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アジア・マンスリー 2019年6月号

インドも直面する米国との通商摩擦

2019年05月28日 熊谷章太郎


米中貿易戦争に関心が集まっているが、同様の動きは米印間にも広がりつつある。

■深まる米印の通商摩擦
2018年3月に米国政府が一部の鉄鋼製品とアルミ製品の輸入に対して高率の追加関税を適用することを決定して以降、各国と米国の間で通商摩擦が深刻化している。同様の動きはインドにも広がりつつある。

インド政府は2018年5月、米国の追加関税についてWTO(世界貿易機関)に不服を申し立てるとともに、大型バイク、アーモンド、リンゴなどの輸入に対して報復関税措置を導入する方針を明らかにした。その後、事態の一段の深刻化を回避すべく、政府高官レベルの協議が開催され、インド政府は報復関税の導入期限を繰り替えし延期した。しかし、米印の通商交渉は様々な対立軸を含んでいることから、大きな進展は見られなかった。こうした中、2019年3月4日、米国政府はインドに対するGSP (Generalized System of Preference:一般特恵関税制度)の適用を除外する方針を発表した。GSPは、低所得国の輸出を通じた経済発展を支援するための関税優遇措置であり、米国のほか、日本やEUなどもインドを含む低所得国に対して同様の制度を適用している。米国のインドに対するGSP適用除外は、インドへの通知から60日を経過した後に大統領布告を経て開始される予定である。この期間に二国間協議が行なわれることになるが、インドでは4~5月にかけて下院総選挙が実施されており、政策の継続性を確保することが困難という事情がある。そのため、米国はインドの総選挙後に発足する新政権との協議を踏まえて、最終的な判断を下すと見込まれる。

■GSP適用除外の背景
インドの一人当たり名目GDPは2000ドル程度に過ぎないため、所得水準の観点からはGSPからの「卒業」は時期尚早である。それにも関わらず米国側が適用除外を決定したのは、インド市場に対する「公平で合理的なアクセスの欠如」を問題視したからである。具体的な理由については言及されていないものの、インドの小売関連の外資規制や知的財産権の侵害に対する懸念が主たる理由と推測される。

2014年にモディ政権が発足して以降、インド政府は対内直接投資の増加を通じた雇用創出に向けて様々な業種で外資規制の緩和を進めてきた。しかし、零細小売業を保護する観点から、複数ブランドを扱う総合小売業には依然として厳しい参入規制を維持している。また、単一ブランドの小売業についても、3割の現地調達率を義務付けている。EC(電子商取引)を巡っては、大手EC企業による市場独占とそれによる廉価販売を規制するべく、インド政府は2018年12月、EC運営企業が出資している業者の商品の販売を禁止するとともに、販売業者との独占契約を禁止する規制を導入する方針を発表した。米国企業はインドのEC市場の主要プレイヤーであることから、同措置に対して不満を表明している。また、米政府が各国の不公正な商慣行についてまとめた「スペシャル301条報告書」でも、インドを引き続き「優先監視国」に指定するとともに、医薬品や化学製品などの分野で知的財産権の侵害に対する懸念を表明した。なお、米国商工会議所が作成する知的財産権の保護に関する国際評価ランキングで、2019年のインドの順位は50カ国・地域中36位と前年(同44位)から大きく上昇するなど、改善に向けた取り組みは進められているものの、依然として下位にとどまっている。

■GSP適用除外の影響は限定的
今後を展望すると、雇用創出がインドの喫緊の課題となっていることを踏まえると、インド政府が米国に譲歩する形で小売分野などの外資規制の緩和を行う可能性は極めて低いと判断される。そのため、総選挙終了後も二国間協議に大きな進展は見られず、GSPの適用除外が確定する公算は大きい。

そこでGSPの適用除外がインド経済に与える影響を見ると、①対米輸出の名目GDP比は2%弱に過ぎないこと、②主要な輸出品であるダイヤモンドや金を含む宝飾品などに対してはGSPが適用されないことから、輸出を通じた下押し効果は軽微にとどまると判断される。ただし、GSPの適用有無は労働コストとともにグローバル展開する労働集約型産業の生産拠点の立地決定要因となっているため、米国のGSPの適用除外は米国向け輸出を睨んだ外資企業の対内直接投資の減少といった経路からも景気を下押しすると見込まれる。ちなみに、米国は、インドのほか、インドネシアやタイを含む幾つかの新興国に対してもGSPの見直しを行う方針を示しており、わが国も2019年4月から中国、タイ、マレーシアへのGSPを全面的に適用除外としている。そのため、インドの対内直接投資に与える影響は、各国のGSP適用状況やGSP適用除外後の代替関税優遇措置の有無、FTA締結に向けた通商交渉の進展状況などにも左右されることに注意が必要である。

今後、米国のイラン産原油の輸入禁止措置への追従などを米国側が評価して、米印摩擦の一段の深刻化が回避される可能性は残されている。一方、GSP適用除外とそれに対するインド側の報復関税措置の導入をきっかけに米印間の対立が一段と深刻化するリスクもあり、その場合は米中対立の深刻化と併せて、アジアの貿易・投資構造に広範な悪影響を及ぼすことになるだろう。
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