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Business & Economic Review 2005年04月号

【CHINA TREND】
胡錦濤時代の中国(2)新たな経済成長モデルの構築に向けての挑戦(上)過度の重工業化路線依存は慎むべき

2005年03月25日 調査部 主席研究員 呉軍華


2004年11月号の当コラムにおいて、腐敗の浸透や社会的対立が先鋭化するなかで、胡錦濤体制は政治的に新たな局面を開くために、創造的発想によって新たなシステムを設計しなければならないと論じた。実は、政治分野に限らず、経済分野においても、成長を持続可能なものにするためには、これまでの先進国の経験を吸収しつつもそれに縛られずに、中国を取り巻く内外の政治・経済環境の変化に対応した新たな成長モデルを構築することが求められている。換言すれば、新たな成長モデルの構築に成功することができるか否かは、経済的側面から胡錦濤時代の中国を展望するに当たって、最も重要なポイントの一つになっている。高成長を続け、世界経済を牽引するまで成長してきたにもかかわらず、中国はなぜ、新たな成長モデルを構築しなければならないのであろうか。その背景として、改革・開放路線以降、とりわけ近年の中国経済の高成長を促進したメカニズムが大きな限界に直面していることが指摘できる。こうした限界は、成長が投資や輸出の拡大に過度に依存していることや、産業構造の重化学工業化が急進展していることといった多くの視点から分析することができるが、今回はまず産業構造の視点からみてみることにする。

重化学関連産業は再び成長の牽引役に
周知の通り、中国は1950年代から70年代末までの長い間、社会主義計画経済体制のもとで、スターリン型工業化モデルに倣って、軍需関連産業の拡大を中心とする重化学工業化を推し進めてきた。この結果、国民経済が疲弊し、人々の生活水準は大きく低下した。こうした重化学工業化路線への反省から、70年代末、改革・開放路線が確立するとともに、消費財産業を中心とする軽工業の発展が促進された。しかし、こうした流れは90年代末、とりわけ2002 年以降大きく変わり、再び重化学工業化の時代を迎えた。具体的には、図表1 に示した通、鉱工業総生産高に占める重化学関連作業の割合でみた重化学工業化指数は、90年代初め頃までは50%前後で推移していたが、90 年代後半に56 ~58 %に高まり、2000年以降さらに急上昇して、2004年11月には67.3%という記録的な水準に達した。

こうした変化をどのように考えるべきであろうか。産業発展論では、一般的に成長に伴って、経済の重化学工業化が進むとされている。実際、イギリスやアメリカ、日本などの先進諸国の経済成長の過程を振り返ってみると、重化学工業化がきわめて大きな役割を果たしたのは確かである。こうした先進国の経験もあって、中国国内において、進行する重化学工業化に向けた流れを経済構造の高度化として受け取り、それを積極的に促進すべきだとする論調が多い。たとえば、2004年12月に北京大学で開かれたシンポジウムにおいて、経済学者の歴以寧教授は「大国の発展にとっては、重化学工業化は避けて通れない道であり、13億の人口を有する中国のような大国はなおさらだ」と主張した。





しかし、筆者はこうした見方に対してむしろ懐疑的である。確かに、中国経済がこれから本格的にテークオフしていくに当たって、重化学工業関連産業を含む製造業の一層の拡大は不可欠である。しかし、エネルギー・資源の供給や地球温暖化の進展といった中国を取り巻く内外環境を勘案すると、中国が重化学工業化に依存した近代化路線を達成することは困難と考えられる。むしろ、情報化・知識経済化が世界経済の大きな流れとなっている現状を踏まえて、中国は製造業部門の拡大だけに頼らず、サービス業、なかでも付加価値の高い情報サービス産業の発展に注力することによる新たな近代化路線を実行すべきだと主張したい。

重化学工業化に依存した近代化路線の限界は、政治的側面と経済的側面の両方から検証することができる。

重化学工業化による成長は持続不可能まず、経済的側面からみてみよう。

短期的にはともかくとして、中国のような大規模な経済が重化学工業化によって、中長期的に成長を続けていく可能性は極めて低い。エネルギー・原材料の資源供給のボトルネックと環境・生態系への過大な負荷は、その最大の制約要因として指摘することができる。

周知の通り、鉄鋼や機械、化学などを中心とする重化学関連産業の発展はエネルギー・原材料資源の大量の消費を必要とする。イギリスやアメリカをはじめとする先進国は、植民地政策の実行も含め、かつて世界中から資源を集めることによって重化学工業化を推し進めることができたが、今の中国には当然できない。加えて、エネルギー・原材料の資源が世界的に枯渇しつつある現実のもとで、13億の人口を有する経済の本格的な重化学工業化を支えることは不可能である。このことは、近年中国向け輸出の急増が忽ち世界のエネルギー・原材料市況の急騰要因になっている事実をみれば明らかである。

さらに、日本やヨーロッパはもとより、インドよりもエネルギーの利用効率が劣る産業技術は、中国の重化学工業化による成長の達成を一層困難なものにしている。ちなみに、単位当たりのGDP を生産するために消費するエネルギー量で比較すると、中国は日本の11.5 倍、フランス、ドイツの7.7倍、アメリカの4.3倍に相当するといわれている。2003 年現在、世界のGDPの約4%を産出した中国は世界の原油の7.6 %、アルミニウムの18.8%、鉄鉱石の34.6%を消費したという(図表2)。






環境・生態系への負荷が過大であることも、重化学工業化に依存した成長の限界を表すものである。鉄鋼やアルミニウムといった産業そのものが環境破壊の要因になっていると同時に、その急拡大に伴って生じた電力需要を賄うために大量に建設されている水力・火力発電所も生態系を脅かす大きな要因になっている。ちなみに、深刻化する環境・生態系を保護するために、2005年1月18日、中国国家環境保護総局は国家プロジェクトの三峡ダム水力・火力発電所の関連施設を含む30の水力発電所の建設中止を命じたほどであった。

重化学工業化による成長は雇用なき成長
一方、社会の安定の維持という政治的側面からみても、重化学工業化に依存した近代化路線には大きな限界があると考えられる。軽工業よりも資本・技術集約型の重化学関連産業に牽引される経済成長が失業圧力の緩和に果たす役割は限られているからである。

世界最大規模の人口を有する中国にとって、雇用を絶えず拡大していくことはかねてより重要な政策課題の一つであった。しかし、失業問題が社会の安定を脅かしかねないほど先鋭化したのは90 年代半ば以降、とりわけ近年のことである。ちなみに、中国国家統計局の発表によると、2004年の実質経済成長率は9.5%と96 年来の高い水準に達したが、都市部の失業率は4.2 %であり、2003年よりわずか0.1ポイントの低下にとどまった。経済の発展段階が大きく異なっているものの、中国はアメリカと同様、雇用なき成長の罠に陥っているわけである。その背景には、重化学関連産業が軽工業関連産業に代わって今回の景気拡大を支えた牽引役になったことがある。

ちなみに、中国において、軽工業中心の経済成長では1パーセントポイントの成長率が300万人の雇用を生み出すことができるが、重化学工業化による成長では、70万人分の雇用しか創出できないといわれる。この結果、90年代末に、重化学工業化の流れが再加速化して以来、GDP に占める製造業の割合は上昇してきたが、総就業者に占める製造業部門の割合は逆に低下する傾向を辿った(図表3)。





重化学工業化に依存した経済成長路線の限界は、雇用創出効果に大きな期待ができないことだけにとどまらない。重化学工業化による成長は所得格差、とりわけ都市部と農村部の所得格差の拡大に一層の拍車をかけることにもなりかねない。中国の失業問題を考えるに当たって、都市部の失業率の上昇は懸念すべきことであるが、より大きな問題は約1億人と推定される余剰労働力が未だに農村部に とどまっていることである。こうした余剰労働力を非農業部門に移転して初めて中国経済の持続的成長が可能となり、社会の安定も保っていくことができると言って過言ではない。しかし、重化学工業関連産業に必要とされる労働者は一般的により高い技術と熟練度が求められるために、その産業部門の拡大は教育水準が比較的低い農村の余剰労働力の吸収に果たす役割は極めて限定的と思われる。
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