コンサルティングサービス
経営コラム
経済・政策レポート
会社情報

コンサルティングサービス

セミナー・イベント

第1部 問題提起「多死社会が抱える課題」
「”明るい孤独死”が迎えられる社会へ」


 自分で選択する力を持ち、意思決定していくためには、これから自分がどうしたいのかという考え方をつくっていくことが必要になります。例えば、「病気は治すものではなくて、つき合っていくもの」という考え方も必要です。実は、この会場に私の両親も来てもらいました。このシンポジウムが終わったのち、両親がそれぞれ本当にどうしたいのかについて、きちんと話ができるようにということで、呼び付けた次第です。自分たちが本当にどうしたいのか、ということを話し合っていく、こういうテーマで話し合うことを当たり前にすることが重要です。
 実際、今、自治体のなかでも、哲学カフェといって、どういうふうに死を迎えるのか、あるいは、「終わりの始まり」という言葉があるそうですが、その「終わりの始まり」というものをどう受け止めていくか、といったことが話し合われるようになっています。若い人の間でも「デスカフェ」というものがあって、「死」というものをどういうふうに捉えていったらいいのか、あるいは周囲の人たちの死をどういうふうに受け入れるのか、ということに関する話し合いの場が設けられるようになってきました。



 ただ、孤独死を明るく受け止める社会をつくるためには、実は、「善意だけでは難しい」と考えています。これまでの社会では、いろいろな助け合い、様々な人の手を含めて、家族でなくても、友人でなくても、「ご近所さん」という枠組みが実はあったのかもしれません。ですが、時が経ち、核家族化が進み、住宅形態も増え、働き方も千差万別になった現在においては、20世紀にはもう戻れないわけです。善意に頼らず、人が決断をし、必要な助けの手を利用できる世の中にする必要があります。
 そのためには、市場サービス、つまりビジネスの力が重要です。福祉とビジネスとは遠いように思われるかもしれませんが、ビジネスであればこそ、人のニーズ、「こういうことをしたい」、「ああいうことにチャレンジしたい」あるいは「こんなふうに生活を変えたい」という思いを聞き届けて、サービスとして「続けられる形で」のご提供ができると考えています。
 資料では、利用者のベネフィット発想と書いています。食事を例に挙げると、「おなかがすいているから御飯を食べる」ではなくて、「食事を楽しみたい」、もしくは「栄養をとりたい」、または「食事で頭がよくなりたい」とか、今、いろいろな考え方があると思います。このように、単なる空腹を満たすことではなく、その奥にある、その人にとっての意味というものをベネフィット発想で商品にし、サービスにしていくという市場の力がなければ、私たちは納得して生き切るための選択肢を手にすることは難しいのです。もっと市場サービスを積極的に導入していくことが必要になってくるわけです。



 もう一つは、個人の考え方、希望、経験といったものを新しいサービスに役立てるということです。実は、これからの時代は、日本国民全員が誰かの先生であるというような形に持っていきたい。子どもも誰かにとっての先生ですし、認知症になられた方も誰かにとっての先生。誰もが誰かの役に立つことができる。その人が持っている力、生きる力、決断の力、それから、そのことを通して生きていくさまそのものから、私たち一人ひとりは全員で学んで、学んだことを全員で逆に教えていく、という世の中にしないといけないということです。
 そういう意味では、先ほど、病気も介護も、千差万別と言いましたけれども、介護経験を通して、こういうことが困ったよという情報は、今、介護で困っておられる方々にとっては役に立つかもしれません。もしかしたら、「今、こういう介護で悩んでいる」という、そのこと自体が共感という形で誰かの救いになるかもしれない。それが次の新しい、こんなサービスがあったらいいのではないか、といったことに関する役立ちになるかもしれないわけです。
 もう一つは、対応力のあるコミュニティをつくるということです。こちらは、先ほども市場サービスの話を申し上げましたけれども、若者は若者、高齢者は高齢者ではなくて、多様な、世代間の常識を超えた化学変化というものがあれば、もっと新しい感覚でのサービスができたり、あるいは社会の仕組みができる可能性があります。
 地域ではボランティアという枠組みもありますが、いわば、都合が悪くなったら、もしくはできなくなったら続かない仕組みではなくて、地域でいろいろな場が継続的に設けられるようにすることによって、互いに支え合えるような仕組みに育てる。家族もコミュニティとして、実際の意思決定にどういうふうにかかわっていくのかということを、単位として考えていくということが必要になってくると思います。
 本日、ここまでお話したことに関して、医療の世界でも、その人それぞれの生き方を中心に捉えて医療サービスを提供しておられる佐々木先生、それから、世代間の壁を取り払うコミュニティの話では、子どもたちがたくさん訪れるサービス付き高齢者住宅を運営しておられる下河原様、それから、地域の支え合いの仕組みをつくっておられる勝又様、それから、企業と家族、介護者のご本人とご家族の間を長期間考えて見つめ続けてこられた角田様をお招きしました。本日、「死」「最期」ということを捉えるのに、「Dying」という道のりで考えていく際に、こういう四つの視点が必要であるという私たちの考え方を、先生方をお呼びしたこと自体で、お伝えできるのではないかと思っています。



 最後になりましたが、私たちは超高齢社会という言葉で話をしていますし、多死社会と言っていますが、考え方によっては、私たちこれからの国民の中心は、「大人のなかの大人」がたくさん増える社会だと言えます。その「大人のなかの大人」が国民の中心になるということ自体、実は、世界でも最も先に進んでいる国と言うことができるわけです。
 その意味では、何が何でも成長――もちろん、成長が必要なわけですが、人口が増加してできる成長ではなくて、成熟から生み出される独自価値というもので日本はもっと勝負できる、もっと新しい国に生まれ変われる、そういうふうに私たちは確信をしています。そういう形の新しい国づくりに、私たちもいろんな人たちと一緒になって走っていきたいなと考えております。
 今はイメージがなかなかわいてこないかもしれませんが、次のパネルディスカッションのセッションでは、いろんなヒントを先生方がお出しくださるものと存じます。最後まで、皆様、よろしくお願い申し上げます。私からは以上でございます。ご清聴ありがとうございました。




←前へ 1 2
超高齢社会における
国づくり
超高齢社会における国づくり
調査研究レポート
研究員コラム
プロジェクト紹介
お知らせ/セミナー・イベント
メディア掲載・出演

サービスに関する
お問い合わせ