2020年。今から11年後というと近いようで遠いけれども、20年後、50年後と比較すれば、現在の延長線上とも感じられる微妙な長さである。温室効果ガス排出削減に関する議論では、2012年の次は、この「2020年」がマイルストーンになっており、2020年までに先進国や一部の途上国において、どの程度まで温室効果ガス排出量を削減するかが、京都議定書の第一約束期間(2008~2012年)に続く、2013年以降の温室効果ガス排出削減の枠組み(以下、「次期枠組み」とする)を構築する上での最大の論点となっている。
この次期枠組みについては、2009年末までに決定することになっている。しかし、京都議定書のルール上、議定書を改定するためには半年前までに、正式な改定案を締約国に示さなければならないため、次期枠組みに関する正式な交渉ペーパーは、6月に開催される交渉会議にて提示される必要がある。したがって、日本政府としては、6月までには2020年における日本の温室効果ガス排出量目標(以下、「中期目標」とする)を決定しなければならない。
日本の中期目標については、首相官邸に設置された「地球温暖化問題に関する懇談会」の「中期目標検討委員会」にて議論されており、2008年11月以降、毎月1回のペースで開催されている。2009年1月23日に開催された第3回委員会では、地球環境産業技術研究機構(RITE)や国立環境研究所(国環研)などが実施した、いくつかのケースにおける削減可能量・コストなどの試算結果が示された。これらは、一定の条件を仮定したモデル分析ではあるが「日本がある削減目標を実現する場合に、どの程度のコストが必要で、それがどのような形で社会に影響を与えるのか」が示されている。
今回は、中期目標検討委員会にて示された2020年の「削減可能量とコスト」を用いて、それらが企業の経営にどのような影響を与えるのかを具体的に分析する。
1.日本の中期目標はどの程度か?
中期目標検討委員会の資料に示された試算・分析は、中期目標検討委員会があらかじめ設定した「複数の選択肢」の中からいくつかを選択して実施されたものである。実際にモデル分析が行われた主な選択肢は以下の通りである。
これらの分析結果をまとめたものが、以下に示した「各選択肢候補のエネルギー起源CO2排出量のだいたいの比較」である。これを見ると、「EU目標の1990 年比-20%」と「需給見通し最大導入ケース(注1)(1990 年比-3%・2005年比-14%に相当)」と「限界削減費用(注2)100ドル」は、ほぼ同じ削減コスト水準となっている。
これらの比較や以下の点をふまえると、日本の中期目標は、最大導入ケースに近い水準になる可能性がある(注:あくまで筆者の想定であり、中期目標検討委員会としての議論・結論の結果ではない)。
- 中期目標検討委員会の委員であり、今回のモデル分析を行ったRITEの茅 陽一副理事長が「衡平性、実行可能性ないしコストの2つの面から考えて、日本のCO2削減率は1990年比数%程度が妥当で、せいぜい10%減が限界であろう」とコメント
- 資源エネルギー庁の需給見通しにおいて設定した、最大導入ケース(吸収源・排出権利用を前提とした、京都議定書の目標に換算すると1990 年比-14%に相当する)が、削減コスト水準としては、他の先進国提案と比較しても十分な水準である事
そこで本コラムでは、中期目標が最大導入ケースになる前提で、以下の分析を行う。
2. 最大導入ケースが描く2020年の世界
最大導入ケースについては、どのような社会になるのかのイメージが、資源エネルギー庁のWEBサイトにて公開されている。最大導入ケースを実現するためには、2020年までに52兆円の社会負担が必要としており、そのハードルは非常に高い。これらの資料には、対策と大枠での費用は示されているものの、費用と負担主体がリンクしていないため、最大導入ケースが実現したときに、企業の経営にどの程度の影響を与えるか、わかりにくいものとなっている。
今回のモデル分析では、RITEと国環研が、最大導入ケースの場合に、どのような方法によってCO2排出量が減少するのかを分析している。
上記二機関の分析結果に差はあるものの、発電部門における燃料転換・発電効率の向上(=電力排出係数の低下)が大きく寄与することが示されている。したがって、中期目標の実現に向けて対策を実施する場合、発電部門における対策に重点が置かれ、その対策費用は、電気料金を通じて、企業や家庭に再配分されていくと考えられる。
3.電気料金の上昇による経営への影響
では、一体、電気料金はどの程度上昇するのか。今回のモデル分析では、最大導入ケースを実現すると1t-CO2あたりの限界削減費用は100ドルを超えることが示されている。最大導入ケースにおいて、仮に半額の50(≒4,500円)ドル/t-CO2を平均削減費用とし、現状の日本の電力の排出係数を0.4kg/kWhとした場合、これを0.2 kg/kWhに引き下げるためには、0.9円/kWhの費用が必要となる。この費用増加が、そのまま電気料金に転嫁された場合にどのような影響があるか、具体的な企業・業態を取り上げて分析した。
- パナソニックの年間消費電力量は34.2億kWhであり、費用増加額は年間30.8億円になる。単独での純利益の減少率は3.0%となる(出典:パナソニック公表資料より算定・消費電力量・純利益は2007年度)。
- 消費エネルギーの大半が電力のコンビニエンスストアは、1店舗あたり年間169,000kWhの電気を消費しており、費用増加額は年間15.2万円となる。平均的な店舗の年間利益を1,000万円とすると減少率は1.5%となる(出典:セブンイレブンジャパン公表資料および日本フランチャイズチェーン協会資料等より算定・電力消費量は2006年度)。
この結果を見て、思ったより影響が小さいと感じられた方が多いのではないだろうか。しかし、今後、世界的なエネルギー需要の増大により、長期的にはエネルギー価格自体が値上がりしていくとすると(注3)、この温暖化対策コストに価格上昇が上乗せされることになり、経営への影響は大きなものになっていくと考えられる。中期的な視点に立って、自らの温暖化・エネルギーリスクを分析して、少ないエネルギーで生産・サービスを提供することは、利益を出していく上で重要性を増していくと考えられる。2020年、あなたの会社はきちんと利益が出せますか?
注1 需給見通し最大導入ケース:
2008年に改訂の長期エネルギー需給見通しにおいて設定された、日本における最大限の省エネルギー・省CO2のケース。
注2 限界削減費用:
ある削減水準を実現するために必要となる対策について、1t-CO2あたりの最大費用を示したもの。例えば、限界削減費用が100ドルの場合は、100ドル/t-CO2までの費用が必要な対策を全て実施することを意味している。
注3 エネルギー価格の上昇
国際エネルギー機関(IEA)では、最新の予測として、今後は原油価格が上昇し続けるとしている。具体的には2010年:107ドル、2015年:120ドル、2020年:148ドル、2025年:175ドル、2030年:206ドルになるとしている。これに伴って、他のエネルギー価格も上昇すると考えられている。