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コラム「研究員のココロ」

病院経営と人材マネジメント(その2)

2006年08月28日 荒木栄


1.年功主体の病院人事制度

 わが国の私的・公的病院における人事制度の具体的なしくみについて調査した資料はいまのところないようであるが、全国病院経営管理学会が平成15年に行った基本給の決定要素に関する調査(下の表参照)によれば、全職種を通して基本給の決定要素に年齢・勤続・学歴等の年功的・属性的要素を含まず、仕事の内容・職務遂行能力またはそれらに加えて業績成果のみを要素とする病院は、一般職員でわずか11.9%、管理職さえ26.2%にとどまっている。公的病院のみでこのような年功・属性要素の「ない」病院をみると、サンプル数は少ないものの、一般職はもとより管理職でもゼロである。

公的・私的病院の基本給(本給)決定要素

 人事コンサルタントとして、筆者が担当させていただいた私的病院は、当然、人事制度改革に着手する必要があるだけの問題点を抱えておられたが、コンサルティングを通じて実際に見ることのできた病院人事制度は、概ね次のような特徴がある。

(a)等級体系、給与とも公務員の俸給表をほとんどそのまま使用しており、毎年全員が俸給表の1号俸昇給する。人事考課制度はなく、昇給には格差はつかない。

(b)採用時の初任給をベースとして毎年の昇給額を加算するだけの給与制度で、水準そのものを何らかの基準で決めようとする発想としくみがない。
昇給額も考課による格差はないしくみで、例外的に若干の格差を経営陣や執行部の手によって加えている。

(c)賞与は職種×等級別定額方式または基本給(本棒)×一律月数方式の「一時金」であり、評価による格差はない。

(d)医師については「年俸制」としているが、明確な体系はなく、採用の都度、医局や本人と相談して文字通り年俸をきめているだけであり、年俸更改ルールも不明確である。

(e)医師の年収水準は病院によって異なることが多いが、同じ病院内では、まさに医師経験年数を基準に決めるしくみである。若手診療科長(○○科部長)より副科長以下のベテラン診療科員の方が遙かに高年収であることはむしろ一般的である。

 このように、病院の人事制度はマクロ的に見てもミクロ的に見ても年功的性格がきわめて強いが、その背景について筆者は次のように推定している。

(a)近時、民間企業ではよく認識されている、仕事の成果あるいは貢献度を処遇の基本的な要素とすべきといういわば仕事基準、あるいは成果主義的な処遇理念が欠落していること。

(b)その原因として、医師職は高度専門技術者として個人の臨床判断と責任で職務を進めるものであり、業績成果を上司から要求され、結果を評価されることにはなじまないとの思いが強い、あるいはそもそも「成果に差はない」、「仁術たる医療の成果や貢献度は測れない(測るべきでない)」との思いが根強いこと。

(c)医師職は医局人事により派遣されてくるのが一般的であり、報酬はもとより役職まで大学との約束で決まることが多いため、独自の給与体系や評価基準を制定する意義に乏しいこと。

(d)意思職はもちろん、医師職以外の職種についても職員の過半を占める看護師職の勤続年数が比較的短いため、年功制のままでも高給になりすぎないこと、あるいは国家資格職種の給与相場に引きずられ、病院独自の給与・評価制度を導入するメリットに乏しいこと。

(e)研修医については指導医から行われた総合的な評価を聴取した経験では、彼らの仕事ぶりには明らかに格差があり、現に大きな評定差がついていた。このことからも、上司から見て部下がいずれも高評価ということは考えられない。しかし、こと正職員についてみれば、完全年功的な処遇に疑問(不公平感)は感じるものの、考課をつけることによって退職してしまわないか(とくに看護師職)、人間関係にひびが入ってしまうとの心理的な抵抗があること。

2.病院人事制度改革の背景

(1)消極的背景
年功的人事制度に起因する経営上の切実な問題が近年、多くの病院経営者によって強く認識されている。
 厳しい経営環境と患者が病院を選択する競争の時代にあっては、やはり医師であれ、看護師であれ、職員ひとり一人の技量が収益性(わかりやすい指標として患者数や病院の評判と言い換えてもよいだろう)に大きく影響するようになり、上述した「差はない」あるいは「経験年数と成果・貢献度は比例する」との擬制がもはや通用しなくなってきたということであろう。
 このような擬制にもとづく年功的処遇、つまり発揮された能力や具体的な成果・貢献に関わりなく給与を支払うしくみに起因する人件費の増大あるいは個人別に見た両者のアンバランスに対してメスを入れざるを得なくなってきたのである。
 さらに、今ひとつの大きなきっかけは、年功制のもう一つの問題点である。年功的処遇制度が足かせとなって、優秀な人材、とくに若手・中堅の医師職や絶対数の不足する医局(診療科)の医師を招聘しにくくなってきたのである。本人の能力・実績や果たしてもらうべき役割や期待される成果に相応しい年収を提示しなければ優秀な医師は来てくれない。医師職以外の職種についても、とりわけ管理職についてはこのような、招聘するための処遇を提示する必要性が高まっている。

 以上は、あくまで個人別に見た、仕事の成果・貢献度と給与水準、病院全体に見た、業績と人件費をバランスさせるという、ある意味では管理会計的な目的からの背景、あるいは改革を余儀なくされている消極的な背景といえ、冒頭に述べたように病院経営者の意識もここに注がれている。
実際に以前、筆者がお話を伺ったある個人病院の理事長(院長)は「医師を個人別に業績評価して賞与に大きな格差をつけ、働きの悪い医師の年収を下げたいので、人事制度改革を進めたい」とおっしゃっていた。
 しかし、このような改革により確かに貢献度の低い職員の人件費を高い職員につけ替えることは可能となるが、果たしてそれだけで競争に勝てるのか、職員全体にやる気とやりがいを高めることができるのか、という点については大いに疑問がある。
 評価制度を短絡的に診療科別、病棟別あるいは個人別収入や利益による格差づけと誤解した結果、評価は医療の社会的意義に悖る(利益の薄い診療科を廃止せよとのことか、等)というようなきわめて強い違和感が医師職をはじめとする職員の中に沈潜しているケースも少なくない。

(2)積極的背景
 人事制度改革の大きな目的は、決して前述したような、人件費のつけ替えではなく、まして人件費の抑制でもさらさらなく、職員の能力とやる気を高めること、そしてそのことによって競争力と収益力を徐々に高めていくことだと筆者は考えている。
 それでは何がこれに結びつくのか。
 いろいろな施策があり得ようが、重視すべきは「評価」である。病院でも民間企業でも、職員にヒアリングをすると必ず指摘される共通点がある。それは「上司にきちんと評価して欲しい」ということで、この場合の「評価」の意味は、人事考課によって(格差を付けられて)より高い給与・賞与が欲しいという意味ではない。
 「評価」の本来の字義通り、頑張ったこと、成果をあげたことをきちんと観察・確認して欲しい、承認して欲しい(簡単に言うと褒めて欲しい)ということである。
 上司との密接なコミュニケーションを踏まえた的確な評価・承認こそが能力とやる気を高める重要かつ効果的な手段なのであり、いわば積極的な背景といえるだろう。
 以下にはいろいろな病院でお話しさせて頂いている「なぜ人事制度改革をするのか」の要点を示す。

・厳しい経営環境の中で当院が患者様に支持され、存続発展していくためには、最先端の信頼ある医療技術を提供するとともに、業務をさらに効率化させ、収益体質を強化することが必要である。

・しかし同時に、患者様という「ひと」に接する当院職員の「こころ」も患者様の安心と信頼を得るために欠かせない要素であることを忘れてはならない。

・病院は医療機関であると同時に、職員が毎日の大半を過ごし、仕事は違っても多くの仲間と協力し合う「職場」でもある。

・その意味で、職員が安心して仕事に打ち込み、つねに真心で患者様に接することができる居心地のよい職場、働き甲斐を感じることのできる職場づくりをさしおいて本当の病院改革はありえない。

3.病院人事制度改革の動向

 このような背景により、筆者は近年、いくつかの病院で人事制度改革のお手伝いをさせて頂いているが、それらに共通する基本設計理念は概ね次のようなものである。

(a)勤続年数、経験年数等の属性や年功に陥りやすい潜在的な意味での能力ではなく、ひとり一人の職員の担う役割の大きさ、責任の重さと具体的な成果や実績を何らかの形で評価し、役割×成果を基本的な処遇基準とする。

(b)人事考課(業績評価)の基準をできるだけ役割や職種に合わせて具体的に作り込み評価の納得性を高める。

(c)評価結果は本人にきちんとフィードバックする。
フィードバックとは単なる考課結果の告知ではなく、成果や能力等の優れた点を指摘して褒め、開発すべき課題とその手法等をきちんとアドバイスすること、
いわば軌道修正として機能させる。

(d)考課する側の管理職の考課スキルを向上させるための啓発や研修に力を入れ、(b)、(c)とも合わせて考課の納得性透明性向上を図る。

4.病院人事制度改革の今後

 以上、病院経営管理の立場から、近時、重視されている人事制度のあり方に関してて概説させていただいたが、人事制度改革は決して制度設計だけに終わるものであってはならない。必ず、制度設計と平行して、制度を運用する管理職に対する周到な理解促進と啓発活動を行っていく必要がある。
 筆者が担当させていただいた、2つの病院の医師職の改革例を挙げよう。同じように医師職代表数人と1年近くにわたって月2回程度議論を重ねた点までは共通である。しかし、制度導入前後、A病院は考課者となる部長職(診療科長)のみならず、院長、副院長も一受講生として1泊2日の合宿研修も含め、延べ3日間にわたつて人事考課の基礎、ケーススタディによる演習を実施し、面接のロールプレイングもし、さらには他のケーススタディの通信教育(院内メールでケース送信、回答提出)まで実施した。第1回の研修に先立って院長はつぎのように挨拶された。「本日の研修は医師職としての専門性は全く関係ない、民間企業と同じ、一管理職としての研修である。部長職の中で自分は医療技術者であってマネジメントは自分の仕事ではない、なぜ部下の指導や人事考課をし、業績責任を負ったりしなければならないのかと考えている者は申し出てほしい。仕事を変える用意がある。今、当院に必要なのは医師のマネジメントができる医師である。」と。
一方、B病院は説明会を1時間だけ開催し、院長は冒頭に挨拶されたが、途中で退席され、欠席者も3割程度あったようである。研修も3回実施はしたが多忙を理由にのべ半日程度であった。B病院も制度設計段階では非常に熱心に議論し、精緻な制度を作り上げた点は敬服に値するが、このままでは運用面において支障が出てくるおそれが大きく、せっかくの設計努力が実を結ばないリスクは低くないと思われる。


以上

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