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Business & Economic Review 2005年03月号

【STUDIES】
地上デジタル放送の動向と普及に向けた課題

2005年02月25日 調査部 IT政策研究センター 主任研究員 野村敦子


要約
  1. わが国をはじめ、世界各国が放送のデジタル化に取り組んでいる。その目的として、a.電波の有効利用、b.放送サービスの質の向上、の2点を挙げることができる。とりわけ、移動通信システムや電子タグなど無線通信市場の拡大が見込まれ、各国が積極的な取り組みを進めるなか、わが国はその実用化に必要な電波が逼迫した状況にあり、電波利用の見直しが喫緊の課題となっている。このような状況にあって、地上放送にデジタル技術を導入して電波の有効利用や使用されている帯域の整理を進め、今後成長が見込まれる移動通信システム等に電波を再配分することを主眼として、地上放送のデジタル化が計画された。

    このような事情を背景に、2003年12月に東京・名古屋・大阪のテレビ局各社により地上デジタル放送が開始された。2006年までに全国で地上デジタル放送を開始し、2011年7月24日に地上アナログ放送を終了する計画となっている。地上デジタル放送の特徴としては、a.高画質・高音質放送、b.複数番組の同時放送(マルチ編成)、c.高度な双方向サービス、d.高齢者・障害者向けサービスの高度化、e.車載端末や携帯端末向けの安定した動画サービス、f.サーバー型放送サービス、などが挙げられる。

    地上デジタル放送の開始が国の方針として定められたことを受け、NHKならびに地上民放テレビ局各社は、番組の制作設備や送出設備、送信設備のデジタル化を進めるとともに、地上デジタル放送独自のサービスの開発に取り組んでいる。政府も、総務省内に「地上デジタル放送推進本部」を設置し、国民に対する周知・広報活動やアナログ周波数変更対策、放送事業者のデジタル化投資に対する支援、免許制度の整備、マスメディア集中排除原則の緩和などに取り組んでいる。

  2. このように、わが国では官民をあげて地上デジタル放送の普及推進に取り組んでいるものの、2011年7月24日にアナログ放送を終了するという目標を達成するに当たって、解決すべき課題が山積している。具体的には、a.現在実施されている地上デジタル放送の内容にアナログ放送との明確な違いが見出せないなど、視聴者が地上デジタル放送を積極的に導入しようとする動機に乏しいこと、b.コンテンツの権利処理や法制度に関連する問題があり、デジタル放送の新サービスを提供する際の障害となること、c.地上アナログ放送の終了期日は定められているものの、カバーエリアや受信機の普及について、終了の是非を判断するための明確な基準がないこと、d.家庭内の2台目以降の受信機の地上デジタル放送への対応が進まない可能性が高いこと、などである。これらの阻害要因に対して、早急に対応策を検討する必要がある。

  3. 世界の動向をみると、地上デジタル放送は1998年9月にイギリスが世界で最初に開始したのを皮切りに、アメリカ、スウェーデン、スペイン、フィンランド、シンガポール、韓国など、各国で始まっている。なかでも、先行しているイギリスについて、その取り組みをみると次の通りである。

    イギリスの地上デジタル放送は、有料放送事業者の経営破綻があったものの、現在は無料放送のFreeview がサービスを提供しており、2004年3月時点の世帯普及率は14%(デジタル放送全体の普及率は53%)に達している。イギリスにおいても、視聴者のデジタル放送に対する認識が不足していること、2台目以降のテレビのデジタル化が進まないこと、電波の到達範囲に限界があること、アナログ放送の終了期日が明示されていないこと、などの問題があり、市場に任せているだけではデジタル放送の普及は進まないと指摘されている。これに対しイギリス政府は、地上デジタル放送の発展や情報通信市場の成長を後押しするために、情報通信にかかる法制度や規制機関の在り方を、通信と放送の融合が進展している現状に沿う形へと見直しを進めている。そして、アナログ放送からデジタル放送への円滑な移行を実現させるために、政府諸機関・関連業界・消費者等が参画する推進組織を設置して、課題解決に取り組んでいる。

  4. こうしたイギリスをはじめとする諸外国の地上デジタル放送の普及への取り組みや経験を踏まえ、わが国が地上デジタル放送の普及を進めていく際のポイントを整理すると、主に次の3点を指摘できよう。

    第1に、国民にとって利便性の高い情報・サービスを提供する伝送路として、地上デジタル放送の積極的な活用を図ることである。そのためには、a.放送コンテンツの活用範囲を拡大するための権利処理手続の円滑化、b.帯域免許制度の導入による柔軟な帯域利用の実現など、民間事業者による地上デジタル放送を活用した多彩なサービスを実現するための環境整備に取り組むとともに、民間のビジネスが立ち上がるまでの先導役として、c.公的機関による地上デジタル放送の積極的な活用を推進する必要がある。

    第2に、地上アナログ放送を計画通りに着実に終了させることである。地上放送のデジタルへの移行が円滑に進まない場合、わが国の電波の有効利用が一層遅れるだけでなく、わが国の経済・産業の国際競争力の低下につながることが懸念される。したがって、地上アナログ放送を円滑に終了させるためのタイムテーブルや条件等を明確に示す必要がある。

    第3に、わが国の情報通信市場のさらなる発展を促すために、市場の変化に適合した新たな規制・競争スキームの整備に取り組むことである。とりわけ、通信と放送で分断された規制の枠組が市場の発展を阻害する要因となっているため、これを見直し、新たなサービスや市場の台頭にも対応可能とすることが求められる。イギリスをはじめとする諸外国では、通信と放送で分かれていた法制度を統合し、インフラとサービスに分けて規制の在り方を見直すなど、通信と放送の融合の進展を見据えた制度整備が進められており、わが国も参考にすべきである。加えて、情報通信市場発展のためには、競争メカニズムを有効に機能させることが重要となる。現状では、総務省が放送・通信分野の産業振興と規制・監督の両機能を有しているが、これを明確に分離し、規制・監督機能は行政府から独立した組織として、より専門性を高めたものとすることが望まれる。

    このように、デジタル放送のインフラ、コンテンツ、デバイス、技術等を幅広い領域で活用するための制度や規制のあり方等を見直すことが、地上デジタル放送の普及ならびに電波の有効利用を促進し、わが国経済の活性化に寄与することになろう。
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