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コラム「研究員のココロ」

終身雇用・年功序列の再評価を考える

2006年07月03日 冨島正雄


1.「終身雇用・年功序列」再評価に対する疑問

 日本経済が復活している。「日はまた昇る」(注1)をはじめとする日本経済復活を論じた書籍・雑誌が数多く出版され、景気拡大期間も「いざなぎ景気」を超える勢いとなっている。それとともに日本経済に対する自信が戻ってきたのか、旧来の日本的経営を見直そう、特に「終身雇用・年功序列」を見直そうという動きが出てきている。例えば独立行政法人 労働政策研究・研修機構「第4回 勤労生活に関する調査(2004年)」では、1999年調査で終身雇用を支持する人の割合が72.3%、年功賃金を支持する人の割合が60.8%だったのに対して、2004年調査ではそれぞれ77.8%,66.7%に上昇している。日本独自の経営スタイルに自信を持つのは良いのだが、一度崩れた「終身雇用・年功序列」を復活させることに意味はあるのだろうか?
 私自身の経験もふまえて言えば、以前の日本の大企業には、極端に労働意欲が低く、ほとんど仕事をしない人が数多くいたし、明らかに能力不足でその責務を果たせない管理者が数多くいた。彼らは年齢が高いというだけで、その能力と成果に全く関係なく高い給料を得ていた。終身雇用や年功序列の下では、彼らを解雇することも降格することも難しい。
 「終身雇用」や「年功序列」は弊害が大きく、維持コストもかかるシステムである。このような制度を「日本的経営の強さ」の源泉として見直そうというのは、直感的には違和感があるのではないか。


2.日本的経営の強さとは?

 そもそも日本的経営の強さとは何だったのだろうか。そのひとつは、高い情報共有レベルと価値観の共有により、高い生産性と良い品質の製品・サービスを実現するチームプレーにあったといわれている。「現場力」、「組織的知識創造(注2)」、「擦り合わせ上手(注3)」等は、この日本企業の強みであるチームプレーを象徴する言葉であった。「終身雇用」「年功序列」は、社員の組織へのコミットメントを高め、チームプレーを支えるツールの一つだったのだ。しかし、バブル崩壊後のいわゆる「失われた10年」で、日本企業は現場の社員が支えてきたチームプレーの基盤に大きなダメージを与えた。


3.「失われた10年」で起こった変化

 マクロ経済の視点で考えてみると、「失われた10年」は
  • 株主価値重視の資本主義スタイルが日本に持ち込まれて長期利益よりも短期利益重視の風潮が強まる

  • 一方で、IT産業において欧米のハイテク企業に世界市場を席巻され、一方でアジア諸国の製造業に追い上げられる

という状況のなかで、日本的経営が大きな変革を迫られた時代といえる。この10年で日本企業はリストラとコスト削減の名目の下、生産現場の担い手を社員から期間契約社員やアウトソーシング会社にシフトした。多くの中高年熟年労働者は生産現場から離れてしまった。(彼らの一部は中国で活躍していると報道されている。)ホワイトカラーも業績主義導入によってチームプレーよりも個人プレーを重視する方向に向かいつつある(注4)。
 このように、「失われた10年」の間にチームプレーを支えてきた社員は削減され、社員全体のマインドも変化してしまった。つまり、チームプレーを支える基盤が壊れかかっているのである。


4.条件付で「終身雇用・年功序列」を再評価しよう

 崩壊しかかったチームプレーを建て直すために、それを支える基盤を建て直す。つまり企業が
  • 行き過ぎた外部委託をやめ、非正規社員を社員に戻す

  • 社員の組織へのコミットメントを高めるために、社員には雇用保障・収入保障をする

ということであれば、結果として、「終身雇用」や「年功序列」が復活するのも理解できる。しかし、今後の厳しい国際競争を戦い抜いていくためには、10年前に針を戻して、単純に「終身雇用・年功序列」の復活を図るだけでは十分ではない。労働意欲の乏しい労働者が職場に存在する状況の再現は論外としても、「終身雇用・年功序列」復活には、それなりの経営戦略が必要である。東京大学大学院経済研究科・経済学部教授 高橋伸夫氏は日本型年功制によって、社員の能力や組織へのコミットメントを高める経営を「育てる経営」と言っているが、彼の言うように「終身雇用」と「年功序列」の復活により従業員の能力や組織へのコミットメントが高まるのならば、そのメリットを十分に生かした具体的な戦略実行が欠かせない。


5.日本的経営の強みを生かすために

 製造業では、社員の能力と組織へのコミットメントは「生産性」と「歩留まり」に影響する。日本的経営を採用する企業が、低コストを武器にしたアジアの製造業に対抗するために、例えば以下の戦略をとることが考えられる。

a.セル生産体制をとる
 セル生産体制は、多品種少量かつライフサイクルが短い製品に向いた工程である。反面一人が多くの工程を受け持つため、熟練するまでに時間がかかり、作業効率が作業者個人のやる気に依存する(注5)。長期雇用を基本とする日本的経営に向いた生産方式である。

b.日本工場のマザー工場化を行う。
 マザー工場とは、海外生産に先立って製品を生産するパイロット工場のことである。生産効率化の試行錯誤は主としてマザー工場のある日本で行い、日本で培った技術を海外工場に伝播させる仕組みをとれば、日本の高い生産技術と海外の安価な労働コストの両者を活用できる。

c.生産性の高さを極めて、製造受託に乗り出す
 半導体産業には、中国企業がローカル工場で生産すると歩留まり率が50%を切きるが、日本企業の日本工場で生産すると95%を超える歩留まり率を実現できる製品があるという。歩留まり率の圧倒的高さを維持できれば、富士通のように半導体製造受託に乗り出してラティス社やS3 Graphics社から受注をとることも可能である。

 一部では、「終身雇用・年功序列」再評価だけが一人歩きした論調が見受けられる。実際には「終身雇用・年功序列」は「日本的経営」の強みを発揮するためのツールのひとつであり、その再評価という現象だけに囚われてはならない。経営戦略なき「終身雇用・年功序列」復活はありえないのである。

(本原稿の議論は、2006/5/21に行われた慶応大学経営管理研究科許斐研究会における議論から発想を得ている。「終身雇用・年功序列の復活」に関する問題提起は小川眞理生氏より、「日本的経営の強さ」に関する議論は許斐教授より提起されたものである。冨島はこの議論に参加するとともに、この議論に関する自分なりの見解を本稿にまとめた。)


【脚注】
注1:
「日はまた昇る」ビルエモット著、草思社、2006.2

注2:
「知識創造企業」野中郁次郎著、東洋経済新報社、1996.3

注3:
「ビジネスアーキテクチャ」藤本隆宏、武石彰、青島矢一編、有斐閣、2001.4

注4:
「内側から見た富士通「成果主義」の崩壊」城繁幸著、光文社、2004.4等を御参照

注5:
参考: アイティメディア株式会社 情報マネジメント用語事典
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