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アジア・マンスリー 2018年6月号

問題を抱える韓国・文政権の雇用対策

2018年05月18日 松田健太郎


韓国では、若年層の雇用情勢悪化を受けて、文在寅政権が最低賃金引き上げなどの雇用対策を打ち出している。もっとも、これらの雇用対策には大きな副作用があるとみられ、軌道修正の有無が注目される。

■雇用環境に改善はみられず
韓国では、堅調な輸出や民間消費にけん引されて景気回復が続いているものの、失業率は2014年に上昇して以降、高止まりの状態が続いている。とりわけ、2018年3月の失業率は2010年2月以来の4.0%まで上昇した。年齢別にみると、15~29歳の失業率は9.7%と高水準にあり、全体の失業率と比較しても深刻な状況にある。

この背景には、かねてから問題視されている雇用のミスマッチが指摘できる。韓国では、中小企業の賃金水準が大企業の約6割にとどまっているため、大企業の採用枠に就職希望者が集中する一方、慢性的な人手不足状態にある中小企業への就職希望者は少数にとどまる。これに加え、急速な高齢化が進むなか、高齢者雇用の拡大が若年層の雇用機会の減少を招いている。高齢者の雇用期間の延長などに伴い、企業が新卒採用を抑制するようになった結果、就業意思があるにもかかわらず求職を断念する者が増加しているほか、長期の失業者の割合も上昇しており、若年層の雇用情勢はむしろ悪化している。

■文在寅政権は雇用政策に注力
こうした状況下、所得主導型成長を掲げ、雇用を最重要課題に位置付ける文在寅大統領は、17年5月の就任以降、若年層を意識した雇用政策を次々と打ち出した。主な内容としては、①5年間で公共部門を中心に81万人の雇用創出、②2020年までに最低賃金を1万ウォンまで引き上げ、③週労働時間の短縮、である。

既に2017年7月に11兆ウォンの補正予算を編成し、公務員の増員を決定したほか、18年の最低賃金の大幅な引き上げを告示した。次いで、18年2月には長時間労働の是正と新規雇用拡大を目的に週労働時間の上限をこれまでの68時間から52時間に引き下げる法案が可決された。

加えて、2018年4月にも雇用関連対策を中心に位置づけた18年度補正予算を編成している。34歳以下を対象に減税や低利融資などで所得拡大や住居取得などの資産形成を支援するほか、雇用主である中小企業にも奨励金を支給する政策が盛り込まれた。これらにより雇用情勢が改善するのかに注目が集まっている。

■2つの問題
文政権が打ち出している雇用対策については、2つの大きな問題が指摘できる。

第1に、最低賃金の引き上げは政策目的とは裏腹に雇用減少を招く恐れがある。2018年の引き上げ幅は16.4%と、これまでの7%前後の引き上げ幅を大きく上回っている。2020年までに1万ウォンという公約を実現するためには、同程度の引き上げが今後2年間続く見込みである。最低賃金の引き上げは一見、購買力の上昇につながるようにみえるものの、企業にとっては固定費負担の増大となる。そのため、これまで以上に新規雇用が抑制される可能性があるほか、店舗や製造ラインの無人化による人件費削減を目的に機械化・自動化投資が加速することを通じて、若年層の採用にマイナス影響を及ぼしかねない。

既に、雇用減少の兆しは現れている。新規求人倍率をみると、文政権が誕生して以降も低下傾向が続いており、2018年3月には、0.58倍と1倍を大きく下回っている。コスト増大を危惧した企業が雇用を抑制しているとみられる。

第2に、雇用対策が、潜在成長率を低下させる恐れがある。まず、時間当たりの労働生産性は、製造業・サービス業とも足許で上昇したものの、2010年代前半の水準と同程度にあり、伸び悩みが続いている。こうした状況下、労働時間を短縮すると、企業の供給能力の低下につながり、韓国全体の経済活動を停滞させることが懸念される。長時間労働が常態化している韓国にとって、労働時間の短縮は重要な政策課題であるが、雇用の流動化や働き方の見直しなどを通じた労働生産性の向上がない限り、逆効果につながる公算が大きい。

さらに、企業の負担増による海外シフトの加速も懸念される。最低賃金引き上げ以外にも、18年度予算で雇用対策の財源確保のため純利益2,000億ウォン超の大企業の法人税を22%から25%に引き上げるなど、世界的な法人税引き下げの流れに逆行する措置が打ち出されている。グローバル企業が経済をけん引する韓国では、企業の海外シフトは国内生産の縮小を通じて経済にマイナス影響を及ぼす恐れがある。

■持続可能な政策への転換が不可欠
以上のように、現政権の雇用対策は一見若年層を救済するように見えるものの、むしろ経済全体の成長力を弱め、結果として若年層を一層苦境に追い込む可能性がある。もともと、選挙戦を意識した公約が反映されているため、ポピュリズム的な色合いの強い政策であったが、公約に反すれば、国内の反発が高まることが予想される。舵取りは難しいものの、文政権には、財政頼みや企業経営の視点が抜け落ちた政策運営から、実効性と持続性のある政策への軌道修正が求められる。
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