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コラム「研究員のココロ」

営業の提案力強化に行き詰ったら、イチローを見習おう

2005年07月25日 徳岡拓


 最近、企業の営業部門の変革テーマとしてよく掲げられるのが提案力の強化である。
 成熟した市場環境では、商品による差別化は難しく、単に商品を売り込んでもなかなか売れない。
 そんな中、営業担当者には、単に商品や物を売るだけでなく、お客様のニーズをしっかり把握し、自社の強みを生かした提案をすることで、お客様の課題解決をする「提案型営業」スタイルが求められてきている。

 しかし。
 最近、この提案力強化による弊害と思える現象にしばしば出くわす。

 それはどのような現象か?
 提案型営業を志向している企業において、営業担当者がお客様と会っていないという現象である。

 こんなことがあった。
 ある企業で、営業現場の現状を把握するため、アンケート調査を行った。その調査でわかったのは、営業担当者の得意先訪問回数の異常な少なさ、である。この結果を知り社長は愕然とした。この企業は、今まで営業現場をないがしろにしていたわけではなく、むしろ、営業力の底上げの取り組みを続けてきたつもりだったからである。

 なぜ、このようなことになるのだろうか?
 私は、現在の提案力強化の取り組みが、お客様からの引き合い後のプロセスに重点を置き過ぎであることに原因があるのではないかと考えている。

 営業活動のプロセスは、大きく「引き合い前」と「引き合い後」に分けられる。
 「引き合い前」とは、お客様自身が、何が問題なのか、何が欲しいのか、を認識していない段階である。これに対し、「引き合い後」とは、お客様が、何が問題で、何をしたいのか、何が欲しいのかを認識している、「ニーズ顕在化」の段階である。

 「引き合い前」の段階での得意先訪問は、一般的に、営業担当者にとってキツい。何故なら、お客様にとって、営業担当者と会う必然性が弱いからである。へたをすると、「何しに来たんですか」と言われ、顧客から不満を買いかねない。また、往々にして、空振りする。自社の商品提案につながりそうな潜在ニーズ、課題認識を聞き出そうとするのだが、世間話で終わることもしばしばある。
 これに対し、「引き合い後」のお客様は、目的意識が比較的明確になっており、営業担当者にとっては、わかりやすい存在である。もちろん、「引き合い前」のお客様に比べ、受注にむすびつきやすく、モチベーションも沸く。

 この競争の激しいご時世、いかにニーズが顕在化していても、受注にこぎつけるのは難しい。そのような状況下、会社は、提案型営業スタイルへの変革の名のもと、「もっと頭を使え。ニーズがある程度見えている先に絞って活動しろ。企画力で勝負しろ。」と発破をかける。
 すると、営業担当者は限られた「引き合い後」のお客様の対応に注力し、企画を練るためにデスクワークを行う。すると、ただでさえ行きづらい「引き合い前」のお客様からは、さらに足が遠のく。
 そして気がつくと、営業組織全体が、お客様と接している時間が非常に少ない、さらには、引き合い自体がとても少ない、という状態に陥っている。

 私は、このような営業の提案力強化推進の落とし穴に陥っている企業が少なくないと考えているのだが、皆さんの会社ではどうだろうか?
 「提案力こそ営業だ」の意識が強すぎ、引き合いを獲得するまでの顧客接点がないがしろになっていないだろうか?
 高度な提案をしようとするあまり、企画書作りをしたり、情報収集をしたり、知識をつけたりに腐心し、肝心のお客様に会うという行為が少なくなっていないだろうか?

 ここで少し視点を変えて、野球に置き換えて考えてみよう。

 野球で言えば、提案力強化は、打率を上げるための、バッティング技術を磨くということだ。しかし、いくらバッティング技術があっても、バッターボックスに立ち続けなければヒットは生まれず、チームに貢献できない、と言うことになる。
 まずは、バッターボックスに立つ。このことに最も忠実なのが、マリナーズのイチロー選手である。
 イチロー選手が昨年、84年ぶりにメジャーリーグの記録を破り、年間最多安打262を成し遂げたことは記憶に新しい。この安打数や、首位打者としての3割7分2厘という打率が凄いことは言うまでも無い。
 しかし、それ以上に凄いと感じるのが、704打席という打席数である。この打席数は昨年の最多打席数であり、また、メジャーリーグ史上でも2番目の打席数であることはあまり知られていない。
 イチローの年間最多安打数は、この地道な努力があったからこそ生まれたと言っても過言ではないと思う。スランプの時もあっただろう。怪我をして体調が万全でないときもあっただろう。しかし、それでもバッターボックスに立ち続けることがイチローの真の強さだと思う。

 営業の話に戻そう。ここまでの話しをまとめると…
 どんなにお客様の課題を聞き出すスキルを磨いたとしても、素晴らしい提案のひな形が出来たとしても、話を聞いてくれるお客様が少なければ、宝の持ち腐れということだ。
 そして、スマートで、プレゼン一発で受注を決めそうに見える提案型営業にこそ、提案とは関係のない世間話をする、愚痴をきくなどの、一見、回り道にも見える地道なアプローチが重要だということだ。

 営業の提案力強化で行き詰ったら、難しく考えずに、まずは、バッターボックスに立とう…いや、お客様に会おう。チーム一丸となって…いや、社長も、マネージャーも現場の営業担当者も一丸となって。

 そこから新たな答えが見えてくるはずである。
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