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アジア・マンスリー 2009年8月号

【トピックス】
改めて示された上海の発展戦略

2009年08月01日 佐野淳也


上海を国際金融・水上運輸センターとして発展させる等の構想が最近改めて示された。中央・地方両政府は関連の政策を推進しており、その進展は中国の他の主要都市の発展戦略にも影響を及ぼそう。

■発展戦略が改めて打ち出された背景
 2008年半ば以降、上海市に関連した発展戦略構想が相次いで提唱されるとともに、その実現に向けた施策が中央及び上海市政府によって講じられている。1990年の浦東地区開発の承認以来、上海は常に中国における重点開発地域の一つとして位置づけられてきた。発展戦略が改めて打ち出された背景として、上海経済(産業)の構造転換をまず指摘できる。

上海は元来、中国で1、2を争う工業都市であった。浦東開発が承認された1990年当時のGRP(地域内総生産)を産業別にみると、その64.7%が第2次産業であった(右図)。その後、上海で様々なサービス産業が急成長を遂げた結果、99年には第3次産業が第2次産業を上回った。その後も、第3次産業のGRPに占める割合は上昇(2008年は全体の53.7%)を続け、上海は第2次産業から第3次産業中心の経済へと変化した。
製品生産の面でも、構造転換が生じている。1990年当時、上海の化学繊維生産が全国に占める割合は15.6%と、江蘇省に次ぐ第2位であった。しかし、市内における生産の伸び悩みや他地域での生産の急拡大から、2007年における上海の割合は2.3%に低下している。半面、集積回路生産量は順調に伸びており、全体の2割前後(第2位、2007年)のシェアを依然維持している。労働集約的製品からハイテク、高付加価値製品への移行がうかがえる。

また、2008年秋口から始まった世界経済の悪化は、輸出依存度の高い上海経済(2008年は81.4%)に大幅な減速をもたらした。2009年1~3月期の上海の実質GDP成長率は前年同期比3.1%と、全国平均の同6.1%を大きく下回っている。この低迷から早く抜け出し、上海が繁栄を続けていくために、発展戦略が改めて示されたとも考えられる。

■方針の明確化と関連政策の推進
上海の新たな発展戦略方針を示したものとして、以下の2つが注目される。1つ目は、2008年8月6日の国務院常務会議(主要閣僚による会議)で採択された「長江デルタ地域の改革・開放と経済・社会の発展を一層推進することに関する指導意見」(以下、「指導意見」)である。

「指導意見」は、長江デルタ地域を上海市、江蘇省、浙江省と広義(長江デルタ地域は通常、上海市などの主要16都市を指す)に解釈し、上海市と江蘇・浙江両省との連携強化を求めた。今後の地域全体の目標として、a.国際競争力を備えた世界クラスの都市群、b.アジア太平洋地域における国際的にも重要なゲートウェイ、c.世界における先進製造業の拠点などがあげられている。そうしたなか、上海に関しては、サービス産業振興の一環で、国際金融センター及び国際航運(水上運輸)センターに発展させる方針が盛り込まれた。

2つ目は、2009年3月25日の国務院常務会議で採択された「上海市の現代的サービス産業と先進製造業の急速な発展、国際金融・水上運輸センター建設の推進に関する意見」(以下、「意見」)である。これは、「指導意見」に沿って、上海の発展戦略方針を確定させたものといえる。

例えば、上海の国際金融・水上運輸センター化を2020年までに実現させるという具体的な期限が設定された。「意見」では、a.多機能かつ多層的な金融システムの構築(対外開放などの推進を含む)、b.水上輸送システムの近代化・長江デルタ地域の港湾の連携、c.製造業とサービス産業の相互補完による発展、d.企業や行政の改革推進、e.上海市と長江デルタ地域、国内のその他の都市、香港との間での相互の長所を活かした協力関係の構築を5つの主要任務として掲げた。同時に、製造業での具体的な振興業種や税制上の優遇措置(便宜置籍船や浦東新区の一部サービス業種企業などに対する期間限定の軽減策)も明記された。加えて、中央政府及び上海市政府の関係者が「意見」の全文公表(4月29日)に合わせて記者会見を行い、海外企業による上海での人民元建て債券や株式発行の認可検討(時期は示さず)を表明している。

国際金融センター等の構想実現に向けた施策も、次々と実施されている。人民元での貿易決済モデル都市として、広東省深?市などとともに、上海市が選ばれたことはその象徴的な事例といえよう(限定的ではあるが、7月より決済開始)。上海市の浦東新区と南匯区の合併も、金融機能と港湾機能を1つの行政区に集約させ、発展加速につながると期待されている。また、上海市政府は「上海市国際金融センター建設推進条例」を8月に施行し、金融センターとしての機能拡充(金融機関の誘致や情報網の整備など)を行政面から支援する姿勢を強めている。

■実現に向けての主要課題と他の主要都市への影響
 発展戦略成功の最大の鍵は、人材の確保であろう。とりわけ金融面では現在の従事者(約20万人)の数倍の人員が必要との見方が出ている。国際金融センターを目指すのであれば、規模に加え、質的な側面も重視される。医療保障や子弟の就学などで便宜を図り、優秀な人材を内外から招聘しようとしているが、直接的な措置にとどまらず、上海の都市としての魅力を総合的に高める取り組みも人材獲得には不可欠であろう。

水上運輸面では、洋山深水港の整備が喫緊の課題である。上海港は貨物取扱量世界一であるが、水深の浅さ等がネックとなり、近年は取扱量の伸び悩みがみられる。2008年は浙江省の寧波港(近隣の舟山港との合算値)の取扱量が上海港を上回った。このままでは、国際水上運輸センターの中心は上海市から浙江省に移る可能性がある。一部稼働中の洋山深水港の整備を急ぎ、上海市の港湾貨物処理能力を高めていかなくてはならない。

今後、中央及び上海市政府が協力して諸施策を適切に実施していくことが求められる。
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