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アジア・マンスリー 2016年9月号

【トピックス】
徐々に縮小する中国の財政余力

2016年08月30日 佐野淳也


直近の政府債務残高や財政赤字の対名目GDP比から、短期的な景気浮揚や構造改革の円滑な推進に向けた財政支出の拡大は可能と判断される。半面、財政収入の伸び悩みなどには留意しなくてはならない。

■公開情報に基づく政府債務試算では相対的に低水準
経済の減速に歯止めをかけ、政府目標の成長水準(20年までの年平均成長率+6.5%以上)を持続できるのか否か、過剰生産能力の削減に伴う余剰人員対策向けの予算措置は十分かといった観点から、中国の財政余力への注目が集まっている。

こうした状況下、7月中旬に発表された2015年の決算資料では、1年間の地方政府債務の増減を示す表が掲載された。地方政府債務に関しては、2011年と13年の大規模監査の際、監査時点における最新の総額や内訳が示されたことはあったものの、決算資料の一部として内外に公表されたのは初めてである。これ自体は、債務管理強化に資する取り組みと評価できよう。

ただし、決算資料に示された15年末時点の地方政府債務残高は10兆元弱にとどまり、同じ財政部が5月に示した残高(16兆元)を下回った。かい離の主因は、一般会計上の債務に対象を限定し、特別会計などは対象外としたためとみられる。14年決算以前より公表されていた中央政府債務についても、特別会計上の債務や政府系ファンド設立のための特別国債などを除外して計上された可能性が高い。

そこで、公開資料および公式報道で判明した政府に返済責任のある債務に加え、偶発債務(政府に担保責任、あるいは政府が一定の支援を行う可能性のある債務)も全額算入し、伸び率等で一定の条件を設定したうえで中国の政府債務を試算したところ、15年末の中央および地方の政府債務残高は40.9兆元、16年末は43.5兆元になった。その対GDP比は、15年が59.7%、16年が59.9%と推計される。他の主要先進国・新興国と比較しても、政府債務残高の対GDP水準は危惧するレベルではない。

また、フローベースの財政状況をみると、15年の財政赤字(一般会計)は約2.3兆元、対GDP比は3.4%と、前年決算より拡大した。これに対し、余剰資金の繰り入れや用途転換などの措置を講じた結果、15年の財政赤字は1.62兆元、対GDP比は2.4%まで圧縮された。そして16年予算は、インフラ整備や余剰人員対策のための支出拡大を打ち出す一方、対GDP比は3.0%に抑えられるとの見込みを示した。これらを総合すると、短期的な景気浮揚や構造改革の円滑な推進に向けて財政支出を増やすことは可能と判断できる。

■少ない財源で多くの財政支出を求められる地方政府
同時に、15年までの決算データや16年予算資料から、中国の財政上の主要課題や懸念要因が浮き彫りとなった。地方財政の財源と支出の不均衡は、その典型例といえる。

国家財政収入全体に占める地方の割合をみると、11年決算で50%を上回り、その後も緩やかな上昇が続いている。他方、支出全体に占める地方の割合は、85%前後と、収入を大きく上回る。地方政府が担当する行政サービス関連の支出を独自財源では十分賄い切れず、中央からの交付金や補助金(財政移転)で不足分を補う構造になっている。

とりわけ地方の負担が重いのは投資分野で、中央管轄は5%弱にとどまり、残りは地方管轄である。中央政府が公共事業を大幅に増やしても、地方が投資支出を上積みしなければ、財政出動による景気浮揚効果は限定的なものにとどまってしまう。したがって、地方の独自財源と支出との間の不均衡は、機動的な財政政策を阻害しかねない要因として懸念される。

■財政収入の伸び悩みを踏まえた適切な財政運営が不可欠
近年の財政収入の伸び悩みも、主な懸念要因の1つである。2000年以降の名目GDPと財政収入の前年比の伸び率をみると、高成長を背景とした自然増収にけん引され、財政収入はGDPを上回るペースで拡大していた。

ところが、12年以降の経済成長の鈍化によって自然増収による財政収入の押し上げ効果がはく落したため、財政収入も伸び悩むようになった。そして、16年予算では、景気の減速や減税措置の導入を織り込み、財政収入の伸びは低く見積もられ、同年のGDPの伸びを下回ると想定されている。

また、不動産市場が好況であれば、国有土地使用権譲渡収入(土地販売収入)の増加で特別会計収入の大幅増を期待できたであろう。土地販売収入の大部分は地方政府に計上されるため、これがインフラ整備を加速させる際のけん引役を果たしてきた。しかしながら、不動産市況が冷え込み、大量の在庫を抱えている現状では、そうした期待は抱きにくい。15年決算(地方特別会計)では、土地販売収入は前年比▲23.6%の大幅な減少を記録した。16年予算も2年連続で土地販売収入の減少(15年決算対比▲13.2%)を織り込んでいる。

これらの懸念要因を踏まえると、財政拡大余力があるからといってなりふり構わず支出を拡大できる状況ではない。財政出動後の景気の落ち込みを大きくさせるなどの副作用も大きい。不動産市場を無理やり活性化させた場合の弊害も懸念される。税収等の伸び悩みを考慮して、成長持続や構造改革の進展に資する分野に資金を集中的に投下できるか、習近平政権による適切な財政運営が求められる。
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