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Business & Economic Review 2005年10月号

【OPINION】
小さくて効率的な政府の実現に向けて

2005年09月25日 藤井英彦


  1. はじめに
    (イ)2005年6月、「経済財政運営と構造改革に関する基本方針2005」、いわゆる骨太の方針が策定され、小さくて効率的な政府の実現が、医療や年金、介護の社会保障制度の抜本的見直しと並ぶ構造改革の柱として明確に位置付けられた。具体的には、定数削減による総人件費改革と市場化テストが骨子である。今後の段取りをみると、a.まず総人件費改革については、基本指針が今秋までに策定され、定員の純減目標など明確な目標のもと国・地方双方が強力に取り組む一方、b.市場化テストについては、本年度中の公共サービス効率化法案(仮称)の国会提出に向けた準備が速やかに推進される予定である。
    さらに今回の骨太の方針を読み進めると、小さくて効率的な政府の実現は、財政構造改革のなかで主要命題として再出する。すなわち、今後、基礎的財政収支改善に向けた歳出・歳入の一体改革を国と地方が歩調を合わせて中期的に推進して行くのに当たり、a.経済活力と財政健全化の両立を図る活力原則、b.改革の選択肢や将来の見通しなどを国民に提示しながら検討する透明性原則、と並ぶ3原則の一つとして、c.小さくて効率的な政府実現の原則が打ち出され、歳出削減なくして増税なしの考え方のもと、歳出削減と行政改革を徹底し、必要となる税負担増を極力小さくするという基本方針が明示された。

    (ロ)この3原則、とりわけ、歳出削減なくして増税なしの方針がどれだけ実現されるか否かが、今後の構造改革の行方を左右する最も重要な焦点になろう。それは、現下の厳しい財政状況を打開し、さらに今後の少子高齢化の進行に伴う社会保障コストの増大シナリオに対処していくために、国民に痛みをもたらす増税が不可避としても増税路線が容認されるためには公的セクターの改革が大前提である点に由来する。公的セクターの改革によって初めて、増税に対する国民の納得を得ることができると同時に、その抜本的断行によって増税規模を可能な限り極小化しマイナス・インパクトを最低限に抑え込むことで、わが国経済の成長力や産業競争力の維持・強化が可能になるためである。

    しかし、現状を踏まえてみる限り、小さくて効率的な政府が実現できるか否かは依然予断を許さない。仮に公的セクターの改革が限定的なものにとどまり、小規模の歳出削減と大幅な増税という組み合わせになった場合、確かに歳出削減を行ったうえでの増税という方針に沿った姿になるものの、わが国は活力に乏しく新たな成長パスが見出されない経済に陥るリスクが大きい。こうした観点から本稿では、まず総人件費改革と市場化テストそれぞれについて現下のわが国公的セクター改革が抱える問題点を整理したうえで、それらを踏まえ改革推進に向けて取り組むべき主な課題を指摘してみた。

  2. 改革の問題点
    (イ)まず総人件費改革では、公務員数、とりわけ国家公務員の定員純減に焦点が当てられているものの、大幅なコスト削減に繋がるような人員削減ができるかどうかは不透明である。確かに内外情勢の変化や技術進歩、あるいは行政ニーズの多様化に即して不断に公的セクターの役割や業務を見直し、省庁間や地方間、国と地方との間、さらに官民で人材の流動化を図っていくことは重要である。

    しかし、少子高齢化の進行や経済・社会のグローバル化、産業の高度化に伴って様々な分野で公的サービスに対するニーズが一段と増大しており、今後を展望しても、公的サービスに対するニーズの増大傾向に歯止めが掛かる公算は小さい。加えて、職員数をみる限り、わが国の公的セクターは、諸外国、とりわけ80年代以降、行政改革を強力に推進してきた主要先進各国に比べてみても、相対的に依然として小規模である。具体的に米英独仏4カ国を人口千人当たりの職員数のベースでわが国と対比してみると次の通りであり、この点に着目する限り、公務員の定数削減余地は必ずしも大きなものにならない可能性が強い。なお、このデータは総務省調べに基づく日本ILO協会の資料を参照した(図表1)。





    a.まず全体では、わが国の38.2人に対して、ドイツは61.3人で1.6倍、イギリスは67.1人で1.8倍、アメリカは79.3人で2.1倍、フランスは96.7人で2.5倍に達する。

    b.もっとも、わが国と諸外国の政府の態様には、防衛分野を中心に大きく異なる面がある。そこで、防衛関係職員を除くベースで対比してみると、わが国の35.9人に対して、ドイツは55.8人で1.6倍、イギリスは61.8人で1.7倍、アメリカは71.9人で2.0倍、フランスは88.3人で2.5倍であり、全体としてみた場合と大きな差異はない。

    c.さらに政府企業を除き、中央政府と地方公共団体の職員を合算したベースでみると、わが国の29.6人に対して、イギリスはエージェンシー化によって中央政府から政府企業へのシフトが5か国中最も進行しているものの40.0人で1.4倍、ドイツは48.9人で1.7倍、フランスは69.3人で2.3倍である。なお、アメリカは中央政府の計数が政府企業と合算ベースのため、中央政府と地方公共団体合算の計数は不明である。もっとも、地方公共団体だけで64.6人に達しており、それだけで、わが国の中央政府および地方公共団体を合算した職員数の2.2倍に及ぶ。

    (ロ)次いで市場化テストに目を転じてみると、上記の通り、わが国では公務員数の規模が諸外国比小さく、定員削減の余地が小さいだけに、その分、官民の役割を徹底して見直し、市場化テストを通じて諸外国を上回る小さくて効率的な政府を実現していくことが重要であるという考え方もありうる。まず基本方針として、国と地方を問わず、公的サービスにおいても技術基盤や環境変化に即応して業務の選択と集中が指向されるべきことは言を俟たない。とりわけ、通信環境やソフト・ハードウェアの長足の進歩によってIT活用の分野とメリットが飛躍的に拡大し、地域や国境を超えてあらゆる経済資源の活用がリアルタイムで可能になるという構造変化が、このところ一段と加速するなか、一部の業務を外部にアウトソースし、それによって定員削減と戦略的分野への人員投入を推進する方策は、小さく効率的で強力な政府を実現するうえでも有力な選択肢といえよう。
    そうしたなか、このところ注目を集める市場化テストであるが、そもそもこのスキームは、サッチャー政権下、80年に導入されたCCT(Compulsory Competitive Tendering:強制競争入札)制度が原型である。その後、メージャー政権での拡充を経て、現労働党ブレア政権のもと、CCTは、99年地方自治法によって単にコスト圧縮のみならずサービスの質向上をも実現する強力なツールとしてベスト・バリュー制度に衣替えとなり、発足以来20余年を経て一層活用の度を増している。同様のスキームは、アメリカでも公的市場に競争原理を持ち込み、公的サービスにおける独占・寡占を排除する市場化(Marketization)手法として定着し幅広く活用されている。

    それでは、このように市場化テストあるいは市場化テスト類似のスキームが米英で深く浸透し得た理由は何か。その要因を整理すると、様々な事情を指摘することができる。例えば、運営資金の面からみれば、総じて深刻な財政危機に直面するなか、思い切った改革が不可避であった。一方、サービスの質という視点からみれば、利用者サイドから不満が強いサービスでは、改廃を含め見直しが迫られていた。さらに、経済情勢から振り返ると、70年代半ば以降、第1次・第2次石油危機を契機に失業率が高止まり、産業空洞化の危機が深刻化するなか、小さな政府路線への転換が始動したなどである。
    加えて、職員サイドでの反発が必ずしも強いものでなく、むしろ積極的に取り組む動きすらあった点も看過できない。市場化テストが円滑に機能し成果を上げるには、公的セクターに属する数多くの部署や組織、さらに一人ひとりの職員が市場化テストを前向きに受け入れ、変革に対応していく必要があるためである。
    こうした観点から改めて諸外国をみると、次のような事情が指摘されよう。すなわち、米英をはじめとして総じて各国では官民で雇用関係に大きな差異がなく、わが国公務員制度にみられるような雇用保障が期待されないなか、財政状況は厳しく、市場化テストの実施なかりせば業務が打ち切られ、雇用の維持・確保すら困難になるリスクが大きかった。そうした情勢下、市場化テストを受け入れて事業の継続が可能になれば、まず事業を受託した企業に勤務する、あるいは当該組織や職員有志が事業を受託することなどを通じて雇用の確保が図られる。そのうえ、プロジェクトを成功させることで収入の増加も展望することができ、雇用の確保と収入の増加両面でプラスの効果を期待できる。このため、市場化テストの対象となる組織や職員サイドで、プロジェクトに対して反発するよりもむしろ前向きに対応しようとする動きが拡がった。なお、わが国公務員制度にみられる雇用保障について付言すると、わが国でも法文上の規定、すなわち、国家公務員法78条や地方公務員法28条1項をみる限り、諸外国と同様に、組織の改廃や予算削減、あるいは職員の能力不足を理由とする免職制度が設けられているものの、現実に適用される例は稀有であり、事実上、封印されている。

    (ハ)そうした各国の市場化テストに対して、そもそも公務員の雇用が確実に保障されているとすれば、まず、雇用面で市場化テストのメリットはない。さらに、企業への勤務変更や職員有志の事業受託で従前の所得が確保されないとすれば、所得水準が低下するリスクが大きいほどデメリットが顕在化する恐れが大きくなるため、市場化テストに対する職員サイドからの抵抗や反発が強まりやすく、成功は覚束ない。
    このようにみると、少なくとも米英の場合、民間とほぼ同様の雇用保障に加え、公務員の賃金水準が必ずしも高くなく、市場化テストに対する不満が醸成されにくい構造になっていた可能性があろう。そこで、先進各国を対象にわが国公務員の所得水準を比較してみた。対象は主要先進7カ国から日本を除いた6カ国、すなわち米英加仏独伊とした。
    もっとも、とりわけ公務員の給与水準を国際比較することは容易でない。給与制度のみならず、公務員が担当する業務分野が国によって必ずしも同一ではないうえ、就業実態として転職が定着し、雇用期間が相対的に短い国と終身雇用的色彩が濃厚な国、あるいはフルタイム勤務が大宗を占める国とパートタイムのシェアが大きい国では結果に差異が発生して当然であり、さらに先進国でも国によって所得水準が違う、などのためである。こうした点を踏まえてみると、公務員の給与水準を国際比較する際には単純に計数を比較するだけでは不十分であり、計数が同様であるにせよ、異なるにせよ、その要因を丹念に突き止める作業が欠かせない。そうした限界を承知したうえで、本稿では敢えて国際比較を行ってみた。具体的には、調査年は必ずしも一致しないものの、世界銀行の調査に依拠し、仮に一人当たり国民所得に対する中央政府の公務員一人当たり給与総額の比率に大きな変動がないという前提のもと、本比率に、2000年時点でのドル建て一人当たり国民所得を掛けることで、2000年時点での公務員1人当たり年収額を試算した(図表2)。





    なお、物価水準の国別格差、すなわち、物価水準が高い国と低い国では仮に名目金額が同様でも購買力が異なるため、そうしたギャップを調整する目的から、一人当たり年収額は単なる名目金額とせず、OECDの購買力平価ベースに換算した。一方、日本については、世界銀行の当該データベースに一人当たり国民所得対比の比率が見当たらず、国家公務員サイドでは基本給および諸手当を含んだ計数が不詳である。そのため、地方公務員を対象として、職員給総額を地方公務員数で除することで平均年収額を算出し、次いでそれを一人当たり国民所得で除して一人当たり国民所得対比の比率を計算した。国家公務員の給与水準を100としたときの地方公務員の給与水準を指すラスパイレス指数をみる限り、2000年の100.7から2003年の100.1まで4年間にわたりほぼ100で推移した後、2004年に97.9となっているため、わが国の場合、総じて地方公務員と国家公務員の給与は同水準であり、地方公務員をみることで、ほぼ公務員全体の所得水準をみることができるといえよう。それによると、次の点が指摘できる。

    (ニ)まず、一人当たり国民所得に対する公務員一人当たり年収倍率をみると、諸外国では、最大がカナダの1.48倍、最小がドイツの0.95倍で、6カ国を単純平均すると1.26倍であるのに対して、わが国は2.15倍である。
    次に、この年収倍率をもとに公務員の一人当たり平均年収を試算してみると、わが国の46,213ドルに対して、諸外国では、最大がアメリカの44,633ドル、最小がドイツの26,917ドルで、6カ国を単純平均すると34,530ドルとなる。もっとも、一人当たり国民所得の水準をみると、日米2カ国が3万ドル台であるのに対して、独仏英3カ国は2万ドル台半ば、さらに伊加2カ国はほぼ2万ドルと、国によって大きく異なっている。そのため、実質購買力ベースでも名目金額通りの差異があるか否かについて直ちに結論を出すことは難しいし、上記の通り、給与制度や雇用実態の違いなど、様々な要因を勘案して初めて正確に国際比較が行われ得る。しかし、少なくとも名目金額から、わが国公務員の給与が先進各国のなかで相対的に高水準となっている可能性を指摘することはできよう。なお、市場為替レートベースで対比すると、わが国と各国との給与格差はさらに拡大する。

    (ホ)加えて、日米2カ国では地方公務員給与について時系列推移をみることができるため、日米両国を対比してみた。もっとも、所得金額ベースでみると、物価変動、とりわけ、70年代半ばから80年代初頭にかけて石油危機を契機に物価が大幅に騰貴した結果、全体として特徴を検出しにくい。そのため、ここでは、一人当たり国民所得に対する地方公務員一人当たり年収倍率に着目した。なお、アメリカでは、連邦政府統計で地方公務員の平均月収がパートタイム職員ではなく、フルタイム職員のベースで調査されているため、それを12倍して年収換算値としている。
    なお、この計算、すなわち、平均月収を単に12倍した金額を年収とする手法に対して、それだけではボーナスなど、特別支給分が脱落しているのではないか、との指摘が想定されよう。しかし、わが国のように月収の6カ月分に相当するような特別支給は諸外国では一般に行われていない。逆に、わが国公務員制度に定着している退職金給付に相当するような離職時給付制度は諸外国に見当たらず、これを上乗せすると、日米の公務員給与の格差は一段と拡大する公算が大きい。ちなみに、アメリカ州政府協議会(The Council of State Government)傘下の州政府人事担当幹部協会(The National Association of State Personnel Executives)が行った99年調査によると、一部の州で幹部職員が調査対象から除外されているものの、州政府職員の平均給与は年間31,862ドルであり、前表の連邦政府統計データを若干下回るものの、ほぼ近似した水準となっている。これによると、日米それぞれの特徴として、次の点が指摘される。
    まずわが国では、91年度の1.9倍をボトムに次第に上昇し、2001~2002年度には2.3倍、2003年度には2.2倍と高水準で推移している。こうした状況が、わが国の場合、90年代に入って財政収支が年を追って深刻化し、近年、先進各国中最悪の水準に達するなかで生じてきているのに対して、アメリカでは逆に、経済成長ペースの鈍化や財政状況の逼迫を背景に、60年代初頭の1.6倍をピークに趨勢的に低下し、80年以降、1.2倍前後で推移している。なお、仮に前表の計数をもとに日本の地方公務員の所得水準がアメリカ並みまで引き下げられたケースを想定すると、わが国が2000年度64,811ドル、アメリカが2000年35,748ドルであるから、一人当たり平均年収額の日米格差が29,063ドルであり、それに、2004年度平均の円相場107.49円/ドル、および2004年4月現在の職員数265万人を掛けると、コスト削減額は8兆円に上る計算になる。
    このように公務員の相対的所得水準が引き下げられるという事態に対して、アメリカでは、州別に差異はあるものの、総じて労使交渉が次第に制度化され、労使間の紛争処理システムが広く活用されていった。これは、60年代以前には、警察や消防をはじめ公的サービスは市民生活に不可欠であって業務の断絶は許されないうえ、公務員には職務上一定の政治的活動が禁止されるなどの制約があることを根拠とし、さらに、賃金など、公務員の給付制度が民間に比べて充実していることから労使交渉は不要とされてきたものの、60年代以降、賃金水準の見直しなど、情勢変化に伴って労使交渉の必要性が増大した結果とされる。

    以上を踏まえてみると、英米など諸外国で市場化テストが一定の成果を上げることができた主因の一つとして、公的機関に所属する組織や職員サイドに、抵抗や反発よりむしろ、市場化テストを前向きに活用し、対応しようとする姿勢が強かったという事情が指摘される。すなわち、米英をはじめ諸外国では、雇用保障を含め、官民がほぼ同様の雇用関係に位置付けられ、組織の改廃や事業の見直しなどに伴って民間企業従業員と同様、公務員も失職・失業のリスクがある一方、少なくとも近年、公務員の給与水準が必ずしも高くない結果、市場化テストのプロジェクトに積極的に関与・参画することで、雇用の確保や所得水準の上昇など、メリットを享受できる可能性があり、それらが市場化テストをはじめとする官民の役割見直しに向けた様々な改革推進に強力なモメントとなったと捉えることができる。

  3. 今後の課題
    (イ)このようにみると、わが国が小さくて効率的な政府を実現するには、諸外国を上回る困難が待ち受けているといえよう。まず、定数削減についてみると、公務員数が諸外国を大きく下回るなか、少なくとも重点分野における公的サービス低下を回避しながら、削減を実施するには限界がある。一方、市場化テストについてみると、諸外国では、雇用保障の在り方や賃金水準の調整など、公務員制度の弾力化が時間をかけて実施され定着していたなかで官民の役割を見直す改革が推進されたのに対して、わが国の場合、少子高齢化がハイ・スピードで進み始める一方、国際環境の構造的変化に一段と拍車が掛かるなか、公務員制度の弾力化と官民の役割見直しを同時並行的、かつ、より短期間に完遂しなくてはならないためである。
    それでは、この難題を打開する強力な推進力をどのように獲得すべきか。無論、公的サービスには、外交や国防など、公共財的色彩が濃厚な分野もあれば、他方、駐車場や物品販売など、市場競争の色彩が強い分野まで様々なサービスがあり、制度目的もまちまちである。そのため、個別制度毎に目的や生産性、あるいは効用や費用に照らしてメリットとデメリットを勘案したり、政策全体との整合性や優先度を検証することが必要なケースもあり得よう。
    しかし、公的サービス分野全般を対象に、こうしたチェック・プロセスを可及的速やかに実施するという選択肢は、大規模で強力な検査チームの創設が必要となるだけに現実的とはいえまい。むしろ、公的サービスを通じて利用者が便益を得るという点に着目すれば、市場経済原理が機能する余地があり、市場経済原理を制度に組み入れ活用することで、追加的なコストを最小限に抑制しながら、迅速に資源配分や所得分配の最適化を実現することが展望できる。

    こうした観点からみると、まず公的サービスに関する業績評価制度および情報公開制度の拡充が焦眉の急である。それによって初めて、利用者の満足度や問題点といったサービス水準の達成度合いや提供分野の範囲、さらに設備費や人件費をはじめとするコスト、あるいは生産性や費用対効果など、様々な定量指標を通じた検証を個別サービス毎に、その要否や達成目標も含めつつ諸外国と対比しながら行うことが可能になるためである。さらに、競争原理を現実に活用していくためには、業績評価・情報公開制度を基盤に、a.公的サービス提供機関の拡大、b.公務員制度の弾力化、の2点が焦点となろう。米英など、諸外国の取り組みも踏まえ具体的にみると以下の通りである。

    (ロ)まず第1に、業績評価・情報公開制度の整備・拡充についてみると次の通りである。政府の関与が不要であり、かつ採算面で問題のない事業であれば、市場原理にゆだねることで、モニタリング・コストを削減しながら資源の配分や所得分配の最適化を図ることが可能である。それに対して、純公共財を嚆矢として政府の関与が不可欠な事業や採算の取れない事業について、資源配分や所得分配の最適化を実現するには、単にサービス提供機関の拡大を通じて競争原理を導入するだけでは不十分であり、提供されるサービスや業績に対する評価を行ったうえで、評価情報を一般に公開することが必要である。
    これは、業績評価と情報公開のセットで行うことで次のメリットが生まれるためである。まず同様のサービス分野についてみると、事業者間格差が顕在化し成功モデルが開示されることで、サービス向上やコスト削減に向けた経営努力が本格化する。次いで、こうした取り組みが拡がっていくと、採算が改善されたり、監査制度が拡充され、結果として個別サービスそれぞれについて民営化も含め、より幅広い市場化システムへの移行の可否を改めてチェックできるようになる。さらに、サービスの質やコスト削減に関する定量評価の結果を横並びで比較検討することで、様々な公的サービスの一つひとつについて重点を置くべきか、見直すべきかなど、業務の要否や優先度に関して判定を行う基礎データが揃う。加えて、こうした横並びの定量評価によって、国内のみならず、諸外国との対比という視点から個別業務の生産性や各コストの適正水準などについて比較検討することが可能になる。最後に、こうした評価情報が公開されることで、ユーザーは事前情報を獲得し、同種のサービス提供機関のなかから望ましいと判断した機関を選択する結果、サービスの質向上やコスト削減に向けた取り組みに拍車が掛かり、擬似的に競争原理が機能する市場が形成される。
    こうした業績評価と情報公開を通じた公的サービス改善にイギリスは世界に先駆けて取り組んできた。とりわけ、a.シティズン・チャーター、b.92年地方自治法による業績評価と情報公開、c.ベスト・バリュー制度、の3制度が重要である。わが国が小さくて効率的な政府を実現するうえで参照すべき点は何かという観点から、それらの概要を整理すれば次の通りである。
    まず、シティズン・チャーターは91年7月に制定された。これは、サッチャー政権下に行われた民営化などの行政改革だけでは効果が限定的であり、警察や税務など、民営化に馴染まない分野についても改革を行うには異なるスキームが必要との認識から策定された制度であり、骨子は次の7原則である。すなわち、a.公共サービスの受益権を国民の具体的権利として明確に規定したうえで、b.個別サービス毎に具体的達成目標の設定を義務づけ、c.目標の適否や達成の成否について情報公開制度を整備するとした。さらに、d.目標の達成度など、業績情報を第三者機関がチェックする一方、e.目標の達成度合いに応じて賃金など、処遇を見直す業績連動評価制度を導入し、f.サービス水準の底上げに向けた苦情処理制度を整備すると同時に、g.コストを削減・抑制しながら公共サービスの改善を図っていく、いわゆる“Value for Money”原則、の七つである。
    次いで、92年地方自治法によって、地方自治体が行う行政サービスを対象とした業績評価と情報公開制度が発足した。これに伴い、各事業毎にサービスの充実度やコスト・パフォーマンスが毎年調査され、業績結果が過去2年間の実績とともに公開されると同時に、それらを集約し、全国レベルで各自治体の業績比較が行われ始めた。
    さらに、99年地方自治法によってベスト・バリュー制度が創設された。これは、92年地方自治法で発足した業績評価と情報公開をさらに拡充した制度であり、具体的には、a.対象が自治体のみならず、警察や消防、公共交通など、公的サービス一般に拡大される一方、b.サービス毎に達成すべき目標が明確にされたうえで、コストの抑制と目標達成を両立させる実施計画の策定が求められ、c.加えて業績評価では、一つひとつの評価項目のほか、それらを統合した指標(Performance Indicator)を設けることで、サービス提供主体間の比較検討が容易にできるよう配慮された。

    (ハ)第2は公的サービス提供機関の拡大である。業績評価・情報公開制度をベースに、公的サービスを提供する機関が拡がり、事業を巡る競争が活発に行われて初めて、コストの削減やサービスの質向上、さらに新たなサービスの開始に向けた取り組みが本格化し、ユーザーが享受するメリットが増大する。このところ、PFIや指定管理者制度など、わが国でも公的サービス分野の市場開放が推進され、パイロット・プロジェクトが始動するなど、市場化テストでも本格的導入に向けた取り組みが拡がっている。
    もっとも、こうしたスキームによって民間にも開放されるプロジェクトは、わが国の場合、依然として独立採算、すなわち、受託事業者が収支の責任を負うスタイルが原則とされている。しかし、独立採算原則が成り立つ分野は公的サービスの一部に過ぎず、むしろその原則が部分的に成り立つとしても事業全体としては成り立たない分野が公的サービスの大半を占める。80年代以降、小さな政府を指向したイギリスでも、民営化だけでは限界があり、サッチャー政権以来、様々なスキームが整備・創出されてきた所以である。例えば、政府機関としての位置付けを残しながら民間の運営手法を導入、すなわち、事業目標やコスト削減目標に対する達成度に応じて組織や個々人の業績評価を行うエージェンシー制度、あるいは、サービス提供に関して政府が最終責任を負ったり、事業コストに対して政府が一部を負担するなど、公的関与を残しながらコスト削減とサービスの質向上の両立を目指すPPPs( Public Private Partnerships)などである。
    こうした視点からみると、単に事業の独立採算制、すなわち、受託者がすべての事業リスクを負うスキームが原則とされる限り、サービス提供機関の拡大を通じた競争原理の確立には限界が生まれる懸念が大きく、より一歩踏み組んだ取り組みが要請される。とりわけ、a.まず、提供すべきサービスの内容や水準を予め明確に決定することで提供主体の変更に伴うサービス低下を回避しつつ、b.政府からの直接的な財政支援、あるいは優遇税制の付与を通じて運営リスクを軽減し事業性の確保を図る、の2点が重要である。
    まず、サービス内容の明確化については、ユーザー・ニーズや地域性、代替財の有無や技術革新など、様々な要因に左右されるだけに、サービス毎に異ならざるを得ない。そうした諸要因を勘案したうえで、政府が提供責任を負うべきサービスか否か、さらに提供責任を負うべきであるとしても政府の責任範囲はどこまでかについて、サンセット・モデルをベースに見直すスキームの構築が必要である。端的な事例が、原則5年間のサイクルでサービス・メニューや提供のスタイルにとどまらず、民営化も含め組織の在り方まで徹底した見直しが行われるイギリスのエージェンシー制度が挙げられよう。
    一方、運営資金に対する政府支援についてみると、政府が直接に必要資金の一部を受託事業者に交付するのも一法であろう。事業運営に必要な金額から事業収入を差し引いた金額を支援額とする手法であり、イギリスやわが国の地方交付税制度に似たシステムとなる。しかし、財政状況が厳しく、政府の資金提供余力に限界があるなか、各国では、政府が受託事業者に直接、資金拠出を行う代わりに、最大限、受託者が自助努力で運営資金を確保できるように受託者が行う収益事業に対して優遇税制を設けるケースが多い。その典型がNPO税制である。
    そうした優遇税制には具体的に次の二つの方法があろう。すなわち、a.例えば、ギャンブルからの収益を認めるなど、優遇税制の対象となる事業を可能な限り広く容認することで収益事業に対する法人所得課税について事実上の優遇措置を講ずるというアメリカ各州などで頻用される手法と、b.公益性を目指すNPO本来の活動目的を実現するために稼得された経済活動(Zweckbetrieb)からの利益という制約条件を満たす限り、収益事業からの利潤であっても法人税や営業税、売上税の課税が免除されるというドイツの手法の二つである。
    翻ってわが国をみると、今後の税制改革の課題の一つとして、寄付税制の見直し問題が提起されている。確かに、寄付資金はNPO活動の基盤である。しかし、NPO先進国であるアメリカについて、過去20年間にわたる総収入に占める各収入のシェアの推移をみると、事業収入が4割を占め、寄付金の2割、政府からの補助金の3割を上回る最大の主要財源となっている。どれほど公益性が高くても、単なるアドホックな所為に終わる懸念も否定できない個人や法人からの好意に期待するだけでは事業として安定的した運営は困難である。加えて、安定した運営が行われる組織となって初めて、政府サイドとしても、公的サービスの受け皿として位置付け、積極的に活用していくことが容易になる。わが国でもNPOをはじめとする公益法人のより戦略的活用に向けて、諸外国の様々な取り組みやノウハウを採り入れると同時に、優遇税制の拡充も含め、制度の見直しに着手すべき段階にあるといえよう。

    (ニ)第3はわが国公務員制度における雇用賃金制度の弾力化である。とりわけ、a.労働基本権の拡充、b.官から民への移籍制度の創設、の2点が重要である。
    まず労働基本権の拡充についてみると、わが国に比べて、諸外国では総じて労働基本権、すなわち団結権と団体交渉権、さらに団体行動権からなる、いわゆる労働三権がより広く認められている。わが国では、一般行政職職員の場合、国家公務員、地方公務員とも団体交渉権および団体行動権が認められず、さらに、警察・消防職員や自衛隊職員には団結権も認められていない。それに対して先進各国では、アメリカ連邦政府でCIAやFBIが対象外とされるなど、一部例外はあるものの、総じて労働基本権が認められている。さらに、警察や国防職員については対象から除外し、例外扱いとする国もかつては少なくなかったものの、それらについても労働基本権を認め、労使紛争の処理スキームを整備する国が次第に増えている。そうしたなか、公務員も含め、労働組合結成の自由と使用者の干渉の禁止を規定したILO87号条約を批准した国がわが国を含め141カ国に上るなか、消防職員の団結権を禁止している国は唯一日本だけである。
    このように諸外国で公務員にも労働基本権の適用が拡大されてきた主因として、次の2点が指摘されよう。すなわち、a.警察や消防、国防分野も含め、官民の役割が見直され、公務員と民間人が同様の業務に携わるようになったり、さらに市場化テストやPFIの実施によって同一組織体に所属するケースが増大した結果、公務員と民間人で労働基本権の扱いに差異を設ける積極的理由が希薄化した、b.財政状況の深刻化、あるいは組織改編などに伴って、公的セクターでも雇用の流動化や給与水準の見直しに向けた取り組みが拡がった結果、労使交渉のルートを整備する必要性が高まった、の二つである。このようにみると、今後、わが国が市場化テストを本格的に導入し成果を上げていくために労働基本権の拡充は不可欠の課題と位置付けられよう。
    次いで、市場化テストの強力な推進には、それまで公的セクターが実施してきた業務を民間に開放するだけに、職員の身分について官から民への円滑な移籍を促す制度の整備・拡充が急がれる。そうした観点からみると、イギリスでCCTやベスト・バリュー制度の推進に当たって創設されたTUPE(Transfer of Undertaking - Protection of Employment)制度が参考になろう。
    これは、EUの既得権益指令77/187号に依拠し、97年に導入された制度である。もっとも、由来をみれば、本指令は官から民への身分移転のためのスキームではなかった。すなわち、本指令では、民間企業の事業分割やM&Aが適用対象として想定され、例えば、事業譲渡に当たって当該業務の従事者の雇用契約を従来と同一条件で新しい雇用主に譲渡する枠組みとして創設された。しかし、それが、CCTやベスト・バリューなど、市場化テストのスキームにも適合することから、官民の役割見直しプロセスにも拡大適用されることとなったものである。なお、同一条件での雇用は長期にわたって保証されるものではなく、ケース・バイ・ケースであるものの、数カ月から長くても1~2年とされる。

    (ホ)骨太の方針2005は、その冒頭で「本格的な人口減少・超高齢社会の到来や地球規模でのグローバル化の進展など」、わが国が未曾有の環境変化に直面するなか、「時代の潮流に適切に対応し、新たな成長基盤を確立できるか、緩やかな衰退の道をたどるかどうかは、ここ1、2年の構造改革の進展が成否を決める」と指摘し、2006年度までの2年間、すなわち重点強化期間の改革断行が緊要と訴求する。それはいずれも正鵠を得た認識であり、わが国が中長期的に活力ある経済・国家として生き続けるためには、一段と激化する国際競争を勝ち抜き、間近に迫った人口減少社会を克服す る強靭な産業・社会への速やかな転換が焦眉の急である。今回の改革、とりわけ、小さくて効率的な政府の実現は、三位一体改革と並び、21世紀のわが国の行方を決定する重要な国家的課題である。政治のリーダーシップ発揮と同時に、官民の総力を挙げた取り組みが望まれる。
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