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水を巡る危機と新たな官民協働の姿

2008年08月19日 中村恭一郎



この1ヶ月間、全国各地で酷暑が続いています。また、バケツの水をひっくり返したような豪雨に見舞われる地域もあれば、記録的な小雨により平年の1割しか雨が降らなかったという地域もあり、「今年の夏もなんだかおかしいぞ」と感じていらっしゃる方も多いのではないでしょうか。周囲を海に囲まれた海洋国家日本にとって、貴重な淡水を供給する雨はまさに天からの恵みと言えます。というのも、地球はしばしば水の惑星と呼ばれますが、地球上の水の97.5%は海水であり、私たち人間の使える水は、実は、1%も存在していません。私たちが生活していく上で欠かせない飲料水、生活用水、農業用水、工業用水などは、全てこの1%にも満たない資源から作り出されています。そして、環境問題と言えば地球温暖化と見なされがちな現状に隠れて、水を巡る世界的な危機が顕在化しつつあります。

国連とWHOの調査によれば、地球上でまともな飲料水にアクセスできない人が10億人以上いるとされています。また、下水道設備の不備から非衛生的な環境で水を利用している人が25億人以上いるとされています。その結果、水に関連する感染症で実に年間500万人以上の人が死亡しているのです。上水道の普及率がほぼ100%に達し、排水処理も衛生的に行われている日本で生活していると、このような水を巡る危機に対してはなかなか実感が湧かないのではないでしょうか。しかし、違った角度から見てみると私たち日本人にも差し迫った危機が存在しているのです。それは、世界各地で発生している水を巡る争いです。中近東・アフリカ地域など「水が少ない」というイメージを持ちやすい地域のみならず、北米・中南米・アジアも含めた世界中で水の所有権や配分を巡る争いが生じています。こうした争いにより局地的な水不足が生じる事態となれば、大量の食料輸入で間接的に水を利用している日本は、深刻な影響を受けることとなります。

しかし、悲観的な話ばかりでもありません。こうした水の危機を新たなビジネス・チャンスとして捉え、先進技術で解決への取り組みをリードしているのが日本企業です。例えば、海水を淡水化し飲用・農業用などに利用する海水淡水化技術では、用いられるRO膜の60%以上が日本製です。海水淡水化時に同時に発電を行う技術や排水処理プラントの運転保守管理などでは、大手総合商社が先導役となり中国・中近東ほか様々な地域で活躍しています。また、国内マーケットに目を向ければ、より安全な水を作るための紫外線殺菌技術なども注目を集めつつありますし、よりおいしい水を作るための高度浄水処理分野でも、日本の技術は世界をリードしています。こうした技術の力に加えて私が注目しているのは、日本の自治体水道事業体が保有するオペレーション・ノウハウです。

北九州市水道局では、国やJICA、民間企業との協力の下で「カンボジア水道事業人材育成プロジェクト」を実施しています。カンボジアでは、内戦が終息した1991年以降「国民の水へのアクセス」を復興のための最重要課題として掲げており、日本や世界銀行の資金援助により施設整備を行ってきましたし、日本企業が保有する技術も積極的に取り入れられてきました。ところが、それらの施設を使いこなせるだけの人材・ノウハウが育っておらず、水質の悪化や漏水の発生などが断続的に発生しています。主要地方都市の水道普及率は平均で40%程度に留まっており、24時間給水の実施に至っていない状況にあります。こうした状況を改善するため、2~3年の期間で水道局職員を派遣し水質管理や施設維持管理の直接指導を行うと同時に、日本での研修員受入や研修用機材の供与なども行うという大規模なプロジェクトが立ち上げられたのです。現在は地方都市を対象とするフェーズIIが行われているそうですが、これに先だって首都プノンペンを対象に行われたフェーズIでは、飲料可能な水を24時間給水することが可能となり、水分野の国際協力事業における成功事例としてカンボジア・日本の両政府から高い評価を得ています。

このプロジェクトで注目すべき点は、民間企業が保有するハード面での技術と、自治体水道事業体が保有するソフト面でのノウハウとが、一体となって海外で花開いたということにあります。これまで業務のアウトソーシングや民営化に終止しがちであった水分野の「官民協働」に、新たな方向性が加わったのです。また、このプロジェクトでは現職の自治体職員が役割を担っていますが、そこに退職職員を活用するということも可能でしょう。自治体水道事業体でも定年を迎える職員の大量退職が課題の一つとなっていますが、こうしたプロジェクトの現場で定年を迎えた方々が活き活きと第二の人生を送ることが出来るならば、高齢化社会を明るいものにする一方策となるのではないでしょうか。

※eyesは執筆者の個人的見解であり、日本総研の公式見解を示すものではありません。
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