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コラム「研究員のココロ」

役員退職慰労金についての雑感<前編>
~あなたの会社では、まだ、役員退職慰労金を払い続けますか?~

2008年02月04日 三宅光頼


 2008年、初頭の日経新聞(2008年1月7日付)で、「昨年2007年の1年間で、役員退職慰労金を廃止し、ストックオプションによる自社株支給を行う企業が、昨年一年間だけで4割増加し、158社になった」との報道がなされました。昨年までに、上場企業約4000社のうち、役員退職慰労金を廃止した企業は4割を超えたとも言われています。
 経営を担う取締役に対して、成果主義の徹底が進んでいます。特に、業績に関係なく支払われる役員退職慰労金のあり方や、会社ぐるみの偽装・粉飾といった不正行為に対する責任追及は当然ですが、バブル崩壊以降、業績不振にもかかわらず多額の退職慰労金を手にして退任していく役員についても批判が増加しています。
 一般に役員退職慰労金を廃止する理由として下記のような背景があるといわれています。

(1)従業員に成果主義人事や実力主義賃金が徹底される一方で、役員の処遇が年功的な企業が多く、業績追及も不徹底であること。
(2)バブル崩壊以降の長期の業績低迷、時に無配が続いているにもかかわらず、役員はなんら経営責任を取ることなく、多額の退職慰労金を得て退任していくこと。
(3)株主経営が実践できていない企業に対して、コーポレート・ガバナンスの観点から、機関投資家による投資先の選別が展開されていること。特に、物言う株主として外資の機関投資家の発言力が増加していること。
(4)会社法等の改正に伴い、役員の任期を1年に短縮する企業が増加。それに伴い、役員の報酬を短期で精算する方式に転換する企業が増加し、役員退職慰労金のメリットが薄れてきたこと。
(5)そもそも役員の報酬が、業績に関係なく定時定額払いで固定されている一方、業績となんら関係なく増加する退職慰労金制度自体に批判があること。

 本コラムでは、これら近年の役員退職慰労金廃止の動向を踏まえ、筆者なりの雑感を交えて、役員報酬のあり方を考えてみたいと思います。

1.企業業績と役員報酬

 まず、企業業績と役員報酬の関係をみてみましょう。
 図1は、1985年 プラザ合意からバブル崩壊後、2005年までの企業の経常利益(企業の本業の儲け)の額と率の推移をグラフにしたものです。グラフから分かるように、すでにバブル崩壊前の額と率を回復し、上昇傾向にあります。当然、こうした背景には多くの規制緩和と内需拡大のための資金投入(国債)、ジャスダック、東証マザーズや大証ヘラクレスといった新興市場の創設、金融商品の多様化などの内的要因と、BRICs、ネクスト11の拡大成長、欧米ファンド、中東オイルマネーの日本市場への流入など外的要因があります。

 特に新市場の創設は、上場基準緩和とあいまって1975社(1989年当時)から2973社(2005年)へと公開企業が一挙に増加し、資本市場だけでなく、労働市場も活性化されました。労働市場の活性化は、一方でワーキングプア、偽装請負、補助金不正受給(特に介護、人材派遣)など、負の側面も生じているのは既に周知の内容です。実際、この負の側面は、経営者と労働者の賃金の推移に、特徴的な動き方を示しています。

図1 法人売上高経常利益率および経常利益額
図1 法人売上高経常利益率および経常利益額



 図2は、役員報酬と労働者賃金の推移を表したグラフです。
 役員報酬、特に大企業の役員報酬は、バブル崩壊以後も増加し続けています。その一方で、全労働者賃金は1997年以降逓減しています。
 この現象を、成果主義、業績主義の結果と見るか、格差の拡大とみるかは意見の分かれるところですが、一つの象徴として追及してきた「経営グローバル化」「二極化」の一つの帰結といえることは確かなようです。


図2 資本金別の役員/労働者の報酬推移
(出所 新日本出版 「経済」2006年7号)
図2  資本金別の役員/労働者の報酬推移



2.株主構成の変遷と機関投資家の動向

 1.で述べた投資市場の変化(特に欧米ファンド、中東オイルマネーの流入)により、資金は、バブル崩壊後の日本で、割安となっている企業のM&Aに集中しました(図3、図4参照)。
 日本企業のブランド価値だけでなく、人材・技術・市場・チャネルとあわせて安く買収することができた多くの機関投資家は、企業経営のあり方や企業行動に変革を要求してきました。メインバンクの株式持合いの解消や不要不急の資産の売却は、逆に、金融機関の求心力を低下させ、貸し渋りや貸し剥しも間接金融機能の低下を招き、直接金融へと企業の動きを加速させています。機関投資家の活性化は、経営者が独占していた『経営の醍醐味』を希薄化させ、投資家への手厚い「配当政策転換」を意味します。


図3  上場企業における投資部門別株式保有額の推移
図3 上場企業における投資部門別株式保有額の推移
(出所:全国証券取引所協議会 2007年株式分布状況調査)




図4  上場企業における投資部門別の株式保有率の推移
図4 上場企業における投資部門別の株式保有率の推移
(出所:全国証券取引所協議会 2007年株式分布状況調査)




 対外試合に不慣れな日本の経営者は、投資ファンドにより『教育』の機会を与えられ、高い授業料を払いながらも、グローバル化・安定株主化(株主経営)を志向することで経営の近代化を進めてきました。
 実際に改革を進めるには、監査法人との関係清算や監査能力の精査、さらに米国会計基準の採用、簿外債務のオンバランス化などの環境整備を行う必要がありました。特に、意思決定迅速化のための取締役会改革、成果主義導入による役員報酬改革、経営の健全化のための社外取締役の採用、監査機能強化のためのアドバイザリーボードや委員会の設置、四半期決算などの対応です。役員報酬、役員評価制度の改訂と役員退職慰労金の廃止も、その重要な施策の一つになっています。
 機関投資家も役員の報酬のあり方に対し、積極的に発言を行うようになりました。赤字や無配が続く企業の議案に対して、ノーという機関投資家が確実に増えています(表1参照)。

表1 近年の企業における役員報酬と機関投資家の動向
表1 近年の企業における役員報酬と機関投資家の動向



3.役員人事課題への取り組み

 実際に、各企業は多くの役員人事改革に取り組んでいるようです。
 上場と非上場では当然、具体的な課題内容や取り組み実態は異なりますが、上場企業で多いのは、近年の会社法改正や日本版SOX法の施行の経緯から、監査機能の強化、取締役の削減と執行役(員)の増加、さらに社外取締役の増員です。役員報酬の改訂や業績評価の見直しについても関心の高さが伺えます。
 逆に、非上場企業では、次期経営者(事業継承)や役員定年制など、人材の発掘と育成、さらに、人材の流出防止といった旧来の経営課題への関心の高さが伺えます(図5参照)。

図5  役員マネジメントの実態に関する調査  出所:産労総合研究所
図5 役員マネジメントの実態に関する調査 出所:産労総合研究所



 また、役員の人事制度には、市場性(経済民主主義の実践など)と客観性(報酬の恣意性排除)と合目的性(経済的効率性の追求)といった視点が不可欠であり、この3つを鼎立的に維持するためには、役割(責任と権限、組織)と評価(基準、評価者、評価プロセス)、さらにインセンティブ(報酬、名誉、仕事)を制度上もバランスよく設計する必要があることを示しています。
 そういった意味で、役員の退職慰労金制度の「考え方や存在そのもの」は、役員の役割の不整合性(役員に年功を取り入れた考え方)を報酬面で端的に示すものとなり、そのために、多くの企業が『踏み絵』的に廃止に向かっているといえなくもありません。税制的には、退職金会計や引当など、今なお、多くのメリットがあるにも関わらず、各企業が、役員の退職慰労金廃止に取り組んでいるのは、戦略実行の『潔さ』を実現し表明するためにほかなりません。

 もう一つ、コーポレート・ガバナンス改革の契機となった重要なものに、一連の企業の「不正および不適切行動」があります。
 一連の事件、事案はトップ経営陣の謝罪や交代で幕引きとなり、業績不振の責めを負って株主訴訟の当事者となることも少なくないようです。そこまで重篤でなくても、バブル崩壊後の業績不振にもかかわらず、多額の退職慰労金を取って退任する経営者が多く、しかも、その退職慰労金額は取締役会一任、取締役会は代表取締役一任という、お手盛り、かつ、不透明となれば、まともな投資家なら注文をつけるでしょう。
 『出資はしてほしい。株価は上げたいので、株は売らずに持っていてほしい。でも報酬内容は公表したくない。配当はするから、経営に口出ししてほしくない』といった、まるでどこかの共産主義国のような出来事が、当たり前のように上場企業で起こっているとしたら、それは個々の企業の喜劇を通り越して、市場の悲劇を招きます。こうした企業行動が上場企業で発生していないことを祈っています。

(後編へ続く)

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