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アジア・マンスリー 2009年2月号

【トピックス】
国際金融市場の混乱とアジア諸国の政策対応

2009年02月01日 清水聡


国際金融市場の混乱は、アジアの金融資本市場に多様な影響をもたらした。アジア諸国は必要な対策を実施するとともに、域内金融協力に向けた動きを加速すべきであろう。

■様変わりした資本フロー
近年、アジア諸国をめぐる資本フローが急速に拡大し、2007年には主要なアジア諸国の資本流入・流出額がともにGDPの1割を超える状況となった。これとともに、通貨の増価、株価の上昇、外貨準備の増加などが起こり、急激な資本流入への対処がアジア諸国の重要課題となった。

ところが、2008年入り後、各国の国際収支に大きな変化が生じている。中国を除くアジア8カ国・地域の国際収支の合計をみると、第1に、原油価格の上昇などから輸入が急増して貿易収支が赤字となり、経常収支が悪化した。第2に、資本流入・流出の絶対額がともに大きく減少した。直接投資の流入額は漸減にとどまっているものの、株式投資を主体とした証券投資の流入が1~3月期にマイナスに転じたほか、その他投資の流入も4~6月期に急減した。こうした資本流入減少の背景には、金融危機が深刻化して投資家がリスクをとらなくなったことに加え、国際商品価格の上昇がアジア諸国にインフレや成長率の低下をもたらし、金融機関や企業への影響の拡大が懸念されたことがある。特に、2008年半ば以降、クレジット・デフォルト・スワップのスプレッドや通貨スワップのスプレッドなどからみたドルの調達金利が急上昇し、途上国がドルを調達することが困難となった。

これに伴い、アジア諸国の通貨や株価は下落した。ただし、対ドルレートの変化率は国ごとに大きく異なっている。韓国やインドでとりわけ減価幅が大きくなっているのは、経常収支が赤字である上に資本収支も悪化していることが大きな要因である。韓国では、10月以降、海外の銀行による短期融資の回収が急速に進んでいる。これらの国では、通貨当局による大規模なドル売り介入やドル流動性の供給に伴って外貨準備が急減しており、2008年前半のピーク時と比較した減少率は20%を超えている(金額ではともに600億ドル以上)。なお、情報開示が不完全であるために下表に含めていないが、マレーシアでも7~9月期に証券投資を中心に資本収支が大幅に悪化し、外貨準備の減少率は約26%(金額では約326億ドル)となっている。

■アジア諸国の金融資本市場への影響
国際金融市場の混乱は、国内の金融資本市場にもさまざまな形で波及している。9月半ばのリーした。また、各国において、国内外の資本市場からの資金調達が大幅に減少している。国内では、CP、格付けの低い社債、証券化などの市場が特に打撃を受けている。さらに、シンガポールで1~9月の信用状開設件数が前年同期比30%減少するなど、各国において貿易金融の利用に支障が出始めており、貿易取引の縮小につながることが懸念されている。

この中で国内債券市場における発行状況をみると、景気対策等の政府支出拡大から国債の発行が伸びているのに対して、社債の発行は伸び悩んでいる。市場の本格的拡大が開始して間もない中国、フィリピン、ベトナムなどでは残高の順調な拡大が続いているが、その他の国・地域では、非居住者の発行が多い香港において残高が前年末比で減少するなど国際金融環境悪化の影響が表れている。大企業には国際債券市場での発行を断念し、国内市場に回帰する動きもみられる。

■求められる政策対応
2008年初、主要なアジア諸国は例外なくインフレ抑制のために金融引き締めスタンスをとっていたが、年央以降の金融危機の深刻化に伴って緩和に転換し、政策金利や預金準備率を引き下げた。さらに、多くの国で財政出動による景気対策が発表された。景気減速は長期化するものと考えられ、これらの対策を着実に実施することが求められる。

加えて、ドルや自国通貨の流動性を確保する対策も重要となっている。各国において、市場への大規模な資金供給、流動性供給の枠組みの改善、資本流入規制の緩和などが実施されている。アジア諸国は総じて多額の外貨準備を保有しているが、外貨流動性の不足に対してこれを円滑に供給する枠組みや戦略を確立することが必要と考えられる。短期対外債務残高に対して外貨準備は十分に大きいものの、その急速な減少は通貨当局の信認の低下をもたらしかねないためである。そのような観点からは、為替介入の効果を最大化する手法についても検討を続けるべきであろう。また、米国FRBなど他の中央銀行との通貨スワップ取引も、流動性の確保に一定の役割を果たす。

さらに、各国の国内銀行部門の健全性を維持することも重要である。海外や資本市場からの資金調達が制約される中で、2012年までにアジア諸国の社債の半分以上が償還を迎えるとの指摘もあり、銀行部門からの資金調達を確保することが重要性を増そう。

アジア諸国の銀行部門は、安全性や収益性に関する指標から判断すれば相対的に健全であり、国際金融危機の影響もそれほど大きくないと評価されているものの、その将来に関しては慎重な見方が増えている。今後、企業倒産の増加などにより不良債権比率が上昇する事態も想定され、金融規制・監督を強化する必要がある。預金保護や銀行の資本増強などに関する制度整備が各国で実施されているが、万一の事態への備えとして必要なものといえる。健全性規制の中では、銀行の流動性リスクの管理や短期対外債務の抑制などが特にポイントとなろう。

最後に、国際金融体制の再構築が議論される中で、アジア諸国が域内金融協力に向けた動きを加速することが不可欠である。昨年12月には日中韓3カ国の間で通貨スワップ協定の拡大が合意されたが、アジア全体としても通貨スワップ網の強化を実現することが課題となる。また、長期的には、通貨・金融危機の発生を防止することが重要である。そのために、各国のマクロ経済情勢や政策等を監視する常設機関、ならびに域内の金融規制・監督体制の整備・調整を討議する機関の創設が検討されている模様であり、これらの実現が期待される。その中では、資本取引自由化のあり方についても議論すべきであろう。今回の危機によって自由な資本取引の危険性が再認識されたところであり、健全なマクロ経済政策や国内金融システムを整備した上で慎重に自由化を進めるアプローチの具体的な実施方法について、再検討することが必要と思われる。
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