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コラム「研究員のココロ」

温暖化対策の普及啓発のあり方を再考する

2007年08月06日 佐々木努


 1997年12月に第3回気候変動枠組条約締約国会議(COP3、京都会議)が開催され、先進国に温室効果ガスの削減を義務付ける京都議定書が採択された。今年は、この歴史的な会議から10年を迎える節目の年であり、さらにその京都議定書が定める削減期間(第一約束期間)を目前に控える年でもある。
 本稿では、まず新聞記事を通じて、この10年の間に世の中の温暖化に関する意識がどのように推移してきたのかをレビューする。さらに、そこから温暖化対策と報道との関係について論じてみたい。

1.地球温暖化への関心は確実に高まっている

 新聞記事などの情報検索データベース(日経テレコン)を用いて、1987年から2007年の過去20年間で地球温暖化に関して、どのような記事がどの程度掲載されてきたのかを概観する。調査方法は図表1に示すとおりである。

図表1 新聞記事検索の概要
図表1 新聞記事検索の概要



図表2 5大紙における「地球温暖化」記事の掲載数の推移
図表2 5大紙における「地球温暖化」記事の掲載数の推移
(出所)筆者作成



 図表2に「地球温暖化」のキーワードで検索した記事数の推移を示した。1987年に5紙合わせて年間2件のみの掲載であったものが、2005年には2,203件にまで増加している。これは、1紙あたり一日平均1つの温暖化関連の記事が掲載されていることを意味している。また、2007年は記事数が急増しており、1月から6月末までの半年間で前年の年間記事数とほぼ等しい1,988件に達している。
 記事数の推移を詳しく見ると、世界的に地球温暖化に関する議論が始まった1990年前半から一般紙にも記事が掲載され始め、COP3が開催された1997年に記事が爆発的に増加した。その後一旦落ち着くものの、米国が京都議定書の枠組みからの離脱を表明するとともに、CDMや排出量取引など京都メカニズムの骨格について一定の合意(マラケシュ合意)がなされた2001年に再び記事数が増加している。さらに、京都議定書が発効した2005年には、これまでの掲載記事数のピークを迎えている。
 そして今年2007年は、京都議定書に定められた削減期間(第1約束期間)を目前に控え、政府、企業などの取組みが活発化していることや、サミットにおいて地球温暖化問題が取り扱われ、「2050年までに50%削減する」という長期目標が発表されるなど、地球温暖化を巡る動きが慌しくなっている。そのため、これまでの20年間で例を見ないほどの地球温暖化関連の記事が連日紙面を賑わせるに至っている。

2.取組みが広がる施策と広がらない施策

 ここでは、地球温暖化に関するいくつかの取組みについて取り上げ、その広がりを検討してみる。なお本稿では、新聞記事の掲載数が取組みの広がりを表すものと仮定して検討を行うこととする。
 まず、「クールビズ」を例にあげる。図表3のように、「クールビズ」は、実施初年度の2005年から1,613件の記事が掲載されている。その後、初年度に比べると露出は少なくなったものの、年に600以上の記事が掲載されており、「国民運動」と呼ぶに相応しい掲載頻度を保っていると言えよう。

図表3 5大紙における「クールビズ」記事の掲載数の推移
図表3 5大紙における「クールビズ」記事の掲載数の推移
(出所)筆者作成



 次に、「エコバッグ」と「環境家計簿」を例にあげる。「エコバッグ」とは買い物袋のことで、レジ袋の有料化が開始されたこともあり、最近注目されているエコグッズの1つである。「環境家計簿」とは、日常生活の中でどの程度の温室効果ガスを排出しているのかを簡易的に計算することの出来るツールである。通常の家計簿のように光熱費や水道代、ガソリン代などを記入するだけで算出できるよう工夫されていることが多い。多くの自治体や企業が、環境家計簿の取組みを地球温暖化対策に関する普及啓発活動の入り口として位置付け、実施してきた。
 では、それぞれのキーワードの新聞記事での掲載件数の推移はどのようになっているのだろうか。図表4にまとめて示した。「エコバッグ」は2007年度に入って掲載数が急増しており、ブームを引き起こしていることが分かる。有名デザイナーのイラスト入りのものやカラフルで小さく折りたためるものなど、ファッション性の高いものも数多く製品化されており、量販店などでは特別コーナーが設置されるほどの人気を博している。一方、「環境家計簿」は、この10年間でなだらかな減少傾向にあり、かつ一度として掲載頻度が急増することがなかった。長年にわたって実施されてきたが、これまで大きな脚光を浴びてこなかったことが分かる。

図表4 5大紙における「エコバッグ」と「環境家計簿」記事の掲載数の推移
図表4 5大紙における「エコバッグ」と「環境家計簿」記事の掲載数の推移
(出所)筆者作成



 図表2では、過去に例を見ない数の記事が掲載されていることから、地球温暖化への関心が高まっていることを示し、図表3では、メディアへの圧倒的な露出度から「クールビズ」が国民運動となっていることを確認した。また、図表4では国民が取組める対策という意味で「エコバッグ」と「環境家計簿」を取り上げ、「エコバッグ」がブームとなっている一方で、「環境家計簿」に関してはブームが訪れたことはなく、取組みが未だ広がりを持てずにいることが推測された。
 地球温暖化への関心が高まる中で、取組みが拡大する施策とそうでない施策が生まれるのはどういう理由なのだろうか。その取組みが分かりやすいものであるかどうか、ビジネスに繋がるものであるかどうか、など様々な要因が存在するだろうが、本稿では施策と報道の関係からその原因を検討してみたい。

3.「普及啓発のための報道」ではなく「報道による普及啓発」が肝要

 ここでは、「報道による普及啓発」と「普及啓発のための報道」というものを定義し、その違いが取組みの広がりに差異を与えていることを述べ、これからの温暖化対策の普及啓発のあり方を示したい。

●「報道による普及啓発」とは
 「クールビズ」については実施初年度から大量の記事の掲載があったこと、「エコバッグ」については今年に入って記事掲載数が急増していることから、それらの取組みに火がつき、広がった取組みが更なる取組みの拡大に繋がるという好循環を生んだことを想定させる。すなわち、これらの取組みでは報道を手段として用いて普及啓発を成功させる「報道による普及啓発」が実践されているのだ。
 この「報道による普及啓発」が実践されるためには、2つの要素が必要であると考える。まず1つ目は、「取組み拡大を妨げるボトルネックを解消するための仕組み」である。もう1つが「ある程度以上の報道量」である。「クールビズ」の例で言えば、これまでのビジネス界の常識(夏でも上着+ネクタイ)を経団連トップからの率先した呼びかけで変えていくという仕掛けが前者にあたり、首相や大臣、アパレル業界を巻き込んだPR活動が後者に相当する。これら2つの要素が揃わなければ「クールビズ」の成功はなかったと考える。

●「普及啓発のための報道」とは
 では次に、「環境家計簿」を例に「普及啓発のための報道」を考えてみよう。多くの自治体では、環境への意識を向上させるために、「環境家計簿」というツールを用いることを政策に掲げ、その利用促進を図ろうとしてきた。では、その成果はどうであろうか。図表4で見たように、毎年一定量の「環境家計簿」に関する記事が掲載されていることから、「ある程度の環境家計簿の取組みが実施されている」ようにも読み取れる。しかし、「クールビズ」や「エコバッグ」のように取組みの拡大が連鎖的に生じていく「報道による普及啓発」の段階に至っておらず、(少なくとも掲載記事数の上では)取組みの広がりにつながっていない。では、これはどう解釈すべきなのだろうか。
 上記の「報道による普及啓発」の実践に必要な2つの要素を勘案すると、「環境家計簿」については、ボトルネックを解消する要素が決定的に欠けていたと解釈できないだろうか。環境家計簿への参加はボランティアが基本であり、実施の動機付けや機会の創出に工夫が足りないように思える。このような点について十分に検討しなければ、新聞に記事が掲載されたとしても、その取組みは広まらない。政府や自治体が温暖化対策を普及啓発する際には、広報誌やマスコミを通じたPR方法を検討することが主であり、ボトルネックを解消する方策までをセットとして検討することが少ないのではないか。普及啓発を報道と短絡的に結びつけ、「普及啓発のための報道」で「事足れり」としてきたと言える。

●これからの温暖化対策の普及啓発のあり方とは
 従来の環境分野における施策の普及啓発の場面では、行政自らはその取組みの広がりにまで積極的に関与してこなかった。「普及啓発」という言葉がある種の隠れ蓑となり、責任の所在が曖昧にされてきたのではないか。こうした「普及啓発のための報道」で満足するのではなく、「報道による普及啓発」を目指すべきである。 COP3から10年を迎え、温暖化に関する意識が高まった今、改めて温暖化対策における普及啓発について見直してみる必要があるのではないだろうか。

以上

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