」ものへの人々の期待が薄れることはないはずです。分野や専門の垣根を越えて、様々な分野の方々と協力しながら、この「原点回帰」とも言える市場ニーズに応えていく所存です。



※執筆者の個人的見解であり、日本総研の公式見解を示すものではありません。
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