コンサルティングサービス
経営コラム
経済・政策レポート
会社情報

経営コラム

(2) 生物多様性版スターンレポート
「The Economics of Ecosystems and Biodiversity(TEEB)」の発表

2008年06月05日 古賀啓一


CBDのCOP9において、5月29日、ドイツの環境大臣のSigmar Gabriel氏と欧州委員会委員のStavros Dimas氏の主導の下で作成された「The Economics of Ecosystems and Biodiversity(TEEB)」が発表された。生態系や生物多様性の損失が人類にとってどのように影響するのか想像されにくい、という指摘があり、生物多様性の経済的な価値の評価に関するレポートが発表されたことは非常に大きな意味がある。COP9に先立つ2007年3月にポツダムで開かれた環境大臣会合においても、生物多様性の問題は議論のテーマのひとつとなっており、気候変動と経済に関するスターンレポートが温暖化に対する迅速な行動や政策の変更に弾みをつけたように、生態系や生物多様性の損失についても同様のプロジェクトが必要であるとの認識で一致していた。

TEEBにおいても、スターンレポートと同様に、適切な対策を行わない場合のシナリオと経済的な観点からの分析が提示された。まず、このシナリオによると2050年には以下のような状況に直面する可能性があるという。

主として農業のための改変、インフラの拡張、気候変動により、2000年に残っていた自然地域の11%が失われる
現在、生物多様性への影響が小さい農業形態で利用されている土地の約40%が、生物多様性の減少を伴う集約農業に転換される
漁業、汚染、病気、外来種、気候変動によるサンゴの白化によって、2030年までにサンゴ礁の60%が失われる

では、こうした将来予測の下、経済に与える影響はどのように評価されたのだろうか。今回の報告では森林の生物多様性や生態系の損失コストについて紹介された。報告によると、2000年から2050年にかけて、初期段階では毎年約280億ユーロ相当の森林による生態系サービスが失われていき、この生態系サービスの損失コストは2050年までにさらに増加していくとされる。こうした将来の損失を考慮すると、毎年失っていく森林生態系のサービスの純現在価値は1兆3500億~3兆1000億ユーロになると試算されている。

この報告はもちろんすべての生態系サービスを経済的な価値に置き換えたものではない。しかし、生物多様性の減少が社会経済へ実質的な影響を与えうることを示唆したという点で、今回の報告は意義深い。TEEBによって明らかにされた経済的価値を政策決定に組み入れ、将来的には環境会計や企業のCSR報告書などを通して企業や消費者なども巻き込んでいくことを、このプロジェクトは目指している。

環境を経済の中に組み込もうとする動きは日本においても見ることができる。例えば、2010年度からは環境対策費用を債務として計上を義務付ける会計基準が導入される見通しだ。製造プロセスの資源やエネルギーのロスをコストとして評価するマテリアルフローコスト会計は、経済産業省によって国際標準化に向けた取組みが進められている。今回の生物多様性の経済的価値を評価した試みも、日本においては受け入れやすいものとなる可能性がある。

残念ながら今回発表されたTEEBはまだ中間報告だ。今後は (1)科学と経済の枠組みづくり (2)評価手法の確立 (3)政策の有無とコストの関係の調査 (4)政策立案者向けツールキットの開発 (5)全てのエンドユーザーの関与、という5つの目標達成に向けて研究が続けられる予定となっている。2010年に予定されている最終報告に期待したい。
経営コラム
経営コラム一覧
オピニオン
日本総研ニュースレター
先端技術リサーチ
カテゴリー別

業務別

産業別


YouTube

レポートに関する
お問い合わせ