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Business & Economic Review 2007年08月号

【STUDIES】
中国の人手不足は本当か-統計から読み解く労働市場の変化

2007年07月25日 調査部 環太平洋戦略研究センター 主任研究員 三浦有史


要約

  1. 中国における人手不足は農村労働力によって構成されるインフォーマルな労働市場における需給関係の変化を受けたものといえる。「中国農村労働力就業及び流動調査」によれば、農村労働力、より厳密にいえば農村戸籍保有者のうち就労を目的に戸籍地を離れた人は2000年時点で1億1,138万人に達する。移動はその範囲に応じて、a.郷内、b.県内郷外、c.省内県外、d.省外、e.国外に分類され、それぞれの割合は45.9%(5,205万人)、14.3%(1,622万人)、14.8%(1,678万人)、24.9%(2,824万人)、0.1%(9万人)である。中国では内陸の農村から大量の労働力が沿海部に押し寄せているイメージがあるが、実際には全体の60.2%が県内、75.0%が省内移動である。

  2. 不足しているのは未熟練若年労働者であり、鍵を握るのは省間移動の動向である。省間移動の内訳をみると、「送り手」と「受け手」の地域が限定されることがわかる。「送り手」は、安徽、江西、河南、湖北、湖南、広西、重慶、四川の8省・市で2,179万人となり、全体の77.2%を占める。「受け手」は、北京、上海、浙江、福建、広東の沿海部の5省・市で2,111万人と全体の74.8%を占める。なかでも広東省が1,459万人と全体の51.7%を占め、省間移動の二人に一人が同省に向かっていることになる。

  3. 人手不足は労働市場の供給側の構造的な変化に需要側の一時的な変化が重なって顕在化したと考えることができる。前者としては、農村における余剰労働力の供給余力が低下したこと、さらには、就学率の上昇に伴い若年労働者の労働参加率が低下するとともに近隣移動への切り替えが進んだことの二つが挙げられる。後者はWTO加盟を受けて増加した投資によって未熟練労働者に対する需要が急増したことや都市のサービス業における需要が拡大したことが指摘できる。影響の度合いとしては今のところ需要側の要因の方が圧倒的に大きい。しかし、若年人口が大幅な減少に転じる2010年以降、供給側の要因の影響が強まるものと考えられる。

  4. 政府は問題を解消するための幾つかの政策手段を有しているが、それらが実現する可能性は小さい。戸籍制度および土地使用権制度の改革が移動に与える影響は大きいものの、前者は反体制的な動きを封じ込めるという政治的な機能を有しており、近年、その重要性が高まっていること、後者は農村における社会保障が未整備で、農地を最終的な生活保障の拠り所とせざるを得ないことから、期待は持てない。労働集約的な輸出産業を軸とした成長モデルからの脱却は、知的財産権保護などの課題が多く、かなりの時間が必要となろう。中西部や東北地区への外資誘致は最も望ましいシナリオであるが、賃金以外の面で沿海部の優位性は高く、賃金上昇が「受け手」の資本流出を促す効果はそれほど大きくない。

  5. 中国、とりわけ、沿海部の強みは先進国並みのインフラと低廉な未熟練労働者を同時に提供できたことである。しかし、労働市場の構造的な変化に伴いこの強みは次第に失われていくものと思われる。この変化を中長期の事業計画に取り込むことはいずれの企業においても喫緊の課題である。今後は、低廉な労働力の確保を優先すればインフラの劣る地域への工場移転を、移転をしない場合は賃金の引き上げを視野に入れた事業計画を準備する必要がある。
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