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アジア・マンスリー 2018年5月号

長期化が懸念される米中貿易摩擦

2018年04月23日 三浦有史


米中対立の底流には、「中国モデル」の普及により内外の求心力を高めたい中国と、内向き志向を強めた結果、国際社会における影響力を低下させた米国との相克があり、貿易摩擦は長期化する可能性が高い。

■党大会を契機に高まる中国に対する警戒感
米中の貿易摩擦は激しさを増し、チキンゲームの様相を呈しつつある。米トランプ政権は、3月23日、安全保障上の利益の保護を理由に鉄鋼とアルミニウムの関税を引き上げる輸入制限を発動したのに続き、4月に入ると、中国の知的財産権の侵害に対する対抗措置として、追加関税を課す約1,300品目のリストを公表した。中国は、前者に対する対抗措置として米国産豚肉など128品目に対する報復関税を即座に発動し、後者についても大豆や自動車など106品目を報復関税の対象とすると発表した。

トランプ大統領は、中国の報復関税発表を受け、新たに1,000億ドル相当の品目に対する追加関税を検討するよう米通商代表部(USTR)に指示したことを明らかにした。中間選挙を意識し、保護主義への傾斜を強めるトランプ政権と、中華民族の復興を通じて「強国」を目指す習近平政権は、ともに弱腰の交渉姿勢をみせられないことから、先行き不透明感が強い。とはいえ、貿易摩擦がエスカレートした場合、両国はともに甚大な影響を受けることから、1,300品目に対する追加関税発動が最終判断される6月頃まで、水面下でギリギリの交渉が続くと見込まれる。

トランプ大統領がここにきて対中姿勢を硬化させた要因としては、もっぱら中間選挙が挙げられるが、2017年10月に開催された第19回共産党大会を契機に中国に対する警戒感が高まったことも見逃せない。欧米諸国では、WTO加盟によって中国で民主主義と市場経済が浸透するだろうという期待があったが、党大会を契機にそれは幻想にすぎなかったという落胆が広がった。習近平国家主席は党大会で、中国を今世紀半ばまでに「強国」に変えるとともに、自らの経験を欧米に代わる新しい選択肢として開発途上国に提供する、つまり「中国モデル」の普及を図るとし、3月の全国人民代表者大会では国家主席の任期を廃止し、長期政権に向けた布石を打った。

■世界の秩序は変わり始めたのか
地政学的リスク分析で定評のある米ユーラシア・グループは、党大会における習近平国家主席の演説を受け、2018年の世界の10大リスクのトップに「リーダー国家不在の間隙を衝く中国」をあげた。実際、中国は貿易や援助において米国と肩を並べる水準に達しており、「中国モデル」普及の条件を整えつつある。対中輸出が対米輸出を上回る国は、2016年でデータのとれる197カ国中74カ国と2010年より49カ国増えた。輸入についてはより劇的な変化が起きており、対中輸入が対米輸入を上回る国は2016年で145カ国と98カ国も増えた。また、中国のODA(政府開発援助)とOOF(その他政府資金)を合わせた公的支援は、2009年に米国を上回り、世界一の援助国となっている。

中国との経済関係の強まりを受け、世界各国の中国に対するイメージも変わりつつある。米国の世論調査機関ピュー・リサーチ・センターの2017年の調査によれば、「世界経済のけん引役は誰か」という質問に対して「中国」と回答する割合が32%(調査対象国全体の中央値)と、2008年の19%から大幅に上昇し、「米国」との差が縮まった。これに伴い欧米諸国には中国の台頭に伴い世界秩序が変化し始めているという見方が現れ始めている。米人権団体フリーダムハウスは、過去12年間、政治的権利と市民の自由が悪化した国の数が改善した国を一貫して上回っていることから、民主主義が危機に瀕しているとした。その理由としては、①民主主義国で格差の拡大や社会の分断などの問題が表面化していること、②中国とロシアの権威主義が世界に影響を与えていることの二つを挙げている。

■台頭する中国と米国の不安
内政不干渉を原則とする中国の支援は、多くの開発途上国で歓迎されており、国際社会における中国の影響力が高まっていることは間違いない。しかし、一方で米シンクタンクCPS(Center for Systemic Peace) は、150前後の国を①民主主義体制、②独裁政治体制、③両者の中間に位置する権威主義体制の3つに分類したうえで、民主主義体制の国は着実に増えているとしている。フリーダムハウスの評価が悪化した国の全てが中国との親密な関係にある国というわけではことからも、中国の影響力は過大評価されているといえそうである。

トランプ大統領が「米国を再び偉大にする」としているように、米国にはリーダー国としての強い自負がある。中国の影響力が過大評価される背景には、その地位を脅かされていることに対する米国の強い不安がある。この不安は習近平総書記が中国の指導者として初めて「中国モデル」の普及を公言したことによって増幅された。そして、格差の拡大や社会の分断によって閉そく感が高まる米国社会に浸透し、対中強硬論を生みだす土壌になっている。経済規模で米国の背中を捉えた中国は外向き志向を強め、一帯一路を通じて内外の求心力を高めようとしている。一方、米国は格差の拡大や社会の分断に足をとられ、内向き志向を強めた結果、TPP(環太平洋パートナーシップ協定)から離脱するなど、中国を既存の国際秩序にとどめる力を失った。こうした米中対立の構図が今後も変わらないとすれば、貿易摩擦はトランプ大統領の中間選挙を意識したパフォーマンスに終わるのではなく、その後も世界経済を脅かすリスク要因となる可能性がある。
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