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Business & Economic Review 2010年2月号

【特集 世界的危機後の金融】
グローバル・インバランスとドル基軸通貨体制の行方

2010年01月25日 龍谷大学 経済学部教授 竹中正治


要約
 従来から典型的な「ドル危機シナリオ」は、膨張した米国の経常収支赤字の対外的なファイナンスが困難になり、ドル相場と米国資本市場の暴落がスパイラルに進行するという危機のパターンを予想して来た。しかしながら、今回の米国を震源地とする金融危機と世界不況は、そうしたパターンとは全く異なった様相を呈した。
 2008年9月のリーマンショックは金融危機を深刻化し、欧米の金融市場を機能麻痺に追い込んだ。しかし、その過程で生じた現象は、ドル急落ではなく円以外の全ての通貨に対するドル急騰であった(注1)。その時問題となったのは、米国への資本流入の減少ではなく、ヘッジファンドなどに代表されるレバレッジ系投資機関による株式をはじめとするリスク性金融資産の世界的な規模での売却が引き起こした世界同時株式暴落と、海外から米国への資金回帰によるドル高の進行であった。また、米国金融機関のみならず、資金調達面で市場性の短期ドル資金に依存しながらドル建て証券投資を膨張させていた欧州の金融諸機関が深刻なドル資金の流動性不足に直面した。
 つまり、今回の金融危機とグローバル・インバランスは、同一の因果系列上の出来事ではなく、別々の問題として生じているというべきだろう。にもかかわらず、今回の金融危機を契機に、①米国の対外負債の持続可能性への懸念、②ドル相場の趨勢的下落とその結果としてのドル基軸通貨体制の「終わりの始まり」を語る議論、③国際的な流動性、並びに外貨準備を米ドルがほぼ独占的に担っていることへの問題指摘などが、政治・政策論の論壇でもアカデミズムでも沸き上がっている。
 これはなぜだろうか。ひとつには、深刻な経済・金融危機が起こるとその当事国と市場について金融危機の直接の原因ではなかったことまでまとめて問題として批判、指弾される傾向があることだ。これは1997─98年のアジア通貨危機でも、また日本の銀行の不良債権危機の時に見られた。
 もうひとつは、今回の危機を契機に米国の金融資本市場、金融ビジネスモデルへの信頼が剥落し、自国の経常収支赤字をファイナンスするのみでなく、世界のリスクマネーの供給者としての役割を担うことで世界のマネーフローの中核となってきた米国の地位が崩れるのではないかという憶測を喚起しているからだろう。
 つまり、このままだと米国の経常収支赤字のファイナンスが今後次第に困難になり、ドルの減価に伴ってドル基軸通貨体制の終焉に導くという「ドル危機シナリオ」が(今までは起こらなかったが)、ついに始まるという将来予想である。あるいは、国際通貨・金融システムの現状を批判する立場からは、国際準備通貨、さらには基軸通貨としてドルへの依存を減らす制度設計の議論が起こっている。本小論でこれらすべての論点に応えることはもとより不可能であるが、主要な諸議論のなかで盲点となっているポイントを指摘し、議論に貢献したいと思う。
 具体的には、第1に米国の経常収支赤字の持続可能性の問題である。経常収支赤字というフローの持続性の問題はストックとしての対外純負債の持続可能性の問題に帰結する。その「対外純負債の持続可能性」とはどのように定義されるのが妥当か、その定義に基づいて米国の現状はどのように認識できるか、筆者の見解を示したい。
 結論として現在の米国の対外純負債は直近の過去の実績を与件とする限り、持続可能である蓋然性が高いことを示す。同時に、ある程度のドル相場の下落はシステムの不安定要因ではなく、不均衡の調整要因、あるいは現状システムの延命要因として機能することを強調する。
第2に国際準備通貨、あるいは基軸通貨としての米ドルの地位に関して最近の議論を批判的に検討する。この点で筆者の結論は次の3点である。①ドルに代わる将来の基軸通貨候補は現状存在していない。そのため各国政府の外貨準備の通貨分散の結果、準備通貨(価値の保蔵機能)としてのドルのシェアは相対的に減少しても、交換の媒介、価値の表示機能としてのドルの基軸通貨の地位に予想し得る将来に大きな変化は起こりそうにない。②複数基軸通貨による多極化は国際通貨・金融制度の安定化を意味しない(安易な「多極化議論」への批判)。③SDRなど人工合成通貨は、国際流動性の補完としては機能を拡大する余地があるが、世界中央銀行の設立とそこへの各国の通貨主権の委譲という現状では空想的な想定をしない限り、本格的な準備通貨にはなり得ない。事実上のドル基軸通貨体制に代わるものを世界はまだ見出してはいない。

(注1)竹中正治「米国が金融危機に襲われてもドルが暴落しない理由」毎日新聞社「エコノミスト」2008年12月臨時増刊号。
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