例年、梅雨時になると、記録的な豪雨や河川の氾濫、土砂崩れといった災害を伝えるニュースが飛び交う。これらの影響を地球温暖化によるものと決め付けるのは早急な面もあるが、要因の1つであると指摘する専門家も多く、地球温暖化が生活に及ぼす具体的な事例としてとらえるのが良いだろう。
しかし普段身近に感じているはずのこれらの地球温暖化に伴う現象は、「天気情報」として扱われるだけで、ビジネスに及ぼす影響という視点から報道されることは少ない。
そこで本稿では、これまで身近ではあるものの地球温暖化の話題の中心とはならなかった自然現象とビジネスとの関係についてとりあげてみたい。
1.「物理的影響」を検討する視点を持とう
図表1は地球温暖化と政策、ビジネスの関係を模式化したものである。ここに示したとおり、地球温暖化がビジネスに与える影響には3つの経路が存在する。
地球温暖化がビジネスに与える影響としては、第2と第3の経路について言及されることが多く、地球温暖化という自然現象による「そもそも」の影響である第1の経路については注目されていないのが現状である。
この理由は、ビジネスに与える影響の経路の「明確さ」の違いにある。規制リスクであれば、どのような規制がどのタイミングで顕在化するかは不透明であるものの、規制が実施された場合に企業が影響を受けることは容易に想像できるし、影響の度合いについても定量的に分析することが可能である。また、市場リスクについては規制リスクほど明確に影響の経路を特定することはできないものの、一定の仮定をおけば定量評価も可能である。
一方で、物理リスクについては、自然現象そのものの影響の規模や発現確率、顕在化範囲が科学的に完全には特定されていないことや、個社のビジネスに影響を及ぼすことにまで言及したレポートがほとんど存在しないことから、影響を「自分事」として認識する段階には至っていない。
このような経路を明確にすることで初めて地球温暖化による企業への影響を網羅的に把握することができる。それと同時に、緩和策と対をなす概念である「適応策」※5をターゲットとした「適応ビジネス」の検討を開始することができる。以下、この第1の経路に焦点を絞ってビジネスへの影響を考察する。
2.「物理的影響」を検討するために持つべき視点とは
いくつかの国や企業は、既に物理的影響を「自分事」としてとらえ始めている。EUや米国、オーストラリア、ニュージーランドなどは、国が被る物理的影響についてのレポートを発表している。日本でも、環境省が「気候変動への賢い適応」と題するレポートをとりまとめており、その中でわが国が被る物理的影響をレビューしている。また国土交通省や水産庁、土木学会なども各々の関連分野のレポートをまとめている。
いずれのレポートも示唆に富んだ内容であるが、学術的な要素が大きく、ビジネスへの影響については言及されていないか、業界への影響までであり、個社への影響に触れたものはないことから、企業行動の変革を促すには至っていない。さらにリスクとしての議論に終始しており、ビジネスチャンスの視点も含まれていない。
したがって物理的影響を「自分事」とするには、各自で影響の経路を特定し、分析するほか術がないのである。そこで、筆者が考える物理的影響の分析に必要な3つの視点を紹介したい。
図表2のように産業を一次産業・素材産業から最終消費者にいたるサプライチェーンでとらえ、物理的影響を次の3つに分類する。
(1)物理的影響からの直接影響
(2)インフラが受けた直接影響の副次的影響
(3)サプライチェーンを通じた影響
食品産業を例にとると、各々の物理的影響は次のようなものが想定される。
(1)沿岸域の工場が海面上昇によって浸水被害を受けて操業を停止する
(2)頻発する洪水被害に伴う物流網の破壊により販売機会を損失する
(3)天候不順による原材料の価格高騰により収益を圧迫する
ここで重要なことは、いずれの影響も「目新しい」ものではなく、通常の事業活動におけるリスクマネジメントの視点と違いないことだ。これは、これまでリスクマネジメントしてきた要素が、地球温暖化によってより大きなリスク項目になることを意味している。一方で、通常のリスクマネジメントの要素の1つとして地球温暖化の視点を取り入れることができることも意味している。
つまり企業は地球温暖化の物理的影響を「自分事」としてとらえ、「自分事」として対応する素地を有しているのだということを認識するべきである。
3.物理的影響に対する認識はリスク、ビジネスチャンス両面で不十分
企業の物理的影響に対する認識について、最新のカーボン・ディスクロージャー・プロジェクト(以下、CDP※6と記す)の結果をもとに分析してみる。
物理的影響をリスクとする回答の一部を、図表2で示した3つの分析視点に分類して、図表3にまとめた。
ここで注目すべきは、東京電力などのインフラ企業が「直接影響」のリスクを指摘していることである。インフラ企業が影響を受けるということは、多くの企業がインフラからの副次的影響を被る可能性がある。例えば、東京電力の水力発電所の稼働率が低下すれば、電気料金の上昇や電力供給のストップなどの可能性が想定される。東京電力から電力供給を受けている企業は、そうした影響を被ることになるが、「インフラからの影響」を回答している企業は多くない。
またサプライチェーンを通じた影響にまで言及している企業も少ない。自社の取引先が「直接影響」あるいは「インフラからの影響」を受けるのであれば、サプライチェーンを通じてその影響を被るはずだが、そこまで想定している企業は少ない。
CDPへの回答を確認する限りでは、物理的影響に対する企業のリスク認識は十分とはいえず、直接、インフラ、サプライチェーンの3つの影響経路からリスクの棚卸しを行うべきである。
一方、CDPに対して物理的影響をビジネスチャンスと回答している企業も少なからず存在する。その一例を図表4にまとめた。
物理的影響をビジネスチャンスとする視点は、「販売機会の増加」と「競争力の拡大」の2つに分類できる。
前者は物理的影響によって自社の製品やサービスの市場そのものが拡大するケースである。後者は自社の製品やサービスの物理的影響への対応力が競合他社との差別化につながり売上が増加するケースである。前述した物理的影響に伴うリスクをうまく回避できた場合にも競争力の拡大につながるので、このケースに結びつく。つまりリスクとチャンスは表裏一体なのである。
物理的影響と自社とを結びつけてチャンスの分析を行う企業は見られるものの、他社が受ける影響を回避するためのソリューションを提供する視点や、サプライチェーンの影響をビジネスチャンスに変える視点を持った回答はみられない。こうした部分にもビジネスは隠されているのではないだろうか。
物理的影響をリスク、チャンスいずれにとらえるにしても、まずは物理的影響を「自分事」としてとらえ、精緻に現状分析を行う必要があるだろう。また物理的影響についての継続的な情報収集も欠かせない。2020年頃には、地球温暖化に伴う海面上昇、伝染病の拡大、洪水、水不足、熱波などが顕在化し始めるかもしれない。そのとき慌てないためにも、今から準備を始めてみてはいかがだろうか。
<注釈>
※1 物理リスク:海面上昇や異常気象など気候変動により生じる自然現象が、企業の事業活動に対して影響を与えるリスク。例えば、海面上昇に伴い沿岸域の工場が浸水し、操業停止に追い込まれるなど。
※2 緩和策:地球温暖化を回避する、あるいは影響をできるだけ小さくするための方策。具体的には、省エネ対策や風力発電、排出権取引、植林など地球温暖化の原因であるCO2の排出削減・抑制・吸収などの対策。
※3 規制リスク:地球温暖化を回避するための温室効果ガスの排出規制やエネルギー管理規制が事業活動を制限したり、事業収益性を損ねたりするリスク。例えば、排出権取引制度や環境税など。
※4 市場リスク:地球温暖化により社会・消費者の需要が変化し、事業機会の縮小・消失が生じるリスク。例えば、電気自動車(モーター)の増加に伴う内燃機関市場の縮小など。
※5 適応策:物理的影響の顕在化に備えて、あるいは顕在化したときに、その状況に順応するための方策。具体的には、海水面上昇に備えるための堤防の建設や伝染病に対する薬品の完備、渇水に備えた代替水源の確保などの対策。
※6 CDP:世界の機関投資家が世界の主要企業2400社に対して、気候変動や温室効果ガスの排出による事業へのリスクや事業機会に関する情報の開示を求める取り組み。