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アジア・マンスリー 2016年8月号

【トピックス】
目標成長率達成に向け民間投資促進を急ぐ中国

2016年07月29日 三浦有史


中国の2016年の成長率は、目標をなんとかクリアできる低い水準となる見通しである。政府は、成長減速を食い止めようと民間投資促進策を打ち出した。これにより成長減速は止まるのか。

■民間投資促進で景気下支え
政府は、7月、民間投資促進を目的とする通達を出した。「非公有経済」と称される民間部門は、国内総生産と社会固定資産投資の6割、就業者の8割を占めることから、中国経済の先行きを大きく左右する。2016年に入り、民間固定資産投資(以下、民間投資とする)の伸び率は鈍化しており、政府は先行き不安を強めている。

政府のシンクタンクである社会科学院は、6月末、4~6月期の実質GDP成長率は1~3月期と同水準の前年同期比+6.7%、通年では前年比+6.6%とみていることを明らかにした。目標成長率の下限である6.5%はなんとか実現できそうであるが、力強さに欠ける。今回の通達は、そうした先行き不安を払拭したい政府の意向を反映したものといえる。また、「国進民退」を食い止めることで、投資効率の一層の低下を防ぎたいとの思惑もある。民間投資の鈍化は、国有企業が存在感を高める一方で、 民間企業が市場からの退出を余儀なくされる「国進民退」が進んでいることを示唆する。この現象はリーマン・ショックに伴い4兆元の景気刺激策がとられた際にも発生し、その後、投資効率の低下や地方政府の債務拡大という問題を引き起こした。

政府は、同通達によって地方政府や関係部局に民間投資を巡る障害を早急に取り除くよう指示した。国家発展改革委員会は、7月中旬に指導チームを立ち上げ、民間投資が停滞している地域を洗い出す作業を始める。その一方、地方政府と関係部局に対しては、8月中旬を目途に民間投資を促進するための具体的な政策をまとめ、報告するよう求めた。許認可や審査の見直し、公平な競争環境の提供、金融アクセスの改善、地方政府による恣意的な費用徴収の廃止などを通じて民間企業を取り巻く事業環境の改善を図るというのが通達の目的であるが、そのタイトなスケジュールには政府の危機感が反映されている。

■サービス業と製造業の双方で投資停滞
政府は民間投資を活性化させることはできるであろうか。近年の急速な鈍化をみると先行きは前途多難といえる。投資の伸び率の産業別寄与度をみると、主な投資先であるサービス業と製造業の双方で投資が鈍化していることがわかる(次頁上図表)。2013年に12.1%ポイントであったサービス業の寄与度は2016年1~5月に1.0%ポイントに、製造業は8.8%ポイントから1.8%ポイントに低下した。

通達が遅きに失した感は否めない。習近平政権は、2013年11月に開催された「三中全会」(中国共産党第18期中央員会第3回全体会議)において、民間企業を奨励する方針を示し、地方政府の許認可権限の見直しを進めてきたものの、民間企業を取り巻く環境を抜本的に変えるには至らなかった。中国企業家調査系統によれば、民間企業の投資意欲は低下の一途にあり、国有・国有持ち株企業との差が拡大している(右中図)。国内では、成長減速に伴う業績の悪化と資金調達難が重なり、2016年は民営企業にとって試練の年になるとの見方がある。

民間企業を取り巻く環境が悪化していることは、国有企業との賃金格差が拡大していることからも読みとれる。民間企業の中心となる私営企業と国有企業の賃金格差は、全体としては縮小傾向にあるものの、私営企業が集中する製造業と小売業では2012年を境に拡大に転じている。自営業の賃金は私営企業よりも低いことから、民間企業の業績不振は個人消費の停滞に直結する。2016年1~3月期の都市の可処分所得の伸び率は前年同期比+5.8%と現行の集計方法の下で初めて6%を割り込んだ。民間企業の業績悪化が続けば、中国は投資の成長けん引力が弱まるだけでなく、消費主導経済への移行も進まないジレンマに陥る。

■焦点はやはり国有企業改革
民間投資促進の鍵を握るのは国有企業改革である。民間企業を取り巻く環境の改善を阻んでいる問題の多くが政府と国有企業のもたれ合いから発生しているからである。過剰生産能力の問題は、政府が財政支援や金融機関の融資を介して業績の悪化した国有企業の延命を図ってきた結果にほかならない。こうした「ゾンビ企業」の淘汰を進めることなしに「民間投資促進」と言われても、民間企業が事業拡大に前向きになれないのは当然のことといえる。

国有企業の業績は悪化の一途にある。財政部によれば、1~5月の金融機関を除く国有企業全体の営業収入は前年同期比▲0.6%、利潤総額は同▲9.6%であった。これを鉱工業分野に限定すると、営業収入は同▲5.3%、利潤総額は同▲7.3%となり、私営企業の同+7%、同+9.4%との差が鮮明である。国有企業の業績は、いずれも前年に比べマイナス幅が縮小するなど、持ち直しの傾向がみられるものの、「ゾンビ企業」の市場からの退出や政府と国有企業のもたれ合いの解消が進まなければ、成長の持続性は高まらない。政府は、国有企業改革を進めると同時にサービス業を含む広い産業を対象にネガティブ・リスト(民間企業の参入規制分野だけを明示し、それ以外は原則として参入自由化)の作成などを急ぎ、本腰を入れて民間投資促進に取り組む必要がある。
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