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Business & Economic Review 2005年12月号

【CHINA TREND】
胡錦濤時代の中国(3)新たな経済成長モデルの構築に向けての挑戦(中)緊 転換点を迎えた第二次産業依存型成長
-求められる政治的自由度の拡大

2005年11月25日 調査部 主席研究員兼日綜(上海)投資諮詢有限公司 首席研究員 呉軍華


本稿は前回の当コラム(Japanese Research Review 2005年4月号)に続き、経済成長メカニズムの転換という視点から胡錦濤体制が直面する課題を検討する。
1990年代、とりわけその半ば以降、中国は政治的にも経済的にも多くの難題を抱えながら高い経済成長を維持してきた。しかし、その成長要因を分析するに当たって、従来の理論では説明しきれないものが多い。政治体制と経済成長の関係がその一つである。

すなわち、教科書的にいえば、法治社会の存在や言論の自由といった政治制度面のバックアップが、長期にわたる経済成長の必須条件とされている。しかし、こうした理論を中国の現実に照らしてみると、大きな疑問が生まれてくる。78年の改革・対外開放以降の27年間にわたって、中国は共産党一党支配体制のもとで、政治統制を維持しつつも世界屈指の高い経済成長を実現してきた。理論と中国の現実の間に生じたこうした乖離をどのように解釈すればよいのか。とりわけ、政治的な民主化を達成したものの、経済面のパフォーマンスにおいて中国に大きな遅れを取っているロシアなどと比較すると、その疑問は一層深まってくる。

第二次産業依存の高成長
経済分野における中国の成功は、伝統的理論を超越する中国型開発モデルの存在を示唆するものとして受け止めるべきであろうか。筆者の答えはノーである。これまでの中国経済の成長は、決して経済成長と政治制度の間に相関関係が存在しないことを実証するものではない。では、共産党一党支配の政治体制のもとでの中国経済の高成長をどのように説明すればよいのか。
謎を解く鍵の一つは産業構造にある。市場経済化を進めつつも政治的に既存体制の維持を絶対視する「政経分離」型改革路線のもとで、中国経済は結果的に政治制度面のバックアップに大きく依存しない第二次産業中心の産業構造を構築して成長を遂げてきた。多くの国々の経験で示されている通り、経済成長に伴って、一国の国内総生産(GDP)の比重は第一次産業(農林水産業)から第二次産業(鉱工業、建設業)へ、そして第三次産業(商業、金融、運輸、通信などのサービス業)へとシフトしていく。しかし、高成長のもとでの中国の産業構造は、むしろそれとは異なる再編の軌跡を残してきた。
過去27年間の中国の産業構造の変遷をみてみよう。図表1に示した通り、第一次産業の比重が大きく低下するなかで、第二次産業から第三次産業へのシフトはほとんど進んでおらず、今回の景気拡大期が始まった2001年以降はむしろ逆の動きを見せ始めている。ちなみに、2001年から2004年にかけて、第二次産業の比重が50.1%から52.9%に上昇したのに対して、第三次産業の比重は逆に34.1%から31.9%へ低下した。





この結果、政府が第三次産業の育成を重要な政策課題として掲げてきたにもかかわらず、中国の経済成長はますます第二次産業、なかでも重化学工業の拡大に依存するようになってきた(図表2)。
その背景としては、中国政府の積極的な外資導入政策もあって、「世界の工場」を目指して外国企業の工場進出が急増したことや、中国国民の所得水準の向上に伴い、その需要がテレビや冷蔵庫、洗濯機といった家電製品を中心とする消費財から自動車、住宅といったモノに向かったことなどの要因を指摘する論調が圧倒的に多い。しかし、筆者はむしろ、「政経分離」型改革路線のもとで、第三次産業の発展が制約されていたことが最大の要因と考える。





「政経分離」型改革は第三次産業の成長を制約
このように判断した根拠として、経済成長は全体として政治制度面のバックアップを必要とするが、その依存度合いは産業によってかなり異なるとみられることをあげることができる。すなわち、第一次産業と第二次産業の依存度合いが比較的低いのに対して、第三次産業の依存度合いは相対的に高い。
アメリカの非政府組織(NGO)フリーダム・ハウス(Freedom House)が行なった世界134カ国を対象とした政治的自由度のレーティングを使って、政治的自由度と国内総生産に占める第三次産業の比重の相関関係をみてみると、政治的自由度が高い国ほど(レーティング指数が1に近いほど)、第三次産業の発達度合いが高いことが観察される(図表3)。なお、ここでは、中国は政治的自由度のない6.5にレーティングされており、第三次産業の比重は33%と、高所得国、中所得国はもとより、低所得国の平均(49%)をも大きく下回っている。
第三次産業が政治的自由度と高い相関関係を持つ背景としては、法体制の整備や言論の自由をはじめとする政治制度面のバックアップを必要とする金融や情報通信などの新興サービス産業が、飲食や小売りといった伝統的サービス業に代わって、第三次産業を構成する最も重要な部分になっていることを指摘することができる。新興サービス産業、なかでも金融関連サービス産業の場合、対象とする商品が実物として存在しないために、情報の非対称性に起因する問題が生じかねず、それを解決するためには、法律に基づく規制や自由な報道・情報交換、公正な調査・分析によるチェック機能の強化が不可欠となるからである。
アメリカの非政府組織(NGO)フリーダム・ハウス(Freedom House)が行なった世界134カ国を対象とした政治的自由度のレーティングを使って、政治的自由度と国内総生産に占める第三次産業の比重の相関関係をみてみると、政治的自由度が高い国ほど(レーティング指数が1に近いほど)、第三次産業の発達度合いが高いことが観察される(図表3)。なお、ここでは、中国は政治的自由度のない6.5にレーティングされており、第三次産業の比重は33%と、高所得国、中所得国はもとより、低所得国の平均(49%)をも大きく下回っている。
第三次産業が政治的自由度と高い相関関係を持つ背景としては、法体制の整備や言論の自由をはじめとする政治制度面のバックアップを必要とする金融や情報通信などの新興サービス産業が、飲食や小売りといった伝統的サービス業に代わって、第三次産業を構成する最も重要な部分になっていることを指摘することができる。新興サービス産業、なかでも金融関連サービス産業の場合、対象とする商品が実物として存在しないために、情報の非対称性に起因する問題が生じかねず、それを解決するためには、法律に基づく規制や自由な報道・情報交換、公正な調査・分析によるチェック機能の強化が不可欠となるからである。






発展が遅れる金融関連サービス産業
発展が遅れる金融関連サービス産業
翻って、第三次産業が中国で育たなかった原因を分析すると、飲食や小売を中心とする伝統的サービス産業が依然として第三次産業を構成する最も主要なセクターであることに加え、金融関連サービス産業の育成が進展しなかったことが大きな要因になっているとみられる(図表4)。ちなみに、第三次産業に占める金融関連サービス産業の比重をみると、97年の27.1%をピークに2003年には24.8%まで低下している。その背景として、国有商業銀行の実質的独占によって銀行セクターの発展が制約されていることに加え、株式市場の深刻な不振を指摘することができる。いずれも「政経分離」型改革路線ゆえの問題であるが、前者は従来より続いている問題であるため、ここでは、新たに登場した後者に注目したい。






 近年、中国では、高成長と裏腹に株価が下落の一途を辿っている。その背景には、いずれも現行の政治制度と絡む二つの要因があることを指摘できる。一つは、中国の株式市場の創設時から存在する先天的な問題である。90年に設立された株式市場は、国有企業再建の支援という政治的思惑があったために、国家国有法人が保有し市場で取引できない「非流通株」と、そうではない「流通株」の並存という問題を最初から抱えていた。市場経済化を進めつつも社会主義公有制を具現しなければならないという政治的要請から、上場企業に対する国の支配権を確保する必要があったからである。ところが、株価変動に無関心な「非流通株」の一部の株主が、発行済み株式の約7割を占めるという力を利用して、上場企業に無理な増資をさせたり、優良資産を吸い上げたりしてきたために、企業の価値が低下し、その結果、株価が下落し続けてきた。
 こうした先天的な問題に加え、言論の統制を始めとする政治的自由度の不足が後天的要素として株式市場の活性化を制約してきた。改革・開放以降の中国では、政治と全く関連のない分野における言論統制はある程度緩和されてきたが、市場経済化が共産党の一党支配体制のもとで進められてきたために、政治と経済を完全に分離することが難しい。たとえば、国有商業銀行や上場会社の大半を占める国有企業のトップは、企業の経営者であると同時に、党の高級幹部でもあるため、これらの経営者に関する情報を伝え分析することは、そのまま政治的問題になりかねない。さらに、社会の安定維持が党にとっての至上命題になっているなかで、たとえ経済専門のマスメディアであっても、経済の繁栄を強調することが事実上一種の責務にもなっている。この結果、公正で信用度の高いマーケット環境を整備することが難しく、マーケットそのものの発展が大きく制約されることになった。
政治改革が立ち遅れた状態のもとでは、金融関連サービス産業が育成できないことを如実に実証した例が上海である。90年代に入って早々、上海は世界の金融センターを目指すべく、産業政策の重点を第三次産業、第二次産業、第一産業の順番とする「三二一計画」を打ち出し、第三次産業、とりわけ金融関連サービス業の育成を最も重要な政策課題として取り組んできた。しかし、2004年末に至って、「三二一計画」は「三二共同発展(第三、第二次産業が共同して発展)」の方針に改められ、事実上、上海は産業育成の重点を第三次産業から第二次産業に置き換えた。中央政府からの莫大な支援もあって、内外金融機関の誘致や株式市場を始めとする金融市場の設置といったハード面での整備は進んだものの、ソフト面での制約によって株式市場が低迷し、それに起因して金融関連サービス産業が思うように育ってこなかったことは、こうした戦略転換を促すうえで最も大きな要因として指摘することができる。ちなみに、上海市の国内総生産に占める金融関連サービス産業の比重は2000年の15.1%から2004年の10.0%へ大きく低下した。

成長継続へ政治改革が必要
最近の中国において、「世界の工場」としての位置付けと今後の持続的成長の関係をめぐって激しい議論が展開されている。90年代後半、とりわけ21世紀に入ってから、日本を含む諸外国の企業からの集中豪雨的な直接投資によって、世界の製造業におけるチャイナ・インパクトが急拡大した。こうした直接投資が中国の雇用の拡大や経済成長を促すうえで大きな役割を果たしたこともあって、つい最近まで、改革・開放の成果として一方的に評価されていた。しかし、今では、反省ムードの方が強くなっている。その根拠として、海外からの直接投資が主として中国の安い労働力や緩い環境規制などを目当てに行われてきたために、中国の製造パワーが結果的に製造業のなかでも付加価値の低い組立加工に限定されており、中国が諸外国の多国籍企業に利用されていることが指摘されている。ちなみに、2006年から2010年の開発指針を定めた「第11次五ヵ年規画(計画)」案を採択して10月12日に閉幕した共産党中央委員会総会(「五中全会」)は、今後の産業構造を「安い労働力に依存した大量生産による低付加価値型のものからより高い付加価値のものに転換する」方針を打ち出している。
 筆者も、経済成長メカニズムの観点から、外資頼りで低付加価値の産業構造に依存した中国経済の成長パターンに対して懐疑的である(詳しくは次回分析する予定)。しかし、以上の分析で明らかになった通り、現状の中国においては、製造業、なかでも付加価値が相対的に低いものの、政治制度面のバックアップへの依存度合いが低い組立加工分野に集中して成長することに制度的な必然性が秘められていると言って過言ではない。
 経済の発達度合いからみても、対外開放の度合いからみても、中国の先頭を走っている上海が10年以上の努力を経ても、結局、「国際金融センター構想」を当面断念せざるをえなくなったことに象徴される通り、言論の自由を始めとする政治的自由度を高めていくことが、中国にとって、もはや政治的な課題だけでなく、経済的な課題にもなっている。環境問題やエネルギー・資源の制約によって、第二次産業依存の経済成長が大きな限界を迎えるなかで、第三次産業、とりわけ新興サービス産業の育成が、中国にとって持続的経済成長を実現していくに当たっての喫緊の課題になっている。そのためにも、中国は政治的自由度の拡大を含む抜本的改革が求められているといえよう。
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