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コラム「研究員のココロ」

CVS包括連携協定にみる競争マイオピア
~包括連携協定の理念実現に向けての提言~

2008年08月18日 段野孝一郎


はじめに

 多数の顧客に対して物品を大量に販売することで収益を獲得する流通業は、収益を最大化するために市場の最大公約数を占めるセグメントを対象としたマーケティングを実施せざるを得ず、本質的な差別化が難しい業態とされてきた。このような環境の中で競争を続けて来たこともあり、流通業各社では、競合の取り組みばかり近視眼的に注目し、顧客ニーズにはあまり関心を払わないという特徴(=競争マイオピア)が見られることが多い。その結果、流通業各社は競争相手ばかりに注目した同質化戦略を採用してしまいがちである。このような顧客不在の同質化戦略の帰結として、例えば価格競争の進展による低価格商品の恩恵に預かることが出来たという一面もあったが、顧客への提供価値を減ずる結果に陥った例も多い。本稿では、競争マイオピアに基づく表層的な同質化戦略がもたらす顧客価値の低減を、CVSの包括連携協定の動向を通して考察したい。

市場飽和を迎えたCVS市場

 コンビニエンスストア業態は、1974年にセブン-イレブンが豊洲1号店を開業して以来、爆発的な勢いで勢力を伸ばし、8兆円近い市場規模を誇るまでに成長した(図1)。しかし競争の激化による既存店売上高の低迷、新規出店余地の減少などの影響により、市場の成長性は鈍化しつつある。近年では、地方経済の落ち込みによる影響を、比較的経済の好調な都市部でカバーするという構図が続いてきたが、都市部での出店余地の減少ともに都市部頼みの経営は行き詰まりを見せ、地方部の売上にテコ入れせざるを得ない状況になってきた。

図1 国内CVS市場の市場規模
図1 国内CVS市場の市場規模
(資料)日経MJ2008/07/23「第29回コンビニエンスストア調査」



包括連携協定スキームの登場

 CVS各社が地方部での売上拡大を実現するために期待しているスキームが、自治体との「包括連携協定」である(図2)。包括連携協定とは、自治体とCVSが一体となって、地域に根ざしたサービスを地域住民に提供することを目指すものである(例として、セブン-イレブンと埼玉県の間で2008年6月に結ばれた包括連携協定の内容を表1に示す)。
 包括連携協定における各ステークホルダーのメリットは以下の通りである。まずCVSは地域特産商品の開発・販売により地産地消を実現することができ、安全・安心な商品を通じた生活者への価値提供を行うことができる。次に地域密着型のマルチ・チャネル(商品を提供するだけでなく、地域観光情報など情報の提供チャネルとしての機能も担う)としての認知度を高めることで、地域の「ポータル」として地域住民の生活に対する密着力を高めることができる。自治体は、CVSという極めて利便性の高いチャネルを活用することにより、高い住民サービスを提供することが可能になる。さらに有名なCVSチェーンと地産地消の取り組みを進めることにより、これまではなかなか成功してこなかった「地域特産商品」の知名度を向上させることが可能であり、それが地域の農林漁業の活性化につながるという期待もある。顧客(=地域住民)にとっては、安心・安全な地域生産商品を入手でき、さらに生活が豊かになる、というメリットがある。まさにWin-Win-Winなスキームである。

図2 包括連携協定のスキーム
図2 包括連携協定のスキーム



表1 包括連携協定のおける取組項目事例
表1 包括連携協定のおける取組項目事例
(資料)セブン-イレブン社のプレスリリースより日本総合研究所作成



包括連携協定にみる競争マイオピア

 包括連携協定は、2003年8月にローソンと和歌山県が協定を結んだことに端を発している。和歌山県との初の協定締結から4年余りは、ほぼローソン1社のみの取り組みだったが、2007年からは他社も相次いで取り組みを本格化させ急速に締結数を拡大している(図3、表2)。
 包括協定のパイオニアたるローソンは、戦略として「地域密着型の店舗運営を行う」ことを宣言している企業である。既存のCVSチェーンでは考えられなかった「地域別価格」を他社に先駆けて導入したり、今後の主要ターゲットとして高齢者を打ち出すなど、従来型のマス・マーケティングからの脱却に最も意欲的な企業でもある。実際、生鮮コンビニ「九九プラス」の買収による生鮮食品への取り組み強化、高齢者向け商品を揃えた新業態「ローソンプラス」による地方在住高齢者への配慮など、生活者視点に立った施策を次々に打ち出している。包括連携協定への積極的な取り組みも、この戦略の一環として実施しているとみるべきだろう。
 一方、包括協定分野に遅れて参入したセブン-イレブンとファミリーマートは、従来通りのドミナント戦略を推進している。その一環として地域特性を織り込んだ商品開発などにも取り組んでいるが、その競争力の源泉は、店舗数の拡大によるバイイング・パワーの強化と、それを背景にしたメーカーとのチーム・マーチャンダイジングに拠るところが大きい。ターゲット顧客にしても、ようやくCVSのメイン客層である20~30歳代男性客以外の顧客として、働く女性や団塊世代といった概念が登場してきたが、いまだその軸足はマス・マーケティングにあると言ってよいだろう。このことを考慮すると、包括連携協定への取り組みは、包括連携協定によってもたらされる利益を、ローソン1社に独占されないがために行われているものと理解することが出来る。
 すなわち、ローソンの包括連携協定に対する取り組みが、自社の戦略(=地域密着型の店舗運営)とターゲット(=高齢者)に合致したものであるとするならば、後発の2社の場合は競争マイオピアに基づいた同質化戦略と捉えることが出来よう。

図3 包括連携協定導入の状況
図3 包括連携協定導入の状況
(資料)各社プレスリリースより日本総合研究所作成
(注)1府県で2社以上と契約を締結する場合は2契約などとカウントして集計



表2 3大チェーンにみる包括連携協定締結の動向
表2 3大チェーンにみる包括連携協定締結の動向
(資料)各社プレスリリースより(株)日本総合研究所作成



競争マイオピアがもたらす課題

 古典的な競争戦略論に従えば、マーケット・リーダーたるセブン-イレブンが同質化戦略を取ること自体は間違いではない。チェーンオペレーションやマーチャンダイジングに秀でる同社の参入により、価値競争が促進され、ローソン1社のみがサービスを提供する場合に比べて、より高い価値提供が可能になるとも考えられる。
 しかし、包括連携協定のように、複数の施策を内包する戦略を表層的に模倣してしまうと、各施策への力点の置き方までは模倣しきれないため、正しい価値競争が期待できない場合が生じる。元々の戦略が意図していた提供価値とは別の提供価値を巡って競争が起こり、本来もたらされたはずの顧客価値が減少してしまうことが起こりうるのである。
 セブン-イレブンとファミリーマートの例で考えると、ドミナント強化のためのマーケティング戦略や商品開発に包括連携協定を生かすということは十分に考えられるが、果たしてその延長線上で、包括連携協定の謳う「高齢者支援」や「地域振興」に資する取り組みは可能だろうか。表層的な同質化に留まってしまえば、各施策における力点の置き方が変わってくることも十分にあり得るのではないか。
 包括連携協定において自治体側が期待する内容では、地域振興に関することはもちろんのこと、地域住民サービスの向上も同様に重要である。地域住民にとっても、CVSのような流通チャネルによって地域住民サービスの向上が図られることは、歓迎すべきことである。包括連携協定の本質は、自治体と流通業が協力して、地域住民サービスの質の向上を担うことにあるのである。
 しかし、前述したような競争マイオピアに基づいて包括連携協定が捉えられているとすると、包括連携協定を結ぶこと自体が目的化してしまう可能性もある。その結果、自社の戦略と合致したマーケティングや商品開発の分野、具体的には「地域特産商品の開発」などの限られた分野にリソースが集中的に投入され、自社の戦略やターゲットと整合性の少ない「地域住民サービスの向上」といった理念がないがしろにされる可能性も生じうる。

包括連携協定の理念実現に向けて

 もちろん、包括連携協定における協定内容をどこまで遵守するかは各社の判断に委ねられている。セブン-イレブンとファミリーマートが商品開発分野での連携に留まったとしても、最終的な取り組みの成果は顧客が判断するべきことでもある。
 しかし、包括連携協定の本質は、地域住民サービスの向上にこそあるはずである。であるならば、少なくともこのような取り組みにおいては、あくまでも顧客起点に立脚し、顧客価値の最大化を目標とするべきではないだろうか。
 地域住民の視点に立ってみても、3社がそれぞれの方法で地域住民サービス向上の取り組みを実施する方が、地域住民の受け取る価値は間違いなく向上するはずである。各社とも包括連携協定の本質(=地域住民サービスの向上)を忘れることなく、充実したサービス提供に励んで頂きたい。一方、地域住民の方々も、競争マイオピアに陥りやすいという流通業の特性を理解し、各社によって協定の内容が遵守されているかどうか、継続的にウォッチをしていく必要があるだろう。
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