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真の営業改革が進展するために 第3回 営業改革を進めるときの注意点

2008年03月01日 木下輝彦




前回は営業担当者を育成する組織的な取り組みについてお話を伺いました。最終回では、まず営業改革に着手する事前の注意点を教えてください。

 営業部門の業務は、マーケティング、セールス、アフターフォロー、さらには商品企画のアイデア出しまでと一人が担う領域がかなり広いのが特徴です。そのため担当者の関心によって問題意識が異なり、たとえば営業力という言葉について、セールスに関心が強い人は「営業担当者個人の能力だ」といい、またアフターフォローやマーケティングなどに課題を持っている人は「顧客情報に基づいた的確な組織的対応能力だ」と異なるイメージを抱きがちです。営業改革には数多くの人が関わるため、改革に着手する前に営業部門がどの領域で何をするのかといったことをはじめ、議論で使用する言葉などまで定義しておく必要があります。
 また営業改革を円滑に始めるには改革の旗振り役が必要です。本来は経営層が改革の旗手を担うべきですが、彼らには時として耳ざわりの悪い情報が届かず、それゆえ改革の必要性にさえ気づかないこともあります。
 そこで経営層よりもミドル層(課長・部長クラス)が自ら旗振り役を担う方が有効です。ミドル層は営業部門の課題も当事者として理解でき、また管理者でもあるゆえ、大局的に物事を捉えることができる立場にいます。したがって彼らが常に問題意識をもって部門の課題を見つけ出し、経営層に進言して改革の火付け役となって進めていく「ミドル・アップ・アンド・ダウン」方式のやり方がふさわしいのです。
 しかしミドル層というのは、部下の育成から品質管理まで社内のさまざまな業務に忙殺され"ミドル・アップ・アップ"の状態です。また行動を起そうとすると、「そんなにいきり立っても抜本的に変わらないのだから適当にやったらどうだ」という善意の同僚が山ほどおり、突出して動くこともままなりません。
 そこで経営陣の中で、現状に対し問題意識を持っている人を"改革のスポンサー"として探し出し、経営者をはじめ、他役員や他部門との調整を図ってもらうのです。ミドル・アップ・ダウン方式の成功には、このスポンサーを見つけられるかどうかが大きな鍵となります。
 さらに営業担当者の育成と同様、営業改革を営業部門だけで実現しようというのも難しい話です。今後、顧客から求められる付加価値の高い情報を提供するため、営業活動は開発・生産・物流部門との連携で行われていくべきです。部門間の合同会議体さえ持てば連携できるのではないかと思いがちですが、具体的な活動テーマを予め設定しておかないと、机上の議論に終始してしまい行動の伴った改革には結びついていかないでしょう。
 顧客との接点が多い営業部門から技術開発部門の製品開発に役立つアイデアを提案したり、生産部門に需要予測のヒントになる情報をもちかけたりと、部門共同で解決しなければならない具体的なテーマを投げかけて歩調を合わせ、営業改革に巻き込むという取り組みも必要です。

最優先課題は営業マネジメントの育成

営業改革の中で、最優先で取り組むべき活動は何でしょうか。

 それは営業のマネジメントを担う専門職の育成です。たしかに高度経済成長時代は、訪問件数や訪問時間によって売上がいくら伸びたかというシンプルな管理ですんでいました。そのため管理者も基盤顧客を担当しながら片手間でマネジメントを行うプレイングマネジャー制が主流でした。しかし現在のような成熟マーケット下では、顧客のニーズも複雑になり、付加価値の高い情報の提供が必要とされ、営業マネジメントの必要性が高まっています。しかも優秀なプレイングマネジャーというのは社内の重要な顧客を任され、その対応だけで手一杯です。そのような中で、従来の営業成績の管理の他、顧客にきめ細やかに対応できる部下を育成することまでプレイングマネジャーに担わせるのは不可能です。このような状況だからこそ、マネジャーの仕事に専念できる環境を作らないと、顧客の発言をどう評価するかということが知識として社内に残りにくくなります。



 一方、多くの企業の営業部門で共通して頭を痛めていることは、ベテランの営業所長の存在です。彼らは若い頃「気合で売ってこい!」と指示された世代であり、成熟マーケット下における営業マネジメントは学んだことも、体験したこともありません。精神論とネットワークで顧客との関係を築いてきたノウハウをそのまま部下に移転されても今の時代には通用しません。成熟マーケット下での管理方法を学ぶ中堅の若手管理者を営業所長に据えた方がこのような課題の打開にはつながります。ただしベテラン営業所長の処遇は考慮する必要があります。時代が変わったから今までの方法が通用しなくなったのであり、彼らの責任ではありません。その人たちを安易に切り捨てるようなことをしてしまうと「うちの会社は、人材を使い捨てにするのか」と、せっかく育成すべき若い営業担当者にとっても悪影響です。
 そこで、ある製薬メーカーは、一営業所あたりの人数をあえて減らし、営業所の数を倍にしてできた新しい営業所に中堅の専任の営業マネジメントを配置しました。組織が許容できる小さな範囲を設定して、そこに権限を移譲していく工夫をすることで改革への糸口へとしたのです。

小さな組織のマネジメントを任すこと以外に、営業マネジメントを育成する方法はありますか。

 別の製薬メーカーでは、若手営業担当者の育成のためにトレーナー制度を導入し、同時にこの制度の活用によって営業マネジメント層の育成にも成功しました。
 トレーナーは担当者の営業活動に同行し、その結果を所内のマネジメント層の会議で発表する一方で、会議のフィードバックと今後の営業活動の進め方について担当者とコミュニケーションを密にとるようにしました。
 その結果、マネジメント育成の点で2つの成果があがりました。1つは、営業担当者に営業戦略を意識させることができた点です。多くの企業に当てはまることなのですが、戦略が策定されても組織に浸透しにくいものであり、現場の担当者も特に意識しません。ところがこの方式ではトレーナーと密にコミュニケーションをとることで、戦略とは何か、その戦略を実行するにはどうしたらよいのかと営業戦略への担当者の理解が深まります。
 もう1つは、所内のマネジャー層がトレーナーの行う営業戦略の浸透策や部下の育成方法を体感できたことです。トレーナーが所内のマネジメント会議でフィードバックすることで、課題の解決方法や計画の立て方など自分が行ってきたマネジメント方法との違いを知ることができ、従来のやり方を見直す契機となりました。
 また成果があがった事例として、あるカーオーディオメーカーのチーム制の取り組みがあります。このメーカーでは、顧客である流通企業に対し、従来1社につき担当者1名で対応していました。ところが担当者は本来の業務である顧客との取引以外にも、買い物客が見やすい陳列棚にしてほしい、在庫を低減してほしい、アルバイトの商品知識を伸ばしてほしいなど、とても一人では対応できないほどのさまざまな要求を顧客から突きつけられるようになっています。そこで、このメーカーでは営業成績の良い人をチームリーダーに、若手営業担当者3名を加えた4名でチームを構成して対応することにしました。
 この施策の特徴は、リーダーとメンバーの目標や活動の役割を棲み分けた点です。業績の良い人をチームリーダーにし、顧客の課題解決のためにやるべきことをリストアップさせ、そして若手の営業担当者にリストの項目1つ1つを分担して活動しました。こうすることで顧客を満足させる方法を知っている優秀なリーダーのノウハウを、顧客のために何をしてよいかわからない担当者に伝授することができます。若手担当者の育成のみならず、総合的に顧客満足度を高めることができ、結果として1.5倍の売上増を実現できたのです。
 ただ、この改革方法にも課題はありました。それはチームリーダーが疲弊する点です。というのも、1人1社で活動していたのに比べ、チームになったことできめ細かく対応すべき顧客の数が増えたからです。またチームメンバーに対してリーダーがフォローする時間がかかります。そこでチームリーダーの在任期間を3年に限定しました。とりわけ実績を上げたリーダーは本社部門に異動し、全体の戦略作りを担当することにしました。このようにトレーナーのキャリアパスも考え、組織の継続的な活動にすることも重要です。

営業改革には組織変更が欠かせないのですね。

 たしかに企業が閉塞に陥ったとき、組織変更は現状を打破する有効な手段のひとつですが、目標や目的をきちんと設定しなければ抜本的な課題解決には至りません。まず戦略そのものを設定し、それに合わせて組織変更を行い、その目標を管理していく体制を整え、組織の中で働く人々の人事評価制度を変えるという4つの軸を全部探っていかなければ営業部門が変わるのは非常に難しいと思います。
 営業活動は日々さまざまな価値観の顧客と接触する非定型な業務であり、不確定な部分が多く存在するため、営業担当者には特に柔軟な思考法と対応力が求められます。しかし多くの営業担当者は過去に成果を上げたやり方に固執しがちであるというのが現実です。成功体験に依拠しやすい営業担当者の意識改革を促進させることが営業改革の成功には不可欠であるとすれば、営業改革推進者はマーケティング理論や組織論、管理論、人事評価などの実務的な知識だけでなく、哲学、心理学、教育学などの基礎的な素養を身に着けるべきなのです。
 営業改革にはこれさえやれば終わりであるという"究極の営業改革"は存在しません。小さな施策の1つ1つまでも諦めず、継続して行っている企業こそ順調な業績を維持し、成長し続けていけるのです。過去の成功体験や経験則に縛られ、言い訳をして改革に着手さえしない企業は、成長しないばかりか、いずれ存続の危機に晒されることになってもおかしくありません。このような認識の下、さまざまな部門と連携をとりながら営業担当者や営業マネジメント層の育成をはじめとした着実な取り組みを継続的に実践していくことが必要なのです。
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