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アジア・マンスリー 2009年9月号

【トピックス】
伸び悩むインドの雇用と増加に向けた対策

2009年09月01日 清水聡


インドでは、組織部門(organized sector)の雇用が長年にわたってほとんど増加していない。技術習得の支援や労働規制の緩和、直接投資の促進など、多様な対策を講じることが求められる。

■伸び悩む雇用
インドでは、1日当たりの消費支出が約2ドル以下の者が農村部で約8割、都市部でも5割近くに及ぶなど、貧困問題が依然深刻である。雇用が伸び悩んでいることが、この問題と密接に関連していると思われる。

インドの雇用の全体像は、数年に1度実施される全国標本調査(NSS:National Sample Survey)によって把握するしかない。それによると、雇用者数の増加率は93~99年度の平均1.25%から99~2004年度には同2.62%に上昇した。しかし、これは労働力人口の増加率である2.84%よりも低いため、失業率は99年度の7.3%から2004年度には8.3%に上昇している。

一方、各年のデータが発表されている組織部門(公共部門(中央・州・地方政府の行政と登録された公企業)ならびに一定規模以上の民間企業からなる概念)の雇用者数は2006年3月末に2,699万人であり、NSSにおける雇用者数の約7%に過ぎない。したがって、雇用者の9割以上は、非組織部門(農業および零細規模の製造業・サービス業)に従事していることになる。また、組織部門の雇用者数の94~2006年度における年平均増加率は、0.12%に過ぎない。すなわち、NSSにおける雇用者数の増加は、ほとんどが生産性の相対的に低い非組織部門で生じていることになる。組織部門の雇用者数がほとんど増加していないことは、経済全体でみた生産性の上昇を抑制する要因になっているといえよう。

さらに、産業別にみると、農業、鉱工業、サービス業の就業人口が全体に占める割合は、83年度の65.4%、14.8%、19.7%から2004年度には52.1%、19.5%、28.5%となっている。農業のシェアは低下しているものの、依然として5割を超えており、雇用でみた場合には依然として農業社会である。

■サービス業を牽引役とした経済成長
一方、産業構造をみると、経済は基本的にサービス業によって牽引されているといえる。実質GDPに占める農業、鉱工業、サービス業の割合は、1980年度の37.9%、24.0%、38.0%から2008年度には17.0%、25.8%、57.2%となった。サービス業の割合が大きく上昇する一方、鉱工業は微増にとどまっていることが注目される。

実質GDP成長率に対する寄与率をみても、サービス業が大幅に上昇して2000年度以降の平均で65%程度になっているのに対し、鉱工業は50年代からほとんど変化がなく、近年も30%弱にとどまっている。すなわち、経済成長の3分の2はサービス業によりもたらされていることになる。近年、製造業を中心に鉱工業の成長率が高まったが、2008年度は3.9%(サービス業は9.7%)と再び落ち込んでいる。

雇用の変化と産業構造の変化を比較すれば、農業の雇用におけるシェアはGDPに占めるシェアほど急激には低下しておらず、鉱工業やサービス業への雇用移転が本格化していないことがわかる。

■資本・技術集約的な産業に偏る製造業
以上の状況には、経済発展の過程で実施されてきたさまざまな政策が影響している。多くの東アジア諸国が採用してきた輸出志向型の経済成長政策においては、エレクトロニクス関連や衣料品など輸出向けの労働集約的な製造業が発展し、製造業のGDPにおける割合が上昇するとともに、雇用の大幅な増加が実現した。

一方、インドでは、輸入代替工業化の中で経済の高成長を実現するために、公共部門を担い手とする資本集約的かつ大規模な重工業の育成が目標とされた。そこでは、雇用の増加は明示的な目標とされなかった。このような政策環境の下で、インドでは少数の産業ではなく、多様な産業が発展する結果となった。これとともに、労働者は高等教育の充実を背景に多様な技術や能力を取得し、製造業は資本集約的かつ大規模な産業や技術集約的な産業に偏ることとなった。

公共部門が担う資本集約的な産業の生産性は、概して低かった。一方、小規模企業(Small Scale Industry)に対し、製品の独占的な製造を認めるなどの優遇政策が実施されたために、労働集約産業が規模の経済を利用し、生産性を向上させて発展することは容易ではなかった。これらのことが経済改革による生産性向上に対するマイナス要因として作用するとともに、農業から製造業への雇用移転が本格化しない要因となった。

80年代以降の経済改革によっても、製造業の特徴には大きな変化が生じなかった。改革後の高成長をもたらしたのは主にサービス業であり、製造業には雇用の創出と生産性上昇の両面において改善の余地があるといえよう。インドの製造業の労働コストは先進国に比較して大幅に低く、雇用を増やすことには大きな意味があると考えられる。

第11次5カ年計画では、食品加工、皮革製品、履物、衣料品、木製品、宝石、手工芸品、観光業、建設業などの労働集約的な製造業・サービス業における雇用の増加を目標としている。

■雇用の増加に向けた対策
そのための対策として考えられるのは、第1に、職業訓練などによる労働者の能力向上である。第2に、労働規制の緩和である。大企業では従業員を解雇することがきわめて難しいなど、労働市場の柔軟性を妨げる規制が多く残されている。これを変更することには抵抗も強いが、中期的に検討していくことが必要である。第3に、小規模企業優遇政策の削減である。すでに第10次5カ年計画において独占製造品目が675から114に減らされるなどの規制変更が実施されているが、これを継続していかなければならない。

さらに、投資環境を整備して海外からの直接投資を増やすことには、技術移転や資金調達に加えて新たな製造業を育成・拡大する効果もあると考えられ、労働集約的な製造業の拡大につながる可能性もあろう。このような産業の競争力が高まれば、雇用の大幅な増加が期待できる。

なお、より基本的には、技術習得の支援や自営業の創業支援、社会保障の整備などにより、雇用者の大多数が従事する非組織部門における雇用の創出と質の向上を図ることが重要である。雇用・所得環境の改善は、個人消費の振興による内需の安定にも貢献することになる。
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