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コラム「研究員のココロ」

排出権とお金の話<後編>
~その価格構成と取引実態~

2008年08月04日 三木優


(7/28公開の前編より続いております)

2. 排出権とお金の流れ

 排出権とお金の流れについて解説する前に、排出権の組成・取引に関しての基礎的な事項を確認しておきたい。
  • CDMプロジェクトは、実施されなければ、排出権は獲得出来ない。

  • CDMプロジェクト実施者は、プロジェクトの実施に際して事業計画書を作成している。その際、事業計画書作成時の排出権価格などを参考に設定した、期待排出権価格(例えば10ユーロ/t-CO2)を追加的な収入として計上した事業収支を算定している。したがって、プロジェクトは企画段階にて、期待排出権価格によるスクリーニングを受けており、排出権収入があったとしても事業性が低いプロジェクトは、実施されない。

  • 排出権は、基本的にCDMプロジェクト化に必要なコスト(事業計画書作成費用・国連登録費用・モニタリング費用・第三者による検証費用など)を負担した主体に所有権があり、通常は途上国のプロジェクトオーナーや排出権を必要としている需要家、転売にて利益を狙っている先進国企業(商社・ファンド・プロジェクトデベロッパーなど)である。

  • 排出権(CER)価格には「先物」と「現物」がある。
    • 「先物」とは、CDMプロジェクトの計画段階において売買契約を結ぶものであり、排出権が発行されないリスクがあるが、売り手には利益が確定するメリットがあり、買い手にはリスクに応じて安く排出権が買えるメリットがある。

    • 「現物」とは、国連より発行された排出権であり、発行リスクがないため「先物」と比較して高値で売買されている。売り手には「先物」で売るよりもリスクに応じて利益が増大するメリットがあり、買い手には価格が高くなるものの確実に必要な量の排出権が入手出来るメリットがある。EU-ETSにて取引されている排出権(CER)は「現物」である。

    • 日本の買い手は、通常は「先物」の排出権を購入している。今後、第一約束期間においては排出権の発行が進むことから、「現物」の売買が増加していく可能性がある。


以上のような前提をふまえた、現状の日本における排出権(CER)取引実態を以下に示した。

日本における排出権(CER)取引実態

※上記は以下の仮定・前提にて説明している
・先物の排出権の価格:12ユーロ=1,980円
・現物の排出権の価格:18ユーロ=2,970円
・為替レート:1ユーロ=165円
・排出権需要家が、自らCDMプロジェクトに参加するケースについては記載していない


 日本における排出権の需要家は大きく分けると以下の3種類となる。
(1)規制・義務的需要家経団連・自主行動計画において、多大な温室効果ガス排出削減を約束している電力・鉄鋼と京都議定書における削減義務を負っている日本政府
(2)非規制・義務的需要家自社排出分を対象としたカーボンオフセットの実施企業や商品を対象としたカーボンオフセットを実施する企業
(3)カーボンオフセットプロバイダー非規制・義務的需要家や一般消費者などに、カーボンオフセットサービスを提供する企業

(1)規制・義務的需要家(電力や鉄鋼・日本政府)の場合の排出権とお金の流れ
 規制・義務的需要家は、大半の排出権をCDMプロジェクトオーナーから購入している。前提でも述べたように、「先物」にて安い排出権を中心に購入しており、日本の商社や途上国のオーナー、メーカー・エンジニアリング会社からの購入量が多い。その他では、共同購入型のファンドや邦銀:メガバンクの仲介による購入もある。
 現状では、利益狙い型ファンドや外銀など「先物」で仕入れて国連からの発行を待ち、「現物」として高く売ることを目的としているような売り手からは、ほとんど買っていないと見られている。

(2)非規制・義務的需要家(カーボンオフセット実施企業)の場合の排出権とお金の流れ
 カーボンオフセットを実施する場合には、排出権を使う必要があるため(参考:地球温暖化・排出権FAQ)、「現物」の排出権が必要になる。現在、日本において「現物」の排出権を購入する方法は2種類ある。
 ひとつめは、信託銀行が提供している信託機能を活用して、排出権を購入する方法である。特徴としては、1,000t-CO2程度から購入が可能であること、価格は世界的な排出権価格に一定の信託報酬=手数料(図中の+α)を加えたものであるため価格の透明性が高いことが挙げられる。ある程度の手間をかければ、専門的な知識がなくとも、世界の売り手から直接、排出権を購入することが可能となっている。
 ふたつめは、カーボンオフセットプロバイダーから、排出権を購入する方法である。カーボンオフセットプロバイダーについては、(3)のところで改めて説明するが、多くのカーボンオフセットプロバイダーは、上述した信託銀行を通じて排出権を購入し、カーボンオフセットサービスを提供している。買手側としては、価格は高いものの排出権の管理や使用を外部委託できるメリットがある。ただし、この場合は、排出権はカーボンオフセット実施企業には移転されず、カーボンオフセットプロバイダーが発行する証明書などが交付されるため、排出権とお金の流れが分離され、第三者から見ると分かりにくい可能性がある。

(3)カーボンオフセットプロバイダーの場合の排出権とお金の流れ
 カーボンオフセットプロバイダーは、カーボンオフセットを実施したい企業や一般消費者向けに1t-CO2単位からカーボンオフセットサービスを提供する企業である。カーボンオフセットプロバイダーは、数千~数万t-CO2の「現物」の排出権を信託銀行などを通じて購入しており、それに1,000円/t-CO2程度のコスト・利益を上乗せして販売している。
 カーボンオフセットプロバイダーを利用するメリットはその手軽さであり、Yahoo! Japanのサイトのように、一般消費者が手軽に取り組めるところにある。また、カーボンオフセットを実施したい企業にとっても、京都メカニズムの理解や信託契約など、手間のかかりそうなことをせずに済むので、敷居が低いと言える。
 通常、カーボンオフセットプロバイダーは、カーボンオフセットサービスを提供し、排出権を企業や一般消費者に引き渡さない。そのため、カーボンオフセット証明書や証明マークなどを発行し、擬似的にカーボンオフセットの実施を証明している。これについては、証明書・証明マークの信頼性を高めるために共通して利用出来る証明マークの制定などが考えられている。

3. 今後の課題

 今回は、排出権の価格決定の仕組みから、日本における排出権取引の実態を解説し、排出権とお金の流れを概観した。排出権取引は、見えない権利の売買という性質上、実態が理解されにくい。排出権の為に支払われたお金が、排出権収入を前提として、事業・制度リスクを取ってCDMプロジェクトを実施した人々に支払われていることや排出権取引には様々な人々が関わっており、その流通形態によって価格も変わってくることなど、本稿が、少しでも排出権と排出権取引、カーボンオフセットを正しく理解するための一助となれば幸いである。
 また、我々のようなコンサルタントだけでなく、実際に排出権の販売やカーボンオフセットを提供する企業は、排出権に関する情報について、積極的に情報公開・発信を進めていくべきである。単にウェブサイトを作り、プレスリリースなどでカーボンオフセットの実施を告知して終わりとするのでなく、店頭において一般消費者にカーボンオフセットについてわかりやすく説明するなど、受け身でない取り組みにより理解の促進に努めるべきである。
 排出権やカーボンオフセットの仕組みは、なかなか理解しにくいものであることから、ある程度の理解が進まない場合には、日本におけるカーボンオフセットが一過性のブームに終わってしまう懸念もある。カーボンオフセットを単なるブームに終わらせないためにも、排出権・カーボンオフセットに関して、各々の企業のレベルに応じた情報公開・発信を強く意識付けしていくことが、これからの課題である。
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