コンサルティングサービス
経営コラム
経済・政策レポート
会社情報

経済・政策レポート

アジア・マンスリー 2009年3月号

【トピックス】
金融危機のベトナムへの影響

2009年03月01日 三浦有史


ベトナムは周辺アジア諸国に比べ金融危機の影響が大きい。しかし、経常収支赤字の拡大の懸念から財政による景気刺激策は採りにくい。新たに導入された金利補助政策の成否が注目される。

■輸出停滞の雇用と消費への影響
2009年1月の工業生産は前年同月比4.2%減と、2008年12月に続いて2カ月連続のマイナスとなった。1月の輸出も同24.2%減と減退が著しい。旧正月が2009年は1月末で、前年は2月初旬であったため、減少幅は季節要因によって増幅された可能性があるものの、アパレルやエレクトロニクスなど工業生産と輸出を支える企業が軒並み人員削減に乗り出していることから判断して、経済指標の悪化は一時的なものではなく、長い景気停滞の始まりとみる必要があろう。

金融危機の影響は、先進国の景気後退の度合いに左右されるため、先行きを見通すのは容易ではない。一般的には外需依存度が高い国ほど影響が大きいと予想されるが、ベトナムの場合、影響は外需だけでなく、投資や消費にも及ぶため、周辺アジア諸国より成長率の落ち込み幅が大きくなる可能性がある。以下では、危機がどのようなルートを経由して波及するかをみていく。

まず、外需である。需要項目の寄与度をみると、近年の経済成長は投資と消費によってもたらされたものであり、外需は概ねマイナスとなっている。2007年にマイナス幅が大幅に拡大しているが、これは行き過ぎた金融緩和や外資の設備調達によって輸入が急増した結果である。2009年1月の輸入が前年同月比44.8%減であったことからも、消費の低迷を受けて輸入が鈍化し、マイナス幅は縮小するものと思われる。

貿易赤字の縮小が予想されるため、仮に輸出が停滞してもその影響は小さいようにみえる。ベトナムの輸出産業の付加価値は低く、輸出の停滞は輸入の減少を伴う。消費財の輸入さえ抑制されれば、外需の寄与度はプラスにはならないまでも、マイナス幅は大幅に縮小するからである。しかし、GDP比でみた輸出規模は中国やタイより大きく、輸出の停滞は雇用や消費に深刻な影響を与える。また、輸入の減少は消費と投資の低迷を示すサインでもあり、貿易赤字の縮小という一面だけを捉えて、先行きを楽観することはできない。

■海外からの送金は減少するも外資は堅調か
次に海外からの送金である。海外在住ベトナム人(「越僑」)による送金は、年々拡大する傾向にあり、2007年は前年の倍となる100億ドル、同年のGDPの14.0%に相当する規模に達した。背景には、送金が単なる親戚への仕送りではなく、投資の原資とされるようになってきたこと、また、政府の積極的な労働力輸出政策によって、中東諸国を中心に出稼ぎ労働者が増加したことがある。GDP比でみた送金額はフィリピン(13.0%)には及ばないものの、インドネシアやインドよりも大きく、民間投資と消費を支える原動力となってきた。しかし、2008年は80億ドルに減少した。2009年は米国の景気後退や出稼ぎ労働者の帰国の影響から、さらに落ち込むと予想される。

こうしたなか、政府がけん引役として期待を寄せるのが外国直接投資である。計画投資省は、年初、交渉中の大型案件だけで、投資金額は過去最高を記録した2008年の実績(607億ドル)を上回る1,000億ドルに達するとして、金融危機下でも外国直接投資は順調に推移すると見込んでいた。外国直接投資は国内民間投資と並ぶ投資の牽引役であり、2009年も2008年と同規模の投資が行われれば、景気下支えの効果は大きい。

しかし、2009年1月の外国直接投資の認可額は、前年同月比88.3%減の2億ドルにとどまった。まだ、1カ月しか経過していないが、計画投資省は、2月に入ると2009年の投資は前年を下回ると年初の予想を下方修正した。近年の外国直接投資は資本集約的なプラント建設やリゾート開発といった大型プロジェクトが多い。下方修正は金融危機の影響でそれらの一部が延期ないし中止となったことを暗示しており、外国直接投資も先行きを楽観できる状況ではなくなった

■輸出企業に金利補助
外的環境の悪化を見越して、政府は内需刺激に対する取組みを始めている。中央銀行(国家銀行)は、物価の下落を受けて、2008年10月から政策金利(基準金利)を大幅に引き下げた。2009年1月末の基準金利は7.0%とわずか6カ月でピーク時(2008年9月の14%)の半分の水準に低下した。銀行の不良債権比率は2008年末時点で3.5%と低いことから、金融緩和によって市場には潤沢な資金が供給されるはずであった。

しかし、銀行の融資は政府が期待するほどには増えていないようである。一部の専門家は、企業は金利のさらなる引き下げを見込んで、借入れを先延ばしする傾向があること、また、銀行は昨年導入された上限金利規制(上限は中銀が発表する基準金利の150%)によって、金利が低下するほど収益が圧迫され、融資に二の足を踏む傾向があると指摘する。銀行の金利は既に2009年の期待インフレ率(10%程度)に近く、さらなる引き下げが難しいことから、政府は1月に金利補助に乗り出すことを決定した。輸出企業の運転資金の借入れを主な対象とし、金利の4%分を政府が負担するというものである。

金利補助の効果を疑問視する声は少なくない。企業からは先進国の景気後退を受けて、資金需要が減退しているとする指摘がある。また、仮に資金需要が増えても、インフレの再燃といった新たな問題を招来するという見方もある。しかし、経常収支赤字を拡大させる財政資金の投入による景気刺激策は採りにくいため、金融政策に頼らざるを得ず、金利補助は窮余の策といえる。

金利補助は、国有商業銀行から国営企業のへ融資だけではなく、商業銀行の融資全般を対象にしており、金融セクターに与える歪みが少なく、不良債権化のリスクも低いという利点がある。また、輸出産業に重点を置いていることから、経常収支赤字を抑制しながら、雇用と消費を支える効果が期待できる。中銀は2月に実施細則を交付した。果たして期待通りの成果が上がるか。その運用が試される。
経済・政策レポート
経済・政策レポート一覧

テーマ別

経済分析・政策提言

景気・相場展望

論文

スペシャルコラム

YouTube

調査部X(旧Twitter)

経済・政策情報
メールマガジン

レポートに関する
お問い合わせ